勇者と邪竜の神殺し

彌伝衛儺

第1話 邂逅/Encount

「───『四重火炎槍クアッド・フレアスピア』!!」


 呪文に呼応し形成された炎の槍が四条の赤い光を軌跡に残す。

 直後、轟音と灼熱が辺りに吹き荒れた。


「勇者様ぁ流石ですぅ〜」


「あんなスゴい魔法使えるなんてぇ〜」


「たった一人で魔物ぜーんぶ倒しちゃうなんてスゴすぎですよぅ〜」


「フッ…この程度なんてことないさ」


 かつて魔物だった灰の山を背に女達の甘ったるい称賛に酔う。

 彼女達は俺のパーティーメンバー。

 女神官のマリアに踊り子のセレス、魔法使いのアビゲイル。三人ともアイドルみたいに可愛い美少女冒険者だ。

 そして俺【レイナード・バルクムント】が彼女等のリーダー。若干15歳にして国王より『勇者』を拝命した稀代の天才少年なのだ。

 正に順風満帆、絵に描いたような異世界転生ライフである。


 本当に、以前までの俺とは大違いだ。


 俺の前世は【天羽あもう時雨しぐれ】という冴えない学生だった。

 ある夏の日、必要単位ギリギリで課題レポートを後回しにしていた俺は留年の危機に瀕していた。


 ◆◆◆


「はぁ…何とかレポート出さずに単位貰えるほうほうないかなぁ……」


 そんな時、俺の目にとある光景が飛び込んできた。

 不審な男が刃物を振りかざし女性を襲おうとしている。

 俺は瞬時に駆け寄り、女性から引き剥がした上で男を拘束する。

 ───といきたかったのだが、生憎俺は小柄だったため男を取り押さえることは難しかった。

 なので取り敢えず女性を突き飛ばした。


「危なあああい!!」


 結果としてこの行動により振り下ろしたナイフが俺の腹をズップリ突き刺し、動揺した男は逃げ出した先で電柱にぶつかって気絶した。


「いってえええ!!!ナイフってクソ痛ぇな!」


 幸いにも刃が内臓を回避していたため即死は免れたようだ。


(でも、これで表彰とかされれば留年回避できるかも…ラッキーだぜ!)


 そんな時、新たな事件を発見した。

 横断歩道を渡る一人の小学生。そこに軽トラックが突っ込もうとしていた。

 運転手は突っ伏したまま減速する様子はない。


(おいおい…行くっきゃねぇよなあ!)


 俺は痛みを堪え、全力疾走で小学生を抱きかかえ事故を回避する。

 ───とはいかず、嗚咽を漏らしながら小学生を突き飛ばし、身代わりになる形で軽トラに追突された。


「あっ!ギャッ!アッ!あ゛あ゛ッ!」


 アスファルトを転がり、左腕と肋骨が折れる。頭も打ったのか、揺らぐ視界の中で熱い血液が頬を伝う感覚は今でも覚えている。

 文字通りの満身創痍だった。


(よっしゃ、二回も人助けしたんだ教授も許してくれるっしょ)


 だが、俺は歪む視界の端にさらなる事件を見た。

 作業中の建設現場でワイヤーが千切れ、吊られた鉄骨が今にも落下しようとしていた。その下には犬を抱いたお婆さんが。

 俺の右腕と両足はまだ無事だ、であれば動ける。

 ───が、お察しの通り俺には完璧にお婆さんを救う体力も筋力も意識も無かった。なのでお婆さんを優しく突き飛ばし、代わりに鉄骨の下敷きとなった。


「ギャッ!……クッソがよお!痛いんだけどォ!!」


 降り注いだ鉄骨は無事だった俺の両足をぐちゃぐちゃに押し潰した。

 だが、頭は無事だったため全身を駆け巡る激痛の渦に意識を手放し、俺は仰向けに倒れた。

 混濁する意識の中で俺の鼻先に何かが触れる。


「………あ?」


 朧気な視界が黄色い像を結んだ。

 俺の鼻に蜂が止まっていた。黒くて、デカくて、厳ついやつ。

 ───オオスズメバチだ。

 実は俺、スズメバチに刺されるのは二度目なのだ。


(あっやべ死んだわこれ)


 チクリという痛覚と同時に意識は途絶えた。

 ………今になって思えば、腹部の刺し傷による出血死なのか、頭部殴打の脳挫傷なのか、鉄骨による圧迫死なのか、スズメバチでのアナフィラキシーなのか死因は定かではない。

 だが、そんな滅茶苦茶な死に際を神が哀れんだのか、再び目が覚めると俺は貴族の嫡男として転生していた。

 銀の髪。銀の瞳。整った端正な顔立ち。

 初めて鏡を見たのは一歳の頃だったか。


(…これ俺?やべーイケメンじゃねーですか!?国民的子役も余裕でいけるガチもんじゃねーですか!!)


 それもただのイケメンじゃない。俺は魔法の天才イケメンだった。

 俺は卓越した魔法の才能を持って産まれてきた。

 火、水、風、土の四属性に光と闇を合わせた六属性全てに適性を持ち、五歳の頃には宮廷魔法師でも困難な高位魔法の多重詠唱をやってみせた。

 更には十歳の時、父親に連れられて王城へ訪れた際のことだ。

 散歩中、迷子になった俺は庭園の奥にある湖の畔で金床に刺さった剣を見つけた。

 金床は赤く錆びつき、蔦と苔に覆われていたが、剣だけは未だ白銀の金属光沢をたたえていた。


(これってアレじゃね!主人公だけが引き抜けるカリバー的なサムシングじゃね!?)


 柄を握り、勢い良く引っ張ると、子供の力でも難なく引き抜くことができた。

 丁度その瞬間、近衛兵を連れた父親に見つかり、大変な騒ぎになった。

 というのもその頃、魔物を率いた【魔王】と名乗る悪魔が王国に宣戦布告しており、聖剣は救国の英雄にしか引き抜けないという伝説から現状を打破するのは聖剣の担い手だと目されていたのである。

 それから俺は数々の英雄から剣術、武術、体術、魔術、様々な技を教わり、十四歳にして国王から『国防勇者』を拝命し魔王討伐の任に着いた。

 そうして旅の中で三人と出会い現在に至る。


 ◆◆◆


「この山を越えればアーエイアみたいですぅ〜」


【要塞都市アーエイア】魔王軍領との境界に位置する国土防衛の最前線であり俺達の目的地だ。

 俺達は魔王城突撃前の最後の補給地点としてアーエイアに向かっている。


「ルートは…山道と洞窟か」


 少し思考を巡らす。

 山を越え街に向かうには山頂を通る山道と、山を突っ切る洞窟の二つのルートがある。

 山道は時間はかかるが、視界が開けているため見通しがよく安全に進める。

 対して洞窟は時間は早いが、暗闇と複雑な地下空間故に視界が悪く危険な魔物と遭遇する可能性もある。

 だが、それは旅人が俺以外ならという話だ。

 この俺は王国最強の、いや最早世界最強の人間だ。

 そんな俺にとっては洞窟に現れる魔物など雑魚に等しく、比較要素は「どっちが楽しいか」だ。


「うん。洞窟にしよう」


「かしこまりましたぁ〜」


「私ぃ暗いの怖いですぅ〜」


「勇者様ぁ、手ぇ繋いでぇ〜」


 アビゲイルは右腕に、セレスは左腕に、マリアは背中にピッタリと密着する。


「おいおいおいおい、これじゃ歩きづらいぜ。全く、困っちゃうなあ!」


 両手に花。

 否、両手+αに花である。

 今、彼女たちの目に映るのは高身長爽やかイケメン。かつての小柄な俺ではない。

 異世界転生チート万々歳だ。

 そんな俺にも夢がある。それは、このサイコーなステータスをフル活用し美少女ハーレムを築きあげるのだ。


 場面は変わって洞窟道中。

 洞窟内は特にこれといった問題もなく順調に進むことができた。

 特に助かったのは、水に反応して発光する魔鉱石である『水灯晶』が壁面の至る所から生えていて、地下水に反応するので道中が比較的明るかったことだ。

 暗がりを怖がっていた女性陣もこれはこれでロマンチックだと満足気だ。

 今はまだ三人だがハーレムとしての完成度は上々。魔王を討伐すればさらに多くの美少女を我がハーレムに迎えられるだろう。

 そんな皮算用をしていると、前方に気配を感じた。

 こちらとの距離は凡そ百メートル強。黒竜がうずくまっている。


「眠ってるのか?」


 気配遮断の魔法を常時展開しているとはいえ、この近距離で野生動物それも竜種という最高位の魔物が気付かないというのは不可解だ。

 それに耳を澄ますと黒竜から微かだが規則的な吐息が漏れている。


「マリア、洞窟の残りは?」


「えーと…1時間程進んだのでぇ…残りは四割でしょうかぁ?」


 つまり六割程度進んだと…ここから引き返してはアーエイアにつくのは日が落ちてからになってしまう。手持ちの食料的にこれ以上の野宿は避けたい。

 となれば───


「狩るか」


 腰の聖剣に手を伸ばし、居合の体勢で疾走する。

 気配を殺し、無詠唱で『高位魔力強化ハイ・マナブースタ』『高位身体強化ハイ・フィジカルブースタ』『四重疾風加速クアッド・ストームアクセル』を連続で発動する。

 大気操作で圧縮された空気が俺の背を押し加速させる。

 一瞬で黒竜の頭上、天井ぎりぎりに飛び出し急停止。


「『竜殺呪刻付与ドラグスレイエンチャント』!!」


 竜殺しの呪詛を付与する付与系の高位魔法を発動し、聖剣に纏わせる。

 再度疾風加速を発動し黒竜目掛けて突入する。


「どうりゃああああああ!!」


 始めの一秒で十、次の一秒で十五、最後の一秒で二十五の斬撃を放つ。

 三秒で竜を百分割した俺だが攻撃の手は緩めない。


「まだまだ───『凍葬獄炎コキューティックインフェルノ』!」


 凍葬獄炎──それは水属性の氷結系魔法。

 触れるもの全ての熱を奪う零下の蒼炎が拡散し、瞬く間に黒竜の肉片を氷像に変えた。

 念には念を入れてというやつだ。


「カチンコチンですねぇ〜」


「ちょっとグロいですぅ〜」


「なんかこっち見てる気がして不気味ですねぇ…」


「気のせい、気のせい。魚の目玉みたいなもんだって」


 これだけバラバラになった上、氷漬けにされても動ける生物なんているわけがない。

 仮にいたとしても、それはこんな洞窟よりもっと遠くの未知の世界にいるはずだ。

 そんなこんなで黒竜を瞬殺した俺達は難なく洞窟を通り抜けアーエイアへ到達したのだった。


 ◆◆◆


「ハァ…ハァ…何なんだよ…お前は…!」


 炎の海で女が嗤う。

 長い黒髪も陶器のような白肌もその一切が炎に侵されてはいない。

 女は口元に狂ったような笑みを浮かべ琥珀色の瞳で俺を捉える。

 あぁ…どうやら俺はとんでもない化け物を目覚めさせてしまったようだ。

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