3
カンヴァス地区へ帰還し、指示通りにCES本部へ出頭する。俺たちは所属不明機の撃墜について査問にかけられる事になった。レイヤードネストの傭兵としては、CES
真白のディスプレイを兼ねる壁に囲まれた、第一査問室。正面に座る黒いスーツの女性査問官が、鋭い目つきでこちらを見つめた。口裏合わせを防ぐため、エディは別室で査問を受けている。
査問官が質問を始める。
「まずは所属を述べてください」
「CES所属傭兵の白井裕斗。
「先の戦闘行為において、撃墜したのは所属不明の二機でした。所属不明出会った事実は感知していますか」
「知っている」
「なぜ所属不明機と知りつつ撃墜したのですか」
「奴らは被災現場の作業員を攻撃していた。俺がやったのは必要な防衛行動だ」
「誰かに指示を受けたのですか」
「いや、俺の独断だ。
「勝手な発言はしないように。全て録音されています」
「なんだ、アンタは奴らが敵で無かったと言いたいのか。自分らで現場を見た訳でもないのに。ずいぶん勝手だな」
「言葉遣いに気をつけなさい、白井裕斗」
「フン、悪かったよ。だが機体の
「現時点の我々の見解としては、あくまで二機は「
「なんだと、俺は契約条項に則り
「“敵機”ではなく“所属不明機”です。間違いの無いように。それに、依頼には「所属不明機の破壊」は含まれていません。場合によっては越権行為とされる場合もあります」
頭に血が昇るのが、はっきりと分かった。思わず声が荒々しくなる。
「貴様っ、いい加減にしろ。俺は必要な行動を取っただけだ。非難される筋合いは無い。文句があるなら、現場の救援部隊本部に問い合わせろ」
しかし査問官は、落ち着いた態度で冷たく言い放った。
「これで査問を終了します。調査結果が出るまで、あなた方には営倉に入っていただきます」
営倉、即ち懲罰房。俺たちは悪人扱い。
後ろに待機していた情報軍の隊員二人が、それぞれ俺の両腕を掴んで査問室から連れ出す。
三人でエレベータに乗り込む。一人が営倉階層のボタンを押すと、そこまで下降を始める。
「すまんね」
エレベータの中、隊員が口を開く。
「なに?」
「形式上の営倉送りとはいえ、我々も命令を受けている。話し相手も用意してやれないが、せめて二日三日の辛抱だろう。CASTLEのために、耐えてやってくれ」
「......ああ、分かった」
なるほど、こいつらは話せる。
この複合都市〈レイヤードネスト〉において、再興権限を持つ管理AIであるCASTLEは絶対だ。そのために耐えろと言われては、俺も反抗できやしないのが現実だった。
「ここだ。入れ」
営倉の電子ロックを外した隊員が促す。それに従い、自由を取り戻した腕を摩りつつ営倉へ入った。
「それじゃあ、また迎えに来る」
突然、隊員の腰にある携帯端末が振動する。それを耳に当てた隊員は、少しの会話の後、あからさまに目をしばたたかせた。
「どうした」
たまらず俺は問うてみる。
「いや、もしかすると、君に来客があるかもしれん」
「そうなのか」
「まあ、ゆっくり休んでくれ。君の様子はモニタリングしているから、異変があったらすぐ助けに行くよ」
「ははは、ありがたいもんだ」
二人と会釈を交わす。営倉のドアが閉じられ、俺は薄闇のなかで独りぼっちになった。
営倉には簡易ベッドと卓、区切られたトイレがある。俺はベッドに寝そべり、深く息にを吐いた。戦闘の疲れを癒やすことができれば幸いなのだが、と思いつつ、見上げた天井にはクリーム色の緩衝材が貼られている。
その視界がどうにもさみしく思え、俺は目を閉じてしまえば、もう二度と帰ってこられないかのような感覚にとらわれた。
そして、どれほど時間が経っただろう。
ドアの奥に人の気配を感じる。敵か、と思わず身構えるが、武器になる物などあるはずも無い。出来るだけ体から力を抜き、自分に敵意は無いことを表する。
多重ロックが解除され、ドアがエアの音を響かせながら滑らかに開く。
廊下のまばゆい光に照らされ、逆光気味の視界に、白いコートを着た女が立っている。
「......局長殿?」
彼女は木原敦子。CESの局長の座に着く人物。木原はいつもの仏頂面で営倉に入り、俺と向かい合うように椅子に座った。
「久しぶりだな」
「はい」
「元気そうだな。ずいぶん酷い目に遭ったようだが」
「この通りです。アルテリア地区での行動に問題があったようで」
「不満そうだな。査問のログは聞いたよ」
「まあ、CASTLEの選択なら従うのみです」
「......なんだと?」
木原が怪訝そうな表情に変わる。何かおかしいことを言っただろうか。
「ですから、CASTLEの選択ならば、と」
「ふっ、ふふふ......」
木原は小さく笑い出す。
「え?」
「いや、なんでも無い。そうか、君は素晴らしいレイヤードネスト市民だな。モデルケースに相応しい
「何のことです」
「傭兵の営倉入りなど、CASTLEは感知していない。決定するのはCES幹部の、中でも査問部だ。私のような局長職も、査問部からの報告でしか知らない。よほどの大事件でも起こさなければ、
代表。それはレイヤードネストの最上位に位置する都市管理AI〈CASTLE〉の決定を、市民に反映するための人間で、言わば御告げを伝える者。CASTLEを神に見立てた場合の〈巫女〉である。
「そうですか」
「ああ。事実、私の命令で戦闘記録の調査を急がせるよう伝えた。運が良ければ、あと数時間と経たずにここから出られるぞ」
「......どうして、俺のためにそんなことを」
木原の表情が、少しばかり和らぐ。
「お前は、本当に何度も言わせるのだな。お前が優秀な傭兵だから。それ以外に理由は無い。この都市にお前は必要な存在だ」
「それが、俺には分かりません。俺の機体は平凡だし、操縦技術もエースと言うほどではありません」
「心意気だよ。独りとしての強さを持ちながら、CASTLEを第一として、CASTLEのために戦う。お前は理想的な市民であり、なおかつ自分の考えや思いを滾らせている。我々は、そこを評価しているんだ」
「......」
「そんなに驚いた顔をするな。お前に頼みたいことがある」
「何でしょう」
「この前に話した、振興委員会への制裁行動。その日時が決定した」
「俺も出られるんですか」
「勿論だ。作戦決行は三日後。それまでに調査と機体の修理が完了するよう、整備部に掛け合っている」
「よく分かりました。感謝します」
「そんなものは必要ない。私はお前という傭兵を信じている。それだけなのだからな」
唐突に、ドアが開く。裕斗を引っ張ってきた情報軍隊員が、何かの資料を携えて木原に会いに来た。短い会話を交わし、俺を一瞥してから隊員は去って行く。
「さて」
木原は俺に向き直り、資料をめくりつつ言った。
「お前と相棒は、現時刻を以て営倉から出ることになった。アルテリア地区での行動には何の問題も無く、正当な自衛行動であったと確認が取れた。営倉への勾留は「事実確認までの待機」として扱う。これに依存は?」
果たして彼女は、どんな魔法を使ったのだろう。そう心の中では思いつつ、聞いてしまうのは災いの元だと判断した。
「ありません」
「ところで、整備部がガレージに来て欲しいそうだ。機体に関する話がしたい、と」
「分かりました。すぐに向かいます」
「了解した。ともあれ、お前たちが無事でよかった。これからも一層、都市とCASTLEのために働いて欲しい。それでは」
木原がコートを翻し、外で待機していた秘書である男――落合――と共に去って行く。
俺は彼女を見送り、閉じないドアを抜けて整備部の下へ向かう。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます