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管理執行局本部地下施設。局長である
一年前に傭兵としての活動を始め、半年前にCASTLEが管理執行局の雇用対象として選出した。その後はCESとの契約を交わした専属傭兵として活動を支援している。
画面をスクロールし、彼の経歴を辿る。
日系人。20歳。出生地は不明。3歳でアイザック地区の日系施設〈ライウン孤児院〉に収容され、10歳まで育つ。孤児院連続襲撃事件の被害者。ライウン孤児院が武装組織の襲撃を受けた際に拉致され、その後の動向は一切不明。一年前に突如アイザック地区に現れ、中古のウォーカー・ブレードを購入。同時に傭兵稼業を開始。
CESとの雇用契約後は、同じくCESが雇用した輸送車ドライバーのエディと共に活動。与えられた全任務を完遂。獲得した報酬の用途は消耗部品の購入や生活費など。趣味は特になし。古い機械を好む性向がある。
「裕斗君ですか。彼は今回の作戦でも大活躍でしたね」
背後に立つ秘書の落合が呟く。彼は黒いスーツを着て、薄笑いを浮かべていた。
「壊しすぎる。この男は」
木原の目には、破壊されたカンヴァス地区の高架の映像が映っていた。裕斗が密輸されたウォーカー・ブレードと戦闘を行った際に生じた損害だった。
高架上の幹線道路では十数台の民間車が事故を起こし、機関砲から排出された薬莢が至る所に散らばっていた。高架下の道路はアスファルトが捲れ上がり、建物の壁は跳弾や貫通弾で傷が入っている。戦闘から二日が経過した今日でも、CESによる復旧作業が続いていた。
「しかし
「前線の意見か。彼らの言うことにはリアリズムがありすぎる。局長職としては、リアリズムだけでは足りない」
CES
「裕斗本人と話したい。呼んでくれるか」
「かしこまりました。しかしオンラインでもよいのでは」
「直接会いたい気分なんだ」
「では、そのように」
落合が携帯端末を耳に当て、裕斗を呼び出す。
白井裕斗は落合からの出頭命令を受け、モノレールに乗り込んだ。時刻は18:00。自宅があるアイザック地区からカンヴァス地区までは、高速モノレールを使えば30分ほどで到着する。
連絡を受けたのは夕飯の用意の最中だった。同居人のエディを連れて行く必要はなかったため、彼女に調理の続きを任せた。自分が最初に作ろうとしていたメニューを変えないか心配だが、少なくとも料理の腕は彼女の方が上だった。乗車口の近くの壁にもたれ掛かる。車内を見回すと、ほかの客はほとんどいない。空腹を紛らわせるため、持ち出した携帯食料にぱくつく。
一駅、二駅と景色が流れ、カンヴァス地区へと入る。CES本部までは、地区内で最大規模の駅舎を持つ〈カンヴァス地区中枢駅〉が最も近い。中枢はレイヤードネストの管理を行う場所であり、通信塔に巻き付くような形で管理施設が建造されている。経済活動や軍事活動における全ての中心部であり、大深度地下にはエネルギー運用施設が構築されている区域だ。
カンヴァス地区中枢駅へ到着。帰路に就く人込みをかき分けて進み、駅舎裏にある地下への昇降機へと乗り込む。CESと雇用契約を交わした証であるIDカードを読み込ませ、地下施設群へと進む。
昇降軌道の先にCES本部地下施設の入り口が現れる。それは巨大な隔壁に守られており、たとえウォーカー・ブレードでも容易に破壊することは不可能だ。
警備システムが反応し、カメラがこちらを覗きこむ。カードリーダーに再びIDを読み取らせると、隔壁が重厚な音と共に解放された。裕斗はひやりとした空気を感じ取る。
廊下を歩いていると、物憂げな表情でベンチに一人座る木原を見つけた。彼女はワイシャツ姿で、トレードマークとも言える白いコートは傍らに置かれていた。自分から呼び出しておいて、なぜこのような場所に一人でいるのか。裕斗は訝しむが、声をかけることに決めた。
「局長殿。一人で考え事でありますか」
「今日は友人の葬儀でな。もう終わった」
「お悔み申し上げます」
「いや、お前には関係のないことだ。突然呼び出してすまない」
木原は腰を上げ、畳んでいたコートを羽織る。
「お話とは」
「次の依頼に関してだ。同時に4件ほど来ている。CASTLEからの評価が高い証拠だな」
「俺が選ぶんですか」
「そうだ」
木原が会議室の扉を開き、裕斗を迎え入れる。会議室は一面の壁がモニターとなっており、部屋の中央には大型の円卓が設置されていた。
「座れ。何か飲むか」
「いえ、お構いなく。依頼内容は」
「これだ」
二人は隣り合って座り、モニターと向かい合う。木原が卓上に固定されたキーボードを操作し、モニターに依頼内容を表示した。
「一つ目はベイロード地区大深度地下の調査。二つ目は土砂崩れ現場の復旧支援。三つめは放棄された海上採掘施設の調査。最後は核廃棄物輸送の護衛だ。この中から選べ」
「......土砂崩れ現場の支援が気になりますね」
「二日前、アルテリア地区の
表示された写真には、土がむき出しになった丘陵地が映っていた。その下にはソーラーパネルの残骸が積み重なり、立ち入り禁止のテープで封鎖されている。
「当該区画は5年前に〈再生可能エネルギー振興委員会〉という集団が購入した。奴らは現在のエネルギー供給体制に異を唱え、太陽光や風力による発電を最高のものと考えている」
「なるほど」
「しかしこの区画は、見ての通り急な斜面が広がっている。にもかかわらず、奴らはメガ・ソーラーの建設を強行した。その意味が分かるな」
「事故の可能性を考慮しなかった、と」
「その通りだ。地区住民からの反対を一切無視し、もともと生えていた木々を切り倒してパネルを並べた。その結果がこれだ。本来ならば土砂崩れなどありえないような雨量で、斜面が崩れた」
「人災ですね。少し考えればわかるものを」
「はっきり言って、奴らは異常者の集まりだ。お前はレイヤードネストの電力供給の仕組みを知っているな」
「はい。各地区の地下に分散して小規模核分裂炉が設置されています。旧世代の事故の反省から、管理は全てCASTLEによるものであり、高い安全性を誇っています」
「上出来だ。レイヤードネストのエネルギー生産は、考えうる中で最も合理的なシステムだ。振興委員会の連中はそれを
「その振興委員会とやらはどう裁くおつもりで」
「それはこれから考える。裕斗、お前には事故現場復旧の支援を依頼する。そこで一つ、考えておいてほしいことがある」
「何でしょう」
「再生可能エネルギー振興委員会への制裁攻撃を行う場合、お前を戦力として投入する。お前の任期は残り半年だ。それまでに実施できるよう、こちらでも調整する」
「分かりました。しかし、なぜ俺を」
「理由を言わせるのか。決まっているだろう。お前が優秀な傭兵だからだ。振興委員会の悪名は、既に市民に知れ渡っている。我々はCASTLE直属の組織として、絶対的な戦力差で制裁を完遂しなければならない。そのためには、お前の力が必要だ」
「......よく、分かりました。ありがたい評価です」
「退室してよし」
裕斗は席を立ち、深々と礼をしてから退出する。
残された木原は、コートの内ポケットから携帯端末を取り出した。通話アプリを開き、〈代表〉とタグ付けされた連絡先を呼び出す。数回のコール音の後、相手が出る。
〈どうした〉
「突然失礼します。彼に依頼を選ばせました」
〈そうか。裕斗君は何を選んだ〉
「あなたの予想通り、土砂崩れ現場の支援任務です」
〈やはり。私の目に狂いはなかった、ということだね〉
「なぜ分かったのですか」
〈なに、理由などないさ。ただ彼は、契約を結んでからずっと戦闘任務に従事している。ここで任務を選ばせれば、戦闘以外のものに興味を持つだろうと考えただけさ〉
「流石です、代表」
〈ところで木原。‘‘
「いえ。まだ話してはいません。褒めるだけは褒めておきました」
〈そうか。まぁ、焦ることはない。時期が来たら話すとしよう〉
「分かりました。彼に関する報告は以上です」
〈はい、ご苦労様。ところで木原〉
「なんでしょう」
〈君は信じているかい?
木原の背に冷たいものが走る。顔をこわばらせ、ゆっくりと口を開いた。
「それは、どうでしょう。しかし代表。あなたが信じるというのなら」
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