世界の滅びから勇者再誕④


 まず僕がやるべき事は、強くなることだ。

 たとえ死んでも死なないとはいえ、地力が低いままでは僕は決して故郷に辿り着く事はできないだろう。


 僕らの故郷は大陸の反対側、魔軍侵攻当初に犠牲になった国の一部だった。


 そこまで行くためには何体もの魔物を屠り何人もの幹部を殺し魔王の首元まで刃が届く程に強くなければならない。

 もしかすれば、かつてのシャインは故郷をみることが出来たのだろうか。

 焼け落ちる家屋に火だるまと化す人達、泣き叫びながら魔軍に蹂躙される人類。


 沸々と憎悪が湧く。


「あのー……先輩?」

「ん…………リザ、なに?」

「いや、その……なんか様子が変っスよ」


 この会話も何度目だろう。

 彼女から見た僕はそれほど如実に変化しているらしい。


「大丈夫、何もないよ。それよりさ、こっちへ」

「えっ、わ、わっ」


 リザの手を引いて、石壁がある所まで歩く。


 大体僕の記憶通りだとそろそろ時間だ。

 剣士シリアスが壁を突き破ってその無惨な死体を晒す。

 そしてそれに巻き込まれ多数死傷者が出て、この街は混沌と化す。


「…………せ、先輩? ちょっと、あの……」


 リザが控えめに周りをチラチラと見ている。


 …………? 

 特に何もない。


「どうしたの?」

「い、いやァ〜……な、なんでもないっス。大胆っスね」

「そりゃまあ、大胆にもなるさ」


 ──そして、空は漆黒に染まる。


 街を囲んでいる城壁を容易く打ち破り、再度剣士シリアスがその肢体をぐちゃぐちゃに打ち砕き人としての姿を失いながら飛来する。


 さっきまで僕達がいた地点に着地し被害を周囲にばら撒きながら勢いを失っていき、やがて彼女はその動きを止めた。


「──……えっ、え!? な、なんスか!? 何が……」


 ここからは僕も見た覚えがない。

 とりあえず、彼女が事切れているのは前回少しだけ察したけれど、念のため生きてるかどうかだけ確認しに行く。

 走って僅か二十秒、瓦礫と家屋と野次馬の中心にて、剣士シリアスの肢体は力なく転がっていた。


「う、うわ……人、だよな?」

「壁が……壁がぶっ壊された。やばいんじゃないか」

「おい! この人ってもしかして、例の勇者の仲間じゃ……」


 ざわめきが広がって、その疑問は共有され、そして事実として認識されていく。


 僕が人並みをかき分けて先頭へと立ったときには、すでに民衆はその正体を察し始めていた。


「避けてくれ。僕は憲兵だ」

「あ、うわっ。すみません」


 こういう時兵士という肩書きは役に立つ。

 一般人よりも邪魔されにくく、そしてまた、ある程度融通が効く立場だ。


 家屋に直撃しその勢いを止めた彼女に近づき、すでに呼吸がないことは悟った。


「……剣士シリアス」


 忘れるわけがない。

 勇者シャインと共に魔軍幹部を討伐しその名を馳せた偉大なる一人。

 人類最強の一人として活躍を続け、かの魔王戦に於いても最期まで一行の一振りとして戦い抜いたと聞く。


 そんな超人がどうしてこんな最期を迎えているのか。


 左足はひしゃげてぼろ雑巾のようにぐしゃぐしゃになり、右足はどこかへ飛んでいってしまったのか存在しない。

 自慢の剣技を振るっていたであろう右手は肩口から強い力で引き千切られたように骨まで抜けていて、左手だけが唯一彼女の持つ部位で人の形を保っていた。


 顔の皮膚も剥げ綺麗だった筈の髪も汚れ、剣士シリアスは死んでいる。


「…………死なせていいものだとは、思えないな」


 開いていた瞳の瞼を閉じる。


 魔物の攻撃で死んだのか? 

 もしそうなら、どうすれば彼女の死を避けられる。

 前の世界でシャインと共に人類に希望を与えた人材を、みすみす死なせるのがいい事だとは思えない。

 僕は死なないだけで強くない。

 これから強くなるにも限界がある。

 僕みたいな弱者を踏み越えていける、彼女のような人が必要だ。


「まずは君からだ、剣士シリアス」


 剣を引き抜いて、その鈍い光を放つ刀身を思い切り心臓へと差し込む。


 相変わらずの激痛だ。

 でも、死なないとわかっていれば、たとえ死んでも怖くはない。

 痛みや苦しみは、やがて死に至る恐怖があるからこそだと、思う。

 だから、死なないとわかっている今、痛みなんて……ないのも同然さ。





『勇者一行、魔軍幹部をまたもや撃破!!』


 すっかり見慣れた新聞紙を握りしめて行動を開始する。


 とにかく今は足を進める。

 剣士シリアスがどのようにしてあの末路を辿ったのかを把握して、どうすれば死なないように出来るかを試行錯誤しなくちゃならない。


 やはり僕は死なない。

 その理由は不明だけど今は好都合だ。

 どうせ死なないならば、どうせ夢ならば。

 せめて僕の思い描いた通りに現実が進むようにひたすら足掻いて見せたい。


 わずかに残された意地が、突然与えられた非常事態によって膨れ上がった結果だった。


「確か南側だったはず……」


 彼女が吹き飛んで来るまでおよそ10分の猶予がある。

 その間に街の外に出て詳細を確認──大丈夫、いけるな。

 3年前の僕の肉体は予想より弱くて、リザと共に死んだ時が最も鍛えられていただろうけど、それでも兵士として生きているのは嘘ではないくらいには動けた。


 5分ほど走り続けて門まで辿り着いた。


「すまない! 開けてくれないか、急用だ!」

「うん? お前は……」

「憲兵のブレーヴ・シャイン。頼む、深い事情は後で言う!」

「はあ、別に構わんが……」

「ありがとう! 感謝する」


 門が開いた途端飛び出して、腰に差したままの剣に手を伸ばしておく。


 残り時間まで後5分くらい。

 空は漆黒に染まっていないし魔物もいない。

 でもこの後すぐにそうなるんだ。

 そうわかっているからこそ、どう動くべきかを考えろ。

 もし失敗しても、もう一度死ねば元に戻れる。

 僕はBrave shineだ。

 死を恐れるな、この夢を追い続けろ。

 シャインが辿り着いた場所まで歩んでいくしかないんだから。


 待ち続けることおよそ3分。


 異常が始まる。


 空は漆黒に染まらない。

 門も開いたままで、僕が出て行ったまま動かないのを不審に見ている門番がいる。


 そして、空間が歪み始める。

 渦巻く空がねじ切れるように唸り、そこから数体の魔物が現れた。

 続いて数体、更に数を増して数十体。

 転移魔法。

 間違いない、これは転移魔法だ。


「──門を閉めて」

「は、ハァっ!? なんだ、何が起きてんだよ!」

「いいから門を閉めてくれ! 侵入される!」


 剣を引き抜いて構える。


 落ち着け、僕。

 ここで魔物を殺し、剣士シリアスの末路を辿る。

 それが目的であり、最終的に僕が死ななかった世界で街を守れればそれでいい。


「一人で十分だ」


 リザと二人だったあの時は絶望しかなかった。

 死ぬために戦いに行ったあの時とはまるで違う。

 僕はこの謎の夢を終わらせるために戦っている。

 夢であるのならば、せめて都合のいい世界であれと足掻くためにここにいる。


 もしも現実であるならば、この謎の全てを解き明かしてやらないと気が済まないとすら思っている。


「──僕は、ブレーヴ・シャイン」


 勇敢で勇猛で勇者。

 その魂を冠する名を、幼馴染の名を奪った僕は惨めな姿を晒すことは許されない。

 僕は君の姿を追いかける。

 誰一人君を覚えていない世界で、僕だけは君の姿も名前も覚えている。

 君はそれを望まないかもしれないけど、僕がそうしたいんだ。


 誰よりも君を手に入れたいと願ってしまった、気持ちの悪い男だから。


「────勇者シャイン・・・・・・だ!」


 せめて君の名だけは残す。

 それが僕から世界に対して行える、最初の反撃だ。

 

 現れた魔物達は言語が通じるような見た目をしておらず、何かしらの影響を受けているのか、攻撃性を強く高めた個体ばかりだった。


 それならまだやりようはある。

 絡めてすら通じないような力も知性も備えた相手よりよっぽどいい。


 突撃してきたコウモリ型の大きな魔物の羽を切り裂いて、正面から切り込む。


 なし崩し的に昇格したとは言え、これでも唯一残された最前線の基地司令まで成り上がったんだ。そこら辺の雑兵よりは役に立てる自信はあったし、現にこの程度の相手なら問題ない。


 狼型の口を切り落とし、虫型が突撃してくるのを見計らって前転し回避しながら狼型にトドメを刺す。


 リザの命を奪ったあの魔物より数段遅い。

 僕は決して強くなってはいないけど、死の緊張から急激に動きを悪くすることは無くなったし、痛みへの恐怖感も若干和らいだ。

 

 大丈夫、やれる。

 

「この程度な」


 眼前に迫る棍棒を避ける手段は無かった。


 



 

『勇者一行、魔軍幹部をまたもや撃破!!』


 どうしてかはわからないけど、ここが始まりになるらしい。


 手に握った新聞が鍵? 

 そんな訳は……無いと、否定が出来ない。

 少なくともこの新聞紙は唐突に表示が入れ替わり、他人が見れば全く違う内容に変更されてしまうようなトンデモ新聞だからだ。

 週刊誌ですらここまで手の込んだことはしない。


 しかし、大きな棍棒でぶん殴られたのは始めてだ。


 僕の身体、どうなってる? 

 まだ全身に叩きつけられた鎚の感覚が残っている。

 酷く不愉快だ。


 とりあえずぼうっとしててもしょうがないので走り出す。


 目的地はさっきと変わらない。

 敵の数も現状僕一人で、死なないと言う前提があれば攻略出来そうな相手だった。

 でもあの棍棒は不意打ちだ。

 あんなものどうやって避けろって言うんだ? 

 そういうの全部潜り抜けて勝ちを見出さなくちゃ、僕は次に進めない。


 なんて難易度だ。


 シャイン、君はこんな世界を生き抜いていたのか。

 わかっていたことだったけど、僕と彼女では天と地ほどの差がある。


 君に成り代わるなんて不遜な事は考えてない。


 でも、こんなにも差がある。

 きっとあんな酷い末路を迎えている剣士シリアスだって僕の何十倍も強い。


 遠い。

 遠すぎる。

 それでも心は折れない。

 心が折れれば、この世界から解放されるのだろうか。

 試す価値もない戯れ言だ。

 その程度で死ねるのなら、そもそもこうやって何かを考えることすらできなかっただろう。


 僕の心が折れる事は許されていない。


 シャインの居場所を奪うんだ。

 その代償はキッチリこの命で支払わなくちゃ、僕が納得できない。

 君が一番すごいんだ。

 僕なんかより、君が一番だ。

 それを世界中の誰もが忘れてしまっている。


 だから勇者シャインになるんだ。


「すまない。門を開けてくれ」

「ん? おお、別に構わんが」

「ありがとう」


 僕は何故か死なない都合のいい肉体を持った。

 手に握った剣は聖剣とは程遠く、鈍い光を放つだけ。

 それでも振り抜けば肉は斬れるし魔物は殺せる。

 なら十分だ。

 何度も死んで敵を殺せばいい。

 僕の憎悪は消えてない。

 魔軍そのもの全てを殺したいと願ったあの怒りは、惰弱な僕を消し去りたいと思った憎しみは嘘じゃないんだ。


「…………お前はどうして僕の手にある?」


 剣を強く握る。

 僕の手元に無かった筈の、シャインが持っていった剣。

 彼女が握り強く光り輝いた時、この剣は真なる聖剣へと姿を変える。

 僕はそれを世界で一番初めに目撃した。

 シャイン・オムニスカイが勇者シャインへと成り果てる始まりの場所に居た。


 それなのに共に行けなかった。

 僕には才能も努力も時間も何もかもが足りなかった。

 失くしたくないものなんてそれくらいだった。

 どうしても、喉から手が出るくらい彼女との蜜月が欲しかった。


「気持ち悪いな……」


 死んでから──いや、シャインが死んだとわかったあの日から、僕の気色悪さは加速したと思う。


 リザはこんな男を好きだと言ってくれた。

 それなのにこうやって、頭の中は死んだ女の事で埋め尽くされている。

 それも僕とは幼馴染という関係であるだけで恋仲ですらない女性に、こうやっていつまでもおもい続けている。


 気持ち悪いよ。


 剣の輝きは変わらない。

 鈍く灰色に光るその剣は、とても聖剣とは言えない。


 それで十分だ。

 僕は、この剣を手放したくない。

 これだけが、僕とシャインを結んでくれる唯一の証拠だと胸を張れるから。


 空間が渦巻く。

 捻じれ歪みその中心から這いずり出る魔物。

 数は変わらないし個体も変わってないようだ。

 時間に変わりも無い──完全無欠に、僕はやり直しをしている。


 でも痛みは消えない。

 死んだ事実は残っている。

 この少しでも震えている足が、多分それを証明している。


 死にたくないなぁ。

 痛いもの。

 またあの棍棒でぶん殴られたら、痛いだろうなぁ。

 躱さないと駄目なんだ。

 一度で出来る程器用じゃない。


「何度でも挑戦できる。この命程安いものは、今は他にない」


 僕の命が減っているのかどうかは定かじゃないけど、少なくとも、今この状況下で何度も死んで何度もあの瞬間に戻っている。


 それならば話は簡単だ。

 他に死ぬ人がいるのなら、その代わりに僕が死ねばいい。


 勇者シャインは多くの人を救った。

 結果的に人類は滅んでしまったけれど、その過程で生み出した希望はあまりにも尊いものだった。


 ならばその席に、望んだものではないとしても座ってしまった僕が成すべきことは。


 彼女と同じくらい、人類を救済して見せる事。

 そして彼女と同じくらい魔物を殺し、魔軍を殺し、敵を殺して、とにかく殺して殺して殺して殺して──……僕の全てを奪っていった存在全てに、復讐する事だ。


 何十体もの魔物が出揃う。

 その全てに覚えがある。

 僕を殴り殺した巨躯を持つ魔物も当然居た。


 どうせ死んでもしなないんだ。

 奮い立てよブレーヴ・シャイン。

 死なないとわかっているんだ、どんな無理無茶無謀だって貫き通して見せろよ。







『勇者一行、魔軍幹部をまたもや撃破!!』


 狼型を二匹殺して、僕を殴り殺した魔物と対峙した所で横槍が入った。


 虫型だった。

 リザの命も奪った厄介な敵。

 あいつに注意向ける事を忘れてはいけない。

 目があと一つか二つ追加で欲しいと願ってしまうよ。






『勇者一行、魔軍幹部をまたもや撃破!!』


 新聞を握り締める。


 狼型二匹、虫型三匹、そして棍棒。

 棍棒の一撃を避けて潜り抜けたけど純粋な身体能力の暴力で殴り殺された。

 地面にたたきつけられて、丁寧に両手足を折られて、痛かった。


 ああクソ、痛かったな。

 痛いもんは痛いんだよ、クソったれ。

 だから収まってくれよ、僕の震え。

 死んでも死なないのに恐怖なんて感じるなよ、痛い事なんて気にするなよ。


 ハァッ、くそったれめ。







『勇者一行、魔軍幹部をまたもや撃破!!』


 また殺された。

 棍棒を避けて、今度は殴打も避けたのに。

 その瞬間を狙って虫型の魔物がまた突撃してきてバランスが崩されて、ああ、ああクソッ!! 


 思い出したくもない。

 僕の脚はくっついてるか。

 僕の腕は無事に動くのか? 

 この脳が感じてる痛みは一体何なんだ。


 怖い。

 怖いんだよバカ野郎。


 でもそんなこと今更だ。

 リザと死んだときは決して怖くなんてなかったじゃないか。


 甘えるな、甘えるんじゃない。


 剣を握るその手だけは止めるな。









 やった。

 ついにあの憎き棍棒使いを殺した。

 とにかく動いて動いて、虫型の直線的な攻撃を避けながら脚から崩した。


 巨体を支えるには貧弱すぎる足を傷めつけてやればバランスを失って転がり落ちるので、それが少し愉快だった。


 でも嬲り殺すような余裕はないし目的と一致しなかったから一撃で殺した。


 頭を落とせば流石に死んだ。

 残った魔物を殺せばあとはもうすぐだ。


 進める。

 僕は前に進めるぞ。

 超人たちの生み出した風に薙がれるだけで死に至るような弱者の僕が、送り込まれて来た魔物を相手に生き残って次のステージに行けるんだ! 


 この痛みは忘れない。

 僕は死ぬまでこの痛みと寄り添って生きていく。

 なぜなら、戦い続ける限り死は訪れるものだから。


 そうして安堵する僕の目前には、もっと大きな絶望が降って来る。


 こんな魔物数十体など、ただの斥候に過ぎない何かだった。


 空間が歪み、捻じ曲がり、大きな暗黒が広がる。

 それと同時に空は漆黒に染まりきって、その穴から人影が飛び出してきた。


 目元を隠す銀色の仮面。

 それとは対照的に吸い込まれる様な漆黒の髪と同系統のバトルドレス。

 そしてその腕の中に抱えられた一人の女性。

 身体能力で劣る僕が視界に捉えられたのはそこまでで、次の瞬間穴から現出した存在に身震いすることになる。


【────待て、待て、勇者ども】


 ずるりと抜け出たかいな

 街一つ分纏めて薙ぎ払えるであろう大きさを誇る雄大なソレは、掌に刻まれた歪な口が、底冷えするような悍ましい声を続けた。


【逃しはせんぞ】


 そう言って、指先に漆黒が集まっていく。

 あれは──だめだ、どうしようもない。

 今の僕にあれをどうにかする方法はない。


 ただの魔物を殺す事しか出来ない僕では、盤そのものに干渉してくる化け物に渡り合えない。


 ────そんなことは関係ない。


 震える足に鞭打って走った。

 何も出来ないし、意味はないかもしれない。

 あの巨大な腕を持つ本体なんて想像もつかないし、きっと僕を捻り潰すのなんて容易いだろう。


 それでも。

 それでもきっと、これが剣士シリアスの死の原因だと思った。


 だから動いた。

 僕は彼女の代わりに死ぬべきだから。


「っ、おい! そこの兵士、止まれ──!」


 漆黒のバトルドレスを身に纏った女性、賢者エヴリルが叫んだ。


 その声に抗って一歩前に進む。


 剣を強く握り締めながら、息を吐いた。


 足りてない。

 力不足、無能、役立たず。

 そんなことは、誰よりも僕がわかってるんだ。

 だから虚勢くらいは張ってやらないと意味が無いんだ! 

 死なないのに、死ぬことに恐怖を抱くなんて情けない僕でも──死に立ち向かうくらいの事は出来るんだ! 


『────ブレーヴ。貴方はやっぱり、変わらないね』


 …………え。


 聞こえた。

 聞こえた。

 聞こえた? 

 聞こえたんだ。


 今の声は──今、僕の耳が捉えた声は。


【羽虫が、消え失せよ】


 腕が動く。

 賢者エヴリルと剣士シリアスへの追撃のついでに放たれた、枝分かれの一撃で僕の胴体は消し飛ぶ。


 シャイン。

 シャイン、何処にいるんだ。

 幻聴で終わらせたくない。

 僕は今、たしかに君を感じたんだ。


 死を受け入れる直前、崩れ落ちた僕の肉体から溢れる血液を浴びた剣が、鈍く光った。


『──ごめんね、ブレーヴ。…………私のせいで』

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