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 カンヴァス地区へ帰還し、指示通りにCES本部へ出頭する。俺たちは所属不明機の撃墜について査問にかけられる事になった。レイヤードネストの傭兵としては、CES情報軍インフォメーションズからの査問は日常茶飯事のことだ。

 真白のディスプレイを兼ねる壁に囲まれた、第一査問室。正面に座る黒いスーツの女性査問官が、鋭い目つきでこちらを見つめた。口裏合わせを防ぐため、エディは別室で査問を受けている。

 査問官が質問を始める。

「まずは所属を述べてください」

「CES所属傭兵の白井裕斗。パーソナル・レジデント・コードP R CはAC-20988LR」

「先の戦闘行為において、撃墜したのは所属不明の二機でした。所属不明出会った事実は感知していますか」

「知っている」

「なぜ所属不明機と知りつつ撃墜したのですか」

「奴らは被災現場の作業員を攻撃していた。俺がやったのは必要な防衛行動だ」

「誰かに指示を受けたのですか」

「いや、俺の独断だ。自機ニールセン敵味方識別装置I F Fは奴らをEnemyとして認識していた。俺の判断に間違いは無かったと言える」

「勝手な発言はしないように。全て録音されています」

「なんだ、アンタは奴らが敵で無かったと言いたいのか。自分らで現場を見た訳でもないのに。ずいぶん勝手だな」

「言葉遣いに気をつけなさい、白井裕斗」

「フン、悪かったよ。だが機体の戦闘記録バトルログを解析すれば分かる。奴らは紛れもなく敵だったし、ニールセンのIFFの誤作動もない。自己診断プログラムが常時走っているんだ。エラーのまま進行するなど考えられん」

「現時点の我々の見解としては、あくまで二機は「所属不明機Unknown」です。この査問および調査の結果によっては、あなたには相当の処罰が科せられます」

「なんだと、俺は契約条項に則りE-6エコーシックスを要請した。敵機の撃墜も......」

「“敵機”ではなく“所属不明機”です。間違いの無いように。それに、依頼には「所属不明機の破壊」は含まれていません。場合によっては越権行為とされる場合もあります」

 頭に血が昇るのが、はっきりと分かった。思わず声が荒々しくなる。

「貴様っ、いい加減にしろ。俺は必要な行動を取っただけだ。非難される筋合いは無い。文句があるなら、現場の救援部隊本部に問い合わせろ」

 しかし査問官は、落ち着いた態度で冷たく言い放った。

「これで査問を終了します。調査結果が出るまで、あなた方には営倉に入っていただきます」

 営倉、即ち懲罰房。俺たちは悪人扱い。

 後ろに待機していた情報軍の隊員二人が、それぞれ俺の両腕を掴んで査問室から連れ出す。

 三人でエレベータに乗り込む。一人が営倉階層のボタンを押すと、そこまで下降を始める。

「すまんね」

 エレベータの中、隊員が口を開く。

「なに?」

「形式上の営倉送りとはいえ、我々も命令を受けている。話し相手も用意してやれないが、せめて二日三日の辛抱だろう。CASTLEのために、耐えてやってくれ」

「......ああ、分かった」

 なるほど、こいつらは

 この複合都市〈レイヤードネスト〉において、再興権限を持つ管理AIであるCASTLEは絶対だ。そのために耐えろと言われては、俺も反抗できやしないのが現実だった。

「ここだ。入れ」

 営倉の電子ロックを外した隊員が促す。それに従い、自由を取り戻した腕を摩りつつ営倉へ入った。

「それじゃあ、また迎えに来る」

 突然、隊員の腰にある携帯端末が振動する。それを耳に当てた隊員は、少しの会話の後、あからさまに目をしばたたかせた。

「どうした」

 たまらず俺は問うてみる。

「いや、もしかすると、君に来客があるかもしれん」

「そうなのか」

「まあ、ゆっくり休んでくれ。君の様子はモニタリングしているから、異変があったらすぐ助けに行くよ」

「ははは、ありがたいもんだ」

 二人と会釈を交わす。営倉のドアが閉じられ、俺は薄闇のなかで独りぼっちになった。

 営倉には簡易ベッドと卓、区切られたトイレがある。俺はベッドに寝そべり、深く息にを吐いた。戦闘の疲れを癒やすことができれば幸いなのだが、と思いつつ、見上げた天井にはクリーム色の緩衝材が貼られている。

 その視界がどうにもさみしく思え、俺は目を閉じてしまえば、もう二度と帰ってこられないかのような感覚にとらわれた。


 そして、どれほど時間が経っただろう。

 ドアの奥に人の気配を感じる。敵か、と思わず身構えるが、武器になる物などあるはずも無い。出来るだけ体から力を抜き、自分に敵意は無いことを表する。

 多重ロックが解除され、ドアがエアの音を響かせながら滑らかに開く。

 廊下のまばゆい光に照らされ、逆光気味の視界に、白いコートを着た女が立っている。

「......局長殿?」

 彼女は木原敦子。CESの局長の座に着く人物。木原はいつもの仏頂面で営倉に入り、俺と向かい合うように椅子に座った。

「久しぶりだな」

「はい」

「元気そうだな。ずいぶん酷い目に遭ったようだが」

「この通りです。アルテリア地区での行動に問題があったようで」

「不満そうだな。査問のログは聞いたよ」

「まあ、CASTLEの選択なら従うのみです」

「......なんだと?」

 木原が怪訝そうな表情に変わる。何かおかしいことを言っただろうか。

「ですから、CASTLEの選択ならば、と」

「ふっ、ふふふ......」

 木原は小さく笑い出す。

「え?」

「いや、なんでも無い。そうか、君は素晴らしいレイヤードネスト市民だな。モデルケースに相応しい敬虔けいけんさだ」

「何のことです」

「傭兵の営倉入りなど、CASTLEは感知していない。決定するのはCES幹部の、中でも査問部だ。私のような局長職も、査問部からの報告でしか知らない。よほどの大事件でも起こさなければ、管理者CASTLEから目をつけられることも無い。せめて通達が行くとしても、〈代表〉までだ」

 代表。それはレイヤードネストの最上位に位置する都市管理AI〈CASTLE〉の決定を、市民に反映するための人間で、言わば御告げを伝える者。CASTLEを神に見立てた場合の〈巫女〉である。

「そうですか」

「ああ。事実、私の命令で戦闘記録の調査を急がせるよう伝えた。運が良ければ、あと数時間と経たずにここから出られるぞ」

「......どうして、俺のためにそんなことを」

 木原の表情が、少しばかり和らぐ。

「お前は、本当に何度も言わせるのだな。お前が優秀な傭兵だから。それ以外に理由は無い。この都市にお前は必要な存在だ」

「それが、俺には分かりません。俺の機体は平凡だし、操縦技術もエースと言うほどではありません」

「心意気だよ。独りとしての強さを持ちながら、CASTLEを第一として、CASTLEのために戦う。お前は理想的な市民であり、なおかつ自分の考えや思いを滾らせている。我々は、そこを評価しているんだ」

「......」

「そんなに驚いた顔をするな。お前に頼みたいことがある」

「何でしょう」

「この前に話した、振興委員会への制裁行動。その日時が決定した」

「俺も出られるんですか」

「勿論だ。作戦決行は三日後。それまでに調査と機体の修理が完了するよう、整備部に掛け合っている」

「よく分かりました。感謝します」

「そんなものは必要ない。私はお前という傭兵を信じている。それだけなのだからな」

 唐突に、ドアが開く。裕斗を引っ張ってきた情報軍隊員が、何かの資料を携えて木原に会いに来た。短い会話を交わし、俺を一瞥してから隊員は去って行く。

「さて」

 木原は俺に向き直り、資料をめくりつつ言った。

「お前と相棒は、現時刻を以て営倉から出ることになった。アルテリア地区での行動には何の問題も無く、正当な自衛行動であったと確認が取れた。営倉への勾留は「事実確認までの待機」として扱う。これに依存は?」

 果たして彼女は、どんな魔法を使ったのだろう。そう心の中では思いつつ、聞いてしまうのは災いの元だと判断した。

「ありません」

「ところで、整備部がガレージに来て欲しいそうだ。機体に関する話がしたい、と」

「分かりました。すぐに向かいます」

「了解した。ともあれ、お前たちが無事でよかった。これからも一層、都市とCASTLEのために働いて欲しい。それでは」

 木原がコートを翻し、外で待機していた秘書である男――落合――と共に去って行く。

 俺は彼女を見送り、閉じないドアを抜けて整備部の下へ向かう。

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