第37話 おっさん、クレアさんを鍛える
その後、軽装に着替えたクレアさんと一緒に冒険者ギルドに向かう。
俺はまだ行ったことないが、ギルドを真ん中にして隣には解体屋の他に訓練所というものがあるらしい。
「今日は、そこで鍛錬をしようと思う」
「わかりました。ところで、料金とはかからないのですか?」
「ああ、冒険者登録さえしてれば平気だ」
「それは便利ですね」
「まあ、ほとんどの者は使わないが。使うのは連携確認や、新人冒険者達くらいだろう」
「……なぜですか?」
「そんなことより、実戦をした方が良いと思っているからだ。何より、魔物を倒した方が単純に強くなれる」
……そうだった、この世界はそういう仕組みになってるんだった。
俺は訳もわからずドラゴンを倒したから実感ないが、普通の人は魔物を倒して強くなっていくんだよな。
「訓練してる暇があれば、魔物を倒した方がいい……一理ありますが、勿体無いですね」
「ああ、私もそう思う。ただ私自身もそう思いつつ、魔物を倒した方が早いと思ってしまっている節はある」
「まあ、無理もないですね」
だから、この世界の戦いの技術は高くないのか。
ステータスというものに依存しているのだろう。
「……ん? そういえば、魔物を倒して強くなるんですか? 魔獣を倒したらどうなるのですか?」
「あっ——すまん! 当たり前すぎて忘れていたっ! 魔物は倒せば強くなるが、魔獣は倒して強くはならん」
「いえいえ、俺の方こそすみません。でも、疑問が解けました。だから、ディアーロの価値にも気づかなかったのですね」
道理で、ディアーロが美味いと気づかないわけだ。
倒したなら、勿体ないから食べようとすると思う。
そもそも、倒さないことが多いってことだ。
「ああ、そういうことだ。それに魔獣で強くなってしまうと、食べないのに殺すことが多くなってしまう。それは、種の絶滅に繋がる可能性がある」
「あぁー、なるほど……それは言えてますね」
だから魔物を倒すことが、冒険者の仕事ってことか。
食料である魔獣と、人々を守るためにも。
……中々上手くできてるな。
そんな会話をしつつ、訓練所に到着する。
中は体育館のようになっており、それぞれ好き勝手にやるみたいだ。
「結構広いですね」
「うむ、床の素材も柔らかくなっている。なので、ある程度は激しくしても平気だ」
軽く倒れこんで見ると、柔らかな感触がある。
確かに、これなら転んでも平気そうだ。
「うん、これなら安全で良いですね。では、始めるとしますか」
「よろしく頼む」
無料で貸し出している木剣を持ち、いよいよ特訓を始める。
その前に、聞かなくてはいけないことがある。
「クレアさん、剣の流派とかはありますか?」
「流派……?そういうのはないな。ただ、武器の使い方は一通り習ったな」
さっきの話を聞く限り、そういうのが発展しない世界か。
それはそれで、癖がなくていいかも。
「わかりました。それは、どんなことを習いましたか?」
「とりあえず、斬る、払う、突くの三つだな」
「わかりました。では、俺の世界の基本的な剣術である、五行の構えを教えます」
「異世界の剣術……色々な異世界人がきて知識を授けたらしいが、それは初めて聞くな」
まあ、ピンポイントで剣術家とかくるわけないよなぁ。
でも、多分だけど無意識に使っている人はいるだろう。
上段の構えとかは、考えつくし。
「まあ、多分無意識に使っている人もいると思います。とりあえず、これが基本中の基本の水の構えです」
剣先を、クレアさんの顎あたりに向けて構える。
「これが、攻防一体の構えと言われるものです。戦闘中に起きる様々な状況に、臨機応変に対応できます」
「む……こうか」
クレアさんの脇が締まり、両手の拳がくっついてしまっている。
「ああ、それだと肩に力が入ってます」
クレアさんの後ろに回り込み、手を取り正確な位置に直す。
左手を、おへそ一個分空けたところに置き、しっかり握る。
右手は、柄の上の方に軽くそえるだけだ。
「す、すまない……こうか?」
「はい、それでいいです」
心なしか、クレアさんの顔が赤い気がする……しまった。
「すみません、断りもなく触れてしまって」
「い、いや、気にしないでくれ。それに、こっちは教わる身なのだから。短い付き合いだが、ソーマ殿がそういうつもりはないことはわかってるつもりだ」
ほっ、信頼を得ていて良かった。
触った後に……手が柔らかかったと思ったことは内緒である。
「では次は、もっとも攻撃的な構えである火の構えです」
これは剣を上に振り上げて、そのままの状態を維持する構えだ
そのまま振り下ろすことにより、最速の攻撃もできる。
「これは、見たことがあるな」
「まあ、そうですよね。これは、相手が迫ってくるところをカウンターしても良いですね。ただ、ずっとは維持できないので使い所を考えましょう」
「確かに、腕が疲れてしまうだろう」
「ええ、そうです。次は、防御の構えと言われる土の構えです」
これは剣先を水平より下げた構えだ。
この場合の有効な攻撃は、逆袈裟斬りになる。
敵を、下から斜めに斬りあげる技である。
「これは姿勢が楽だな」
「ええ、故に防御の構えと言われてます。時間稼ぎの時や、相手の出方を伺う時に使うと良いです」
「ふむふむ」
「次に、乱戦の時に便利な木の構えですね」
わかりやすくいうと、バッティングホームに近い。
なのだが、当然クレアさんには通じないと思ったが……。
「むっ、これは騎士学校で見たことがあるぞ」
「それなら良かったです。これは便利ですから」
そのまま袈裟斬りにしてもいいし、逆胴の要領で引いてもいい。
さらには疲れにくく、突然のことにも対応しやすい。
「以前お会いした騎士を参考にやってみよう」
「ええ、それが良いかと。最後に、後の先の構えとも言われる金の構えです」
まずは右足を引き、身体を右斜めに向ける。
剣を右脇に取り、剣先を後ろにした構えである。
敵の攻撃を誘ったり、奇襲攻撃に対応しやしい。
「むっ? こ、こうか?」
「ええ……ひとまず、こんなところですかね」
「無意識に使っていたものはあったが、こんなにも意味があったのだな……」
意味がわかるとわからないでは、腕前も違ってくる。
きちんと意味を理解し、研鑽すれば技術面で強くなれる。
「すごいのは、その道の先人達ですけどね。俺は、それを真似したにすぎませんよ」
「ソーマ殿は、本当に謙遜が過ぎるな。それは好ましいが、あんまり人が良いのも考えものだぞ? もっと、自分の強さやってきたことを示すと良い気もするが」
「いやいや、そんなことはありませんよ。俺としては、力とは誇示するものではないので」
「……まあ、それが良いところでもあるか」
クレアさんの言うこともわからないでもない。
前の世界のように、強さを誇示することで争いを回避できることもある。
ただ俺としては、たまたま手に入れた力だ。
それを誇示するのは……なんだか違う気がする。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます