ヤングタイマー ⑤
真希と美佳が駆け寄ってくるのが見えた。真希はフリーマーケットで出物があったのか、右肩に提げたトートバッグが膨らんでいる。
「フリマなんか良い物あった?」凛子が尋ねる。
「これ見て、MOMOのハンドル買っちゃった!!中古だけど3000円だったのよ!ジェミニのモモハン見て、前からいいな〜って思ってたのよね。」
他にもステッカーやワッペンなどの雑貨をゲットしたらしく、真希はホクホク顔だ。わたしも後でフリーマーケットを覗いてみようかな。
「ねえ、遠目に見えたんだけどさっき女の人と話してたよね。どんな話してたの?」
美佳が尋ねてきたので、凛子は氷翠との出会い、そしてツーリングでの経験や氷翠に触発されてサーキットを走ってみたくなったことを二人に打ち明けた。
「実は、私もアキラさんにサーキット誘われてたんだよね。実際、夜の峠走ってもちゃんとタイム計ってるわけじゃないからマンネリになっていたっていうか……集中して走れるなら理想的よね。」
「サーキット走るのにはヘルメットが必要だよね。真希はバイク乗ってるからヘルメット持ってるんだっけ。いくらくらいするものなの?」
「ヘルメット、ちゃんとしたメーカー品だと三、四万はする。あたしのヘルメットも高校上がったときにお父さんに買ってもらったやつをずっと使ってるわ。」
「げ、そんなにするんだ。サーキット走りに行く前にお金なくなっちゃうよ。」
「そうだマスターの本業、そういうレース用品も扱ってるみたいだから、安く手に入れられるかも。聞いてみるよ。」
しばらくそんな立ち話をしていると、アワード本選の時間となったので、三人はステージへ向かって歩いていく。
ステージには音響設備がセッティングされており、クラブ系のサウンドが低音を響かせている。
「本日の進行役を務めさせていただくエイコといいます!これからアワード参加者にインタビューしていき、アピールしていただこうと思いまーす!」
エイコと名乗った司会はゆるくカールした金髪に露出度高めな赤いオフショルダー、デニムスカート、ハイヒールのミュールを身に着け、指先はネイルが光る王道のギャルといった雰囲気である。
「では、次は……こちらの女子三人組!グループ名は『ヤングタイマー』です、お願いします!」
何組かのアピールの後、凛子たちの順番が回ってきた。
先陣を切るのは美佳だ。
「こんにちは!美佳といいます。私の愛車はBMWの318iです。少し前のモデルですが、マニュアル車でとても運転が楽しいです!あと、私は札幌の『Motorsport Cafe GOTO』というカフェでアルバイトをしています。カフェ・ゴトーではモータースポーツをモチーフにしたユニークなメニューやレースのパブリックビューイングなどを行っていてクルマ好きが楽しめるコンセプトになっていますので、札幌にお越しの際にはぜひお立ち寄りください♪」
美佳は以前のモデル活動でメディア慣れしているからかすらすらと水が流れるように喋り、おまけにカフェ・ゴトーの宣伝まで混ぜ込んだ。
均整の取れたプロポーションに見栄えのする顔立ちと、隣に立つエイコにも引けを取らない美佳のルックスは若い男性陣から熱い目線を向けられている。
「次はあた…私は、真希といいます!私の愛車はイエローのプジョー106。生活にスッと溶け込むジャストサイズな感じが気に入ってます。えーっと、私は札幌市内の『ツールカンパニー・シュミット』でアルバイトしてます!さまざまな工具やガレージ用品を揃えていますので……札幌でお買い物の際はお立ち寄りくださいっ」
美佳に対抗心を燃やしたのか、真希も自らのバイト先を持ち出してアピールに付け加えた。美佳に比べると少々つたない部分があるが、それがむしろ良いという顔をしているオーディエンスもいるようだ。
二人がそつなくアピールをこなすのを横目に、凛子は緊張した面持ちでいる。
「こんにちは、凛子です。私の愛車はいすゞのジェミニです。愛車と言っても祖父から借りているのですが、日々の通学やツーリングを通じて自分の可能性を広げてくれる、相棒とも言える大切な存在になっています。私は平日の夕方など北広島のスタンドでアルバイトしていて、また休日にはこの友人たちとそれぞれのクルマでツーリングを楽しんだり……このように、私たちはそれぞれの生活の中でクルマと関わりを持ち、クルマによって自分の可能性を広げています。私たちの愛車はどれも製造から20年以上が経過して、一般には古い車と見做される一方、18歳の私たちはこれから成長する若者と扱われます。私たちはそこでクルマと人間、それぞれが過ごしてきた時間の持つ価値に意味を込めたいと考えて、『ヤングタイマー』というチーム名にしました。」
頬が紅潮しているのを触らなくとも感じる。
洗車やポリッシングはしっかり行ったし言いたいことは言い切ってやったが、基本的にはノーマル状態のままの参加だ。周りには目立つカスタマイズ車両が多く並び、少なくとも凛子は最初から賞を狙うつもりはなかった。
審査が進む中、他の参加者たちは次々と賞を受け取り始めた。本選で選ばれた個人部門とグループ部門の優勝者たちは、凛子たちとは全く異なる派手なカスタムや個性的な車を誇っていた。
まず、個人部門で大きな注目を集めたのは、トヨタ2000GT。そのオーナーは50代の男性で、北海道で唯一の個体を所有している。真っ白なボディは、まるで博物館から出てきたかのような完璧な保存状態で、参加者たちはその美しさに息をのんだ。オーナーの彼は、ひとつひとつのパーツに心血を注ぎ、オリジナルの状態を維持してきたことを誇らしげに語った。
続いて、グループ部門で受賞したのは、「ストリートチーム『ワン・ハンドレッド』」。彼らは、20代の若者たちによるチームで、車は三台すべてがJZX100系──チェイサー、マーク2、クレスタ──で揃えられていた。しかも、カラーリングはパールホワイトで統一され、まさにドリフト仕様といった外見が目を引いた。しかし驚くべきはその中身だった。三台ともにエアサスを搭載しており、見た目のアグレッシブさとは裏腹に、上質な乗り心地を持っていることが特徴。さらに、車高を上げることで冬場の走行も可能にしているという点が、審査員の評価を大いに高めた。
「やっぱりあのチーム、すごいねぇ…」美佳が感心したように言った。「ドリフト仕様の外見なのに、実はそんなに乗り心地がいいなんて、私のBMWでも敵わないかも」
凛子も思わずうなずいた。「北海道の冬を走り切れるのは強いよね」
そんな会話を交わしている間に、ついに審査結果発表が最終段階に入った。個人やグループの優勝者が次々と呼ばれ、会場は少しずつ落ち着きを取り戻し始める。凛子たちは「特別賞」の部に期待することもなく、少し安堵の息をついていた。
すると、司会を務めるエイコがマイクを握り直した。
「さて、今年の審査員特別賞の発表です!」
エイコの明るい声が響く。エイコは、派手なギャルファッションで目立ちながらも、その場を盛り上げるプロフェッショナルだ。彼女が口元を軽く歪めて笑うと、観客たちがどよめいた。
「さて、今日は個人賞やチームアワードに派手な車が選ばれたけど、ここでちょっと緩急をつけましょうか。特別賞は…このチーム、『ヤングタイマー』!」
凛子たちは一瞬、何が起きたのかわからず、顔を見合わせた。
「えっ、私たち?」真希が驚いて言った。
エイコは続けた。「このチームは、派手なカスタムや改造はほとんどしていないし、めっぽう古いわけでもない。でもね、モダンクラシックな美しさとシンプルさが、他のどの車とも違う魅力を放っていました。どこか懐かしくて、でも新しい。そんなバランスが良いと思ったんだよね。」
観客の拍手が一斉に沸き起こり、三人は壇上へと導かれた。凛子は緊張で体が硬くなりながらも、顔には笑顔が浮かんでいた。
エイコは凛子たちに特別賞のトロフィーを手渡しながら、ふと考え込んだ。「あ、そうだ。賞品も何か考えないとね。普通の賞品じゃつまんないし…」
その場でエイコが目を輝かせながらスマートフォンを取り出し、何やらメモをチェックしている。凛子たちは何が起きているのか理解できずに、戸惑いながらも静かに見守る。
「よし、決めた!」エイコがパッと顔を上げると、にやりと笑いながら封筒を取り出し、中に何かを書き込む。「サーキットの無料券、これでどうだ!」
「えっ?」凛子、美佳、真希が驚いたように声を上げる。
「1枠2000円分の走行券を3人分ね。あんたたちの車、しっかり走れるかどうか試してみなよ!」エイコは楽しそうに笑い、凛子たちにその封筒を手渡した。「サーキットで自由に走れるって、なかなか経験できないから、いいでしょ?」
凛子は封筒を見つめながら、「ありがとうございます。でも、本当に大丈夫なのかな…」と少し不安げな表情を浮かべる。
エイコは腕を組んで満足げに、「来年もまた来たいって思う人が増えるのが大事だからさ、こういう賞品もアリでしょ。ノリで決めたけど、きっと楽しくなるわよ!」と笑顔で言った。
その言葉に少し安心したような顔をする凛子。しかし、サーキット走行が未体験の彼女にとって、気持ちのどこかにまだ不安が残っていた。
「おーい、エイコー!」突然、少し離れたところから軽快な声が響いた。凛子がその方向に目をやると、アキラの姿が目に飛び込んできた。彼女は軽快な足取りでこちらに近づいてきた。
「アキラさん!」凛子と美佳が声をそろえて呼ぶと、アキラはにっこり笑って手を振った。
「久しぶり!凛子たちもいたんだねー。特別賞!やるじゃんー!」アキラは凛子たちを見て目を丸くしつつ、賞品の封筒を見ていた。
「アキラ、お疲れ!」エイコが手を上げて応じる。「ちょっとその場のノリで決めちゃったんだけど、この子たちにはサーキット走行券をプレゼントしてみたの」
「お、いいじゃん!走り慣れてない子たちにはうってつけだね。ほら、サーキットで遊ぶなら安全だし、勉強にもなるし!」とアキラが続けて陽気な調子で笑う。
「でも、サーキットとか…ちょっと自信がなくて…」凛子が封筒を握りしめたまま、心の中の不安をぽつりと口にした。
するとアキラはニヤリと笑って、凛子の肩を軽く叩いた。「大丈夫だって。最初はみんなビビるけど、走ってみればハマるからさ。サーキットの楽しさは自分のペースで体験できるし、安全な環境で練習できるのがいいんだよ」
美佳も興味津々に聞き入っていた。「夜の支笏線みたいなレクチャーじゃないの?もっと厳しい感じかと思ったけど、そうでもないの?」
「全然違うよ」とアキラが即座に答える。「あの時はちょっとスパルタだったけど、サーキットはリラックスして走れる。安全に走るための講習もあるし、走行枠ごとに分かれてるから、ビギナーでも問題なし。逆に、一回やってみると支笏線なんかじゃ物足りなくなるくらいよ!」
凛子はまだ少し不安そうだったが、アキラの言葉に少しだけ勇気をもらったようにうなずいた。「そっか…なら、ちょっと頑張ってみようかな」
エイコも満足げにうなずき、「そうそう、それでいいのよ。来年、いえ、近いうちにも、もっとかっこよくなった姿を見せてくれるのを楽しみにしてる!」と激励した。
三人の新たな挑戦が、ここから始まる。
サーキットでの走行が彼女たちのドライビング技術を磨き、次の冒険へとつながることを、凛子は少しずつ実感し始めていた。
こうして、凛子たちの一日は小さな成果といくつかの出会いを得て幕を閉じた。
三人の得た小さなトロフィーはカフェ・ゴトーのカウンター後ろの棚にひっそりと飾られている。
<第一部・完>
ヤングタイマー エスプレッソ @kimwipe-s200
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