放置された転生者はネガティブ王子に惚れられる

颯風 こゆき

第1話 突然の展開

「今日も暑いなぁ・・」

服で汗を拭いながら、青年は呟く。目の前の湖は今日も穏やかだ。自作の釣具を両手で握り、ひょいっと振りかざす。

ぽちゃんという音と共に、水面が波打つ。

「今日は釣れるかな・・」

釣り糸が落ちた場所を眺め、近くの岩場に固定する。そして、これまた自作の槍を持ち、森の中へと入っていった。


日野 優希、21歳。彼はこの世界とは別の世界からやってきた。ここに来た時は16歳だったが、いつの間にか5年の月日が流れていた。

優希は日本生まれ。両親はなく、孤児院で育った。でも、その事を悲観することなく、持ち前の明るさで毎日を過ごしていた。人懐っこい性格と、孤児院で年下の面倒を見ているせいか世話好きが功を奏して、友達も沢山いた。

それが、何故こんな所にいるのかというと、部活の帰り道、ふと脇道で不思議な光を見つけて、それに惹かれるように近づいたらこの世界へ吸い込まれてしまったのだ。

気が付けば、湖の畔にいて、さらに気が付けば誰もいない森の中で、一軒のログハウスみたいな空き家を見つけ、勝手に住み始めて5年も経っていた。

「おっ、果物みっけ」

優希は嬉しそうに木の上の果実を見上げ、手をかざす。すると掌からそよそよと風が吹き、小さな竜巻の様な物ができた。

その風が上に伸び果実を揺らすと、ポトンと落ちる。その動作を繰り返し、リュックに詰めていく。

「もう少し何か欲しいな・・あっ、そう言えば、もう少し先に食べれる葉っぱを見つけたんだっけ」

そう言いながら、更に森の奥へと入っていく。目的地に着くと数本の葉を手で摘み取り、またリュック詰めて背中に背負うと、元来た道に戻る。

そもそも、誰とも会えていないのに、ここが別世界だとわかったのは、ログハウスの家財や見慣れない文字で書かれた本、そして何故か使えた魔法の存在があったからだ。

使えると言っても微々たる物で、さっき使った風を起こす魔法、焚き木に火をつける程度の火、チョロチョロとしか出ない水、この程度だった。

それも、独学で特訓した成果だ。

「はぁ・・どこか、街に出ればなぁ。この森、薬草とか生えてるから、売れば多少のお金になると思うんだよな・・でも、獣とかに会ったら怖いしな・・」

優希は槍を振り回し、ブツブツと呟く。

「マジで、俺はこの世界に何故いるんだ?何か役割があるでもなしに・・。勇者とかさー、学園物とかさー色々あるのに、俺は何やってんだ?」

優希は転生物、異世界物のストーリーが大の好物だ。女性向け、男性向け、何ならBLもジャンル問わず読んできた。

この世界に来てすぐ、別の世界に来た事を目をキラキラさせ喜んだのだが、実際は見ての通り森の中で1人暮らしだ。

「主人公になりたい訳じゃないんだよなぁ。せめて、モブ。モブで登場人物のストーリーを見ていたい」

目の前で拳を握り、妄想を語り出す。

「よくある断罪シーンを遠巻きに見てる観客とか、そうだな、冒険物なら宿屋の従業員程度でいいんだけどなぁ」

ブツブツ言いながら湖に戻ると、竿を確かめる。

「まだか・・一旦、荷物を置きに戻るか・・」

元の位置に竿を固定し直し、少し開けた道を歩き出した。


ここに来た日、待てど暮らせど一向に人が来る気配を感じ、本で読んだ召喚者お出迎えパターンでは無いと悟った優希は、寝床を探す為に湖の周辺を歩いていたら、偶然この開けた道を見つけた。

そして、道なりに歩いて行くとログハウスの様な小屋を見つけ、住み着いた。

5年経っても誰も来ないのだから、本当に空き家なんだろう。

そう思いながら、ドアを開ける。

「ひぃーーっ!!」

「ぎゃーーっ!」

突然の人影と叫び声に優希も釣られて叫び声を上げる。

ドキドキしながら、人影を見るとフードを被った背の高い男性が、ビクビクしながらこちらをみていた。

「だ、誰だ!?」

「そ、そっちこそ、何者だ?」

やけにおどおどした態度を取る男に、少し安堵して落とした槍を手に取る。

「俺はここに住んでる者だ。ここには盗める物なんてないぞ」

「・・・住んでいるとは?」

「だから、ここは俺の家だって言ってるんだ」

「・・・ここは私の所有地だが・・」

「・・・え?」

男の言葉に体が固まる。

(え?この人の家なの?え?俺、不法滞在で捕まっちゃう?何なんだ!この展開は!?俺はモブさえなれず、この世界であっけなく死ぬのか?)

いろんな思いが頭の中をグルグルと駆け巡り、駆け巡り過ぎて眩暈を起こし、優希はそのまま気を失った・・・。

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