初ツーリング(中編)

翌週中間考査が行われ、三人は無事、なんとか、各々の課題をクリアした。


凛子:何科目か読みが甘かった!けど「良」には収まったのでオッケー

真希:余裕よん♡

美佳:ギリギリ……


翌朝、札幌市内から支笏線経由で向かう真希と美佳に合流するべく、凛子は恵庭側から支笏湖を目指す。


「うん、明日の夕飯もたぶん三人で食べて帰るから、お風呂だけ用意お願いね。」

「おお、気を付けて行ってきな。小遣いも渡しとくわ、土産とか気を遣わんでいいからおいしい物食べてきな。」

「うわあ、おじいちゃんありがとう!それじゃ行ってくるねー」


凛子の地元、首都圏では土日に車で出かけるとなればレジャー渋滞に巻き込まれるのがお決まりだが、北海道では朝の時間帯はまだ車がまばらだ。


一人で早朝のワインディングを流すのは、夜のドライブとはまた違う心地よさがある。

凛子は窓を少し開ける。朝のひんやりとした空気が車内に流れ込む。

きらきらと朝露に輝く新緑、カーブの先の木漏れ日に誘われる。


「次のカーブはアクセルをちょっと戻して……そう、スムーズに曲がれた。」


ジェミニが連続するカーブを抜けて加速する。

凛子は両足とシートを通じて身体に掛かる横Gやアクセルを踏みこんだときのトラクションの違いを敏感に感じ取り、ステアリング操作やアクセルワークを繊細に行っていく。


「ここは速度を落として、ゆっくり曲がった方がいいかな。」


器用に2速へシフトダウンし、ウォンッ、とジェミニのエンジンが回転数を上げると同時にヘアピンカーブに向けてハンドルを切り込む。

ヒール・アンド・トーを用いない簡単なブリッピングだが、凛子が普段の通学でも気持ちよく走ることを意識した結果、自然と身についたものだ。

ヘアピンを抜けた先は高速セクションに入るが舗装状態は良いとは言えず、凛子はハンドルを通じてタイヤと地面との設置状態を感じ取る。


「舗装の割れ目やうねりを越えるときに、タイヤのグリップ感が大きく変わるんだな。アクセル踏みっぱなしにしたりハンドルをしっかり持っていなかったりすると、あらぬ方向に車が持っていかれちゃいそう。」


「うん、リズムよく走れるとジェミニも気持ちよさそうだね。」


凛子は今日のツーリングに心躍らせながら快走し、ほどなく支笏湖のほとりに到着した。


「ビジターセンターの駐車場って言ってたな。二人はもう着いてるかな?」


駐車場はなかなかの広さだったが、早朝ということもあり車の台数は数えるほどで、真希の黄色のプジョーがすぐに目に入った。


「あ、真希みっけ。隣に美佳もいるね。真希のプジョーは目立つから助かる。」


真希と美佳は車から降りて話をしていたが、凛子が二人を見つけるのとほぼ同時に凛子に気づいた。

凛子も二人の車の隣にジェミニを停め、車から降りて話しかける。


「二人ともおはよ~、待たせちゃった?」

「おはよー。ついさっき来たばっかだからなんも全然よ。」真希が手を振って声を返す。

「うん、じゃあ今日のルートを改めて確認しよう。」美佳がタブレットで地図アプリを開き、二人に見せる。


「登別に行くには、普通は海沿いの道を行くのが近いし楽だけど、今日はこっちの山道のルートで行こう。」


隊列はルートを決めた美佳が先頭を走り、土地勘のある真希が殿を務めることになり、凛子は自動的に真ん中を走ることになった。


山道を行く三台、先頭の美佳はなかなかのハイペースで走行している。

実は、美佳は二人との出会いの後も夜な夜な山へ走りに出かけ、ドライビングスキルを磨いていた。


カフェ・ゴトーのアルバイトを通じて美佳はモータースポーツの魅力に染まりつつあった。

時給がいいから選んだアルバイト、なんとなく見栄で買ったBMW、それが今では新たな楽しみの原動力になっている。


「二人には悪いけど、今日のドライブ、フルスロットルで楽しませてもらうわ!」


湖畔から伸びる尾根道であることに加え、北海道特有の広大な地形のため走行ルートは山道とはいえ高速ステージだ。

美佳のBMWは高めのギアのまま連続する高速コーナーに矢のように飛び込んでいく。


「アキラさんから聞いていたけど、美佳はやっぱり飛ばすな。……そんな姿見せられると私もちょっと燃えちゃう。」


前を走る美佳を見つめ、凛子も少しペースを上げる。冷静を保つよう自分に言い聞かせながらも、前を行く美佳を追うことを意識しアドレナリンが出る。


凛子は美佳が抜けていった高速コーナーへ同じようにスピードを落とさずに進入する。

一つ目はきれいに抜けたが、切り返して二つ目のコーナーに飛び込んだとき、街中の交差点やヘアピンを低速で抜けるときには感じなかった、車がコーナーの外側へ膨らもうとする挙動を感じる。


「んん、ちょっと、これ以上は危なそうな感じっ……」


凛子は一瞬恐怖を感じたが、落ち着いてアクセルを少しだけ戻して車の挙動を安定させて、そのままコーナーを抜けていった。

実際のところ、美佳も凛子もまだ車の限界に達するほど攻め切れていなかったため、オーバーステアやアンダーステアといった過渡特性が明確には顕れていなかったが、凛子は高校時代に自らの身体で陸上競技場のカーブを駆け抜けた経験が今のような場面で活きたと感じた。


「ふうっ、ちょっとヒヤッとしたな。ジェミニは美佳の車みたいにカーブの入口からスパッと曲がっていく感じじゃなかったな、どうしてだろう?」


凛子はまだ駆動方式の違いをよく理解しておらず、美佳のBMWと自分のジェミニの違いを不思議に思ったが、とりあえずしばらくは安全運転に努めよう、そう思い直して息をついた。


「あら……凛子も遅れちゃったのね。あんまり先に行っても悪いし、どこかで少し二人を待とうかしら。」


言葉と裏腹に、美佳はスピードを保ったまま少し勝ち誇ったような笑みを浮かべていた。

すると、タブレットにメッセージが届く音が鳴った、真希からだ。


「ちょっと飛ばしすぎよ!山の中はいいけど、集落とか市街地入ったらメリハリ付けなさいよ!!」


美佳はハッと我に帰ってアクセルを緩める。

凛子のジェミニはまだバックミラーに映っているが、真希のプジョーはすっかり見えなくなっていた。

山道となるとつい攻めた走りをしたくなるが、周りの車だけでなく住んでいる人々のことも気遣わないといけない、と美佳は内省した。


美佳がスピードを落とすと、そのうちに凛子と真希が追いつき、三台はクルージング走行で道中の集落にたどり着いた。

集落のセイコーマートに立ち寄るとそれぞれが好きな飲み物やおやつを選び始めた。


真希は「コーヒーとチョコレートクッキーにしよ」と迷いなく品物を持ってレジに向かった。

凛子は「私はアップルジュースとミックスナッツかな」と選び、美佳は「わたしは抹茶ラテとおにぎりにするわ」と決めた。

買い物を済ませた三人は、車に戻って話し始める。


「美佳、すごい運転上手くなったんじゃない?途中で追いかけるの怖くなっちゃった。」凛子がやや興奮気味に喋る。

「でしょ?バイトの後とかまっすぐ帰らないで近所の道で走り込んでたの。」美佳は自慢げだ。

「連続カーブのところで、シュッ!って曲がっていって置いてかれちゃったよ〜」

「凛子も走り込んで練習だね笑」


「あたしはちょっと遅れてたけど、マイペースでドライブ楽しんでたから気にしないで。」真希が少し皮肉っぽく言いながら二人に割って入る。

「でもね、二人のペースが早くて驚いちゃった。」

「ごめんごめん。でもドライブしていると、自然と楽しくなっちゃうんだよね。この先は抑えめにするからさ。」美佳が悪びれず手をひらひらと振る。

「だめよ!次はあたしが先頭走るわ。安全に帰るまでがツーリングよ、ぶっ飛ばしてないで風景も楽しみなさいな。」真希は美佳の胸を人差し指で押し、釘を刺す。


「凛子も、ビーエムとジェミニは駆動方式違うんだから、同じように走らせたら危ないわよ。」真希は続けて、凛子にも諭し始めた。

「そうなの?ジェミニは前輪駆動で、BMWは後輪駆動……だっけ。」

「そうね、他にもあるけど美佳のビーエムは後輪駆動。あたしも聞き齧った知識で実体験はしてないけど、後輪駆動はアクセルがハンドルを助けるように働くから、アクセルを踏みながら鋭いコーナリングができるけど、前輪駆動はアクセルがハンドルを戻すように働くからアクセルを踏みっぱなしだと外に膨らんでいく、って感じかしら。」真希は自分の手を車になぞらえて車の動きをジェスチャーする。

「ん〜〜確かに、思ったようにスパッと曲がっていかない感じがしたんだよね。」

「まあ、後輪駆動でもスピード出しすぎて曲がり切れなければ外側のガードレールに突き刺さるんだけど……」真希が美佳を横目でチラッと見る。


「私もそんな細かいことなんて考えてなかったわ。行ける!って感じるままにハンドルとアクセルで操ってた。」美佳が会話に加わる。

「そーよ!あんたその辺知らずに今日まで走り込んで無事なんて、単に運がいいだけじゃない!車との相性がいいのかしらね……」真希は呆れ顔だ。

「さすが理系くわしい」美佳はなぜか偉そうだ。


「あたしのプジョーはジェミニと同じ前輪駆動だから似た運動特性ね。前輪駆動は特にスピードが出ていると曲がりにくくなるから、走行ラインを意識してそのラインをキープできるような速度に減速するのを忘れないようにね。」

「そっか、でもこうやって普段と違うシチュエーションで運転して色々なことがわかると、途端に車が便利なだけじゃない難しい機械なんだという実感が湧いて興味深いね。真希は色々知っててさすがだね。」

「ふふ、でもあたしも頭でっかちなとこあるから、サーキットとか行って知識を実践したいのよね。」


「あ!なんで私が言ったときにはスルーしたのに凛子が言ったときには喜ぶのよ!」美佳が目を三角にして訴える。

「だってあんたの『さすが』って別に思ってなさそうじゃない。ほら、そろそろ出発しないと日が暮れちゃうわよ。」真希はやれやれというポーズで先にプジョーに乗り込んだ。


(後編に続く)

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