一振りの君と落第勇者①


 ……ここはどこだ。


 思わず手を確認して、新聞が握られていないことに気がつく。


 ベッド。

 布は綺麗だ。

 天井や壁に汚れは目立たず、それなりにちゃんとした施設なのがわかる。


「……状況を確認しよう」


 大陸暦251年3月17日。

 本来ならば勇者シャインの栄光の真っ只中である筈の1日は、街まで勇者一行が敗走した挙句多大な被害を残す最悪の日になってしまう。


 僕はそれを止めるために、なぜか死なず巻き戻ってしまうことを利用して単身外に飛び出た。


 結果、斥候の全滅と敗走してきた? であろう賢者エヴリルに剣士シリアスの姿を見て、追撃を図る巨大な腕に向かい、死んだ。


 ……はずだけど。


『あ、起きた?』


 …………声が聞こえるんだ。


 これは、幻聴か? 

 久しぶりに聞いたけど、忘れるはずもない幼馴染の声。

 僕の記憶の限りでは、あの巨大な腕の一撃で死ぬ寸前にも耳に届いたような気がする。

 でも、その姿はどこにもない。


『あれっ……もしもーし、ブレーヴ?』

「…………まだ大丈夫だろう、僕。このくらいでへこたれていい権利はないぞ」


 シャインはいない。

 この世界のどこにも、おそらく痕跡すら残ってないんだろう。

 そうでなければ僕の名前は『ブレーヴ・シャイン』などと言う名前になってたまるものか。


『いやあの……ブレーヴさん。います』

「…………幻聴じゃなくて?」

『幻聴じゃないし! 失礼すぎ!』


 声の出所は判明した。


 シャイン・オムニスカイらしき・・・声を出しているのは傍に立てかけられた剣──僕と彼女で森の中を彷徨った果てに見つけた宝物で、彼女が握れば聖剣になる一振り。


『えー……久しぶりだね、ブレーヴ。君の、ええと……だ、大好きなシャインだよ』

「…………色々待ってほしい。正直、混乱してるんだ」


 立ち上がって、彼女を名乗る剣を腰に差してカーテンを開けた。


 窓の外は僕が先ほどまでいた街と変わらない。

 城壁が大きく崩れることもなく、しかし兵士や人々は慌ただしく動き回っている。

 あの巨大な腕はどこに行ったのか。

 賢者エブリル、剣士シリアスは無事なのか。

 勇者ウォーダンはどこへ行ったんだ。

 僕は生き残ったのか? 

 胴体に大きな穴が空いていたのに、贓物を失って血液で水溜りを作れるくらいに流したのに。


「……まず、君と呼んでいいのか。僕とシャインがあの森で見つけた、『剣』に違いない?」

『うん。私が見つけて、引き抜けなくて、君が引き抜いたあの剣だよ』

「…………剣そのものなのは間違いなさそうだ」


 それは僕とシャインしか知らないことだと思う。


 一番初めにシャインが見つけた。

 彼女の身体能力はその時点でかなり優れていたから、僕よりも視力がよかった。

 だから遠くにポツンと突き刺さった状態の剣を見つけて、真っ先に駆け出した。


『だから私、シャインだって言ってるじゃん!』

「いや……剣が喋った挙句シャインを名乗られてもね。なんなら今は僕が『シャイン』だし」

『むっ……むむむっ……ぐぬぬぬ』


 ふう。

 久しぶりに話しているけれど。

 どうにも僕は、この喋る聖剣が『本物のシャイン』だと思えてしまう。


 彼女と離れて大体7年程の月日が経っているけど、記憶の中の姿と大差ないんだ。


 僕が魅力を感じて、下劣な感情を抱いてしまった女性そのままだった。


「はあ……気持ち悪いな、僕は。消えてしまいたい」

『え、えぇ……久しぶりに会った幼馴染がメンヘラになってる……』

「メンヘラにもなるさ。結局、シャインが残した希望も成果も無に帰した挙句人類の滅亡も確定した。そんな世界に、シャインを失って三年間も生きてしまった。それだけでかなり参ったよ」

『……えへ、えへへ。なんだろう、これ、笑っちゃいけないんだけど……ちょっと嬉しいかも』

「…………シャインはそんな風に笑わないぞ」

『笑うから! 笑ってたでしょ!?』


 解釈違いだ。

 シャインはもっとこう、明るくて活発的で、それでいて僕以外の男にはちょっと距離を置いていて、僕にだけ肌が触れ合うような距離感で接してきて、その割に男として見てくれなくて、剣でも座学でも負け通している僕のことをちょっと裏でイイけど彼氏にはしたくないし抱かれるのはちょっと……って考えててほしい。


『フラれてるじゃん!』

「シャインが僕如きを好きになるわけがないだろ……!」

『本人を目の前にして言う!? い、いや、け、結構好きだったりするかもしれないし……』

「シャインは……僕を好きじゃない方が、興奮するし」

『さ、最悪の性癖拗らせちゃった……私の幼馴染が……』

「……まあ僕のことはいいんだ。それより、あー……シャイン・・・・。これはどう言うことなんだ」

『急に本題に入るじゃん。……うん、じゃあ何から説明しようかな』


 ……ああ。

 多分、この剣は、本物だ。

 彼女を見間違うはずがない。

 この話方、声、言葉のトーン。

 忘れるわけがない、シャイン・オムニスカイなんだ。


「そうだね……まず、この世界はなんなのか。それが一番気になる」

『私にわかる範囲でいい?』

「構わない。僕はあまりにも無知だ」

『ん、わかった。それじゃあ先ず結論から言うと──この世界は現実で、君の力で過去に戻ったんだよ』


 ……………………うん。


 なるほど? 


「どういうこと?」

『私──あ、剣のことね。【勇者】って呼ばれる人に備わる特殊な力を呼び覚ます力があるんだ』


 へぇ。

 へぇ? 

 つまり……この死んでも死なない地獄が、僕の特殊能力ってこと? 


exactlyその通り! 世界中に数えるほどだけ存在する【勇者】の片鱗を持つ中に、私とブレーヴがいたの。すごくない!?』

「そりゃまあ……すごいけど。実際に身をもって味わってないと信じられなかったな」

『うんうん。私の場合は【極度の身体能力強化】だったんだけど、ブレーヴのはかなりレアだと思うよ』

「…………あんまり嬉しくないけどね」


 死んでも死なない。

 ただそれだけで、強大な敵を打ち倒す力はない。

 その事実が重たすぎて、とてもじゃないけど歓喜を抱けるような内容じゃないんだ。

 僕はどれだけ足掻いても魔王軍幹部などに太刀打ちできるわけもなく、雑兵を殺すので精一杯。


 弱すぎる。

 僕では、勇者シャインの軌跡をなぞれない。


「うん? じゃあ待ってくれ、君ら一行は君に頼りきりだったのか?」

『違うよ。この剣だけじゃないんだ、力を引き出すのは』

「……ああ、なるほど。全員が『勇者』なんだ」


 そうか。

 勇者一行はあくまで筆頭のシャインが名乗っていただけで、他の面々も勇者の資格を持っていたんだな。


 それなのに僕は、せっかくその資格があっても身の丈に合っていない。


 ため息が出る。


『……ごめんね、ブレーヴ』

「僕が弱すぎるんだ。君に申し訳が立たないよ」

『違う、違うのブレーヴ。本当はね、ブレーヴは勇者にはなれなかったんだ』


 ……うん? 


『手に持ってみて』

「ああ……いいけど」


 柄を握って剣を構える。

 剣といつまでも呼ぶのは面倒だな。

 いっそのことシャインとでも呼んでしまおうか。

 どうせこの世界で彼女を認識している存在はいないだろうし、そっちの方がわかりやすい。


 ぼんやりと光るだけで彼女のような輝きは現れない。


『ウォーダンも、シリアスもエヴリルも。もっと綺麗に強く光るんだ』

「……才能がないのが浮き彫りになっていく。辛い」

『うん。ブレーヴに、勇者になる才能は──ああやって何度も死ぬような力は、無かったはずなの』


 含みのある言い方だ。

 そして事前に謝罪したシャイン。

 単純に組み合わせればシャインのなんらかの行動で僕にその力が発生したということだが……そんな簡単に生やせるのか? 


 僕の疑問に答えるように、シャインは静かに呟く。


『魔王と戦った時。私達は絶対に勝てないことがわかった・・・・・・・・・・・・・・


 絶対に勝てない。

 倒さねば人類が滅ぶ敵を、人類最大の切り札が太刀打ちできない。

 それはつまり、この世界において人類の絶滅は約束されているようなものじゃあないか。


 それに……それはあくまで、シャインの主観かもしれない。


 その淡い希望は続く言葉で打ち砕かれる。


『魔王はね。私たちの切り札だった【勇者の力】を無効化させる力があったの』

「…………それは、なんとも、ひどい条件だ」

『でしょ? 土壇場で力が抜けてウォーダンが叩き潰されて、シリアスが剣戟の応酬で擦り潰されて、エヴリルは魔法の削り合いで蒸発した』


 勇者一行の末路だった。

 魔王の目の前で力を失い戦う力が奪われた勇者達は、なすすべなく殺された。

 それが前の世界の現実で答えで結論。

 人類の滅びは避けられない。


 それは多分、今も変わらない。


『だから私は賭けに出た。この剣は【勇者の力】を持つ者しか輝きを発さない、それなら、幼馴染の君の力は?』

「……なるほど、大体読めた。つまり逆転の芽を狙って僕に剣を流したのか」

『うん。それだけじゃブレーヴの全てを引き出せないかもしれないから、私の残った全てをこれに込めた。……まさか意識が残るとは思わなかったけどね』

「それなら最初から話してくれればよかったのに」

『…………それがですね。えー、私が起きたのはついさっき、ブレーヴが棍棒に粉砕されたところでして』


 …………ふむ。

 何がトリガーになったのかの見当はついてるかな。


『多分、ブレーヴの血かな。【勇者の力】を吸った剣が力を引き出して、そして死ぬたびに吸ってたから今度は私の意識も呼び起こされた……だと思うんだけど……』

「つまり、握っただけじゃ伝わらない程度には僕は才能に欠けていて、勇者としての才能にも恵まれておらず、それでなんとかして世界を救わねばならないという訳だ」

『……わ、私も一緒だから! がんばろ?』


 はい、頑張ります。

 剣──もうシャインでいいか。

 ここまできてシャインではないと疑う理由の方がない。

 彼女に出会えた。

 出会えたんだ。 

 そして僕の力を知っていて、彼女と同じ選ばれた力を僕も有していた。


 世界を救うには力不足だけど、彼女とまた会えた。


 仮に世界が滅んでも、僕にとってはまだ救いのある現実だった。


『えーっと……ちょっと私のこと好きすぎない?』

「ああ、また何かの拍子で世界が終わる前に好き放題言っておこうと思って」

『世界が終わらないようにしようよ! 救い終わった後に言ってよ!』

「ロマンチックだけど、現状負ける可能性の方が高いからね。死に戻るこの力すら剥奪されたら僕は終わりだし、やっぱり人類の滅びは確定してるんじゃないだろうか」

『もー、ネガティブ! もっと楽観的に行かないと損するしっ』

「君は前向きなままでいてくれて嬉しい。それで、魔王討伐一歩手前まで行った勇者的にはどう行動するべきなんだ?」


 失敗するかもしれない。

 世界の滅びは確定しているかもしれない。

 

 それが、僕が諦める理由にはならない。

 痛くて苦しくてつらくて、魔物に嬲られて殺されるのは非常に怖い。

 

 本当さ。

 足が震えるくらいね。

 それでも戦うと決めたのは僕自身だ。

 やがて朽ち果てて世界と共に死ぬその瞬間まで戦い続ける。

 勇者シャインは人類の希望だって、世界中に知らしめてやらないと気が済まない。


『うん。まずは魔軍幹部を討伐しないと』

「……難易度が高すぎないかな」

『でも……ここで倒さないとこの街どころか一気に半分くらい取り戻されちゃうよ』


 あー、くそったれだ。

 どうやら剣士シリアスの命を救おうと足掻く程度では到底足りないらしい。

 これから僕は、彼ら彼女らが討伐に失敗するような化け物相手に何度も何度も死にながら挑まなくちゃいけないんだ。


「ふー…………そっか。シャイン、君は僕が死ぬ姿を覚えてる?」

『……………………うん。全部、見てる』

「しばらく醜い姿を晒すし、君からすれば情けないくらい弱いんだ。だから、見たくなければ、みないで欲しい」


 好きな女の子の前でくらい格好つけたいんだ。

 これは男の意地だった。

 とっくに捨て去った筈のプライドが、僕の中に少しだけ残っていたみたい。


『いやだ。見る』

「……悪趣味だよ」

『これは私の所為だから。ブレーヴが痛い思いをするのも、何度も何度も死ななくちゃいけないのも、魔物に苦しめられて叫びを上げるのも、全部私が悪い。だから、絶対に見届ける』


 シャインからは強い意志を感じる。

 こうと決めたら譲らない、昔から変わらない少女のままだった。

 

 情けない姿は見て欲しくない。

 それでも、彼女が決めたのなら、僕はその意志を尊重するまでだった。


「これから何度も死ぬだろうし、何度も叫ぶし、時には泣いて嫌がるかもしれない。それでも頑張って一歩踏み出すつもりなんだ。……よろしく、シャイン。君が生きていてくれて、本当によかった」

『うっ……うん。こちらこそ、ご迷惑たくさんお掛けしましたが……ブレーヴの優しさに甘えてごめんなさい……』

「僕にはそのくらいしか価値がないからしょうがない。君のような一手で百人を救えるほど強くないんだ」

『そうやって卑下しないの! ブレーヴのこと好きな人だっているんだよ?』

「……ああ、リザか」

『は?』


 剣(シャイン)の声色が低くなった。


『リザ? だれ、そのおんな』

「……さて。やるべきことをやらなくちゃあな」

『おい! ブレーヴ! 私のことが好きなんじゃあないのか!』

「好きだよ。世界中のどんな女性より」

『あっ……そうですか。ワカリマシタ』

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