1.武器密輸組織迎撃

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 過去を覗こうとする者がいる。

 俺の過去などどうでもいいだろう。お前にはまるで関係ない、と白井裕斗しらいゆうとは考えていた。

 誰に恋をした。誰を憎んだ。誰に殴られた。誰を殴った。そして誰かを殺した。傭兵として出会う仲間は、誰もが訳ありだった。かくいう裕斗自身も、孤児であった幼少期から到底口に出せないようなことをして生きながらえてきた。だから傭兵になるしかなかったし、それが一番良い選択だった。

 しかし管理執行局に雇われる身になるとは、一切予想がつかなかった。

 管理執行局、通称CES。複合都市〈レイヤードネスト〉を管理する人工知能である〈CASTLE〉直属の治安維持組織。彼らは一年ごとに民間の傭兵と契約し、警察では対応できない重大事案の解決を依頼する。例えば、テロ組織の撃滅や企業間紛争への武力介入などだ。雇い兵であれば、たとえ任務完遂と引き換えに命を失っても咎められることはないし、何より報酬を守りさえすれば強固な信頼関係で結ばれている。

 裕斗は数少ない〈日系人〉だった。既に国家という存在が消滅した現在では、付けられた名前や日常的に使う言語で〈籍〉を分けられる。両親から言葉を教わったわけではない。彼を保護した、確か〈ライウン孤児院〉とかいう施設が、偶然日本語(正確には〈日系語〉というらしいが)を使っていただけのことだ。

 ブラックコーヒーの跡が残るマグカップを置き、ふと窓の向こうを見る。この窓はガレージに通じている。そこに鎮座するのは、人型兵器ウォーカー・ブレードだ。サンドカラーの二脚型機体。主兵装は25ミリ携行機関砲で、〈ニールセン〉と名付けている。赤色に輝く一つ目が虚空を睨みつけていた。

 机上の携帯端末にメッセージが入る。差出人はCES本部。件名は〈依頼〉とある。

〈緊急の任務を依頼します。カンヴァス地区にて武器密輸事案が確認されました。ウォーカー・ブレードを含む武器を載せた、計7台のトレーラーが幹線道路を走行しています。武器の受取人は、反CASTLE思想を掲げるテロリスト集団〈ストレイゴート〉とみられます。直ちに現場へ急行し、武器を積んだトレーラーを強襲・破壊してください。また、妨害があった場合は迎撃していただいて構いません。それでは〉

 依頼の受理を選択し、メッセージを閉じる。ロッカーから取り出したパイロットスーツを着る。ウォーカー・ブレードの加速や挙動は凄まじい衝撃を生み出すため、搭乗には専用の装備が必要だ。ヘルメットの酸素供給ホースを点検。

「エディ、仕事だ。起きろ」

 廊下の奥の部屋のドアを叩き、中で寝ている女を呼び出す。エディは寝癖が付いた髪を抑えながら、不機嫌そうに扉を開けた。彼女が聞いてくる。

「報酬額は?」

「500万シェル。そのうち300万は前払いだ」

「分かった。今いく」

「早くしてくれ。依頼は受理したが、他の奴に横取りされるかもしれん」

「分かったってば」

 彼女はワイシャツの上に緑色の作業着を羽織る。その背中にはCESの紋章が描かれている。ガレージには輸送車両があり、エディはその運転手を務める。彼女もCESに雇われた傭兵で、裕斗の機体の運搬およびバックアップを担当する。二人はバディとして常に行動を共にするよう指示が出ていた。

 エディが運転席へ乗り込み、エンジンを始動させる。裕斗は荷台上でニールセンの固定を確認。機体に乗り込み、膝立ち姿勢を取る。

「カンヴァス地区は狭いわ。目標が幹線道路から外れると、輸送車での追跡は不可能よ」

「そのときは単機で追いつくよう努力する。出してくれ」

 輸送車がゆっくりと走り出す。


 作戦領域へ到達。カンヴァス地区はレイヤードネストの中央に位置する区画であり、主に商業施設が立ち並ぶ。二大企業と称される〈ストーム社〉および〈アルヴァス・インダストリアル〉の本社は地区の南端・北端に位置し、両者の関連企業がそれぞれの本社から扇状に位置している。

 地区の中央には巨大な鉄塔が刺さっている。これは地下階層より伸びる通信塔で、レイヤードネスト内の情報伝達を高速化、そして正確化する働きを持つ。通信塔の管理区域内は〈絶対交戦禁止区域〉と定められており、警備目的以外の武装の持ち込みが厳しく制限されている。塔を運営するのは人ではなく、CASTLEが直接的に行っていた。

 カンヴァス地区のみならず、レイヤードネストの幹線道路は全て高架上に敷かれている。高架の支柱付近に輸送車を停めさせ、裕斗はニールセンを立ち上がらせる。

〈間もなく敵のトレーラーがこの上を通過するわ〉

「了解。作戦を開始する」

 幸いなことに、他の傭兵が任務を横取りするような事案はなかった。輸送車後部のコンテナを開き、中から25ミリ携行機関砲〈リザードキラー〉を取り出す。右腕に装備。左腕には近接戦用のレーザー照射装置〈月光ムーン・ライト〉が取り付けられている。

〈来た〉

 スロットルを開き、背面の推進装置で飛び上がる。そのまま高架上へと乗り込み、車の流れを遮るように停止。数十メートル先に、銀のトレーラーの車列があった。リザードキラーの砲口を向け、運転席をロックオン。操縦桿の引き金を絞る。合金製の外装がいとも容易く撃ち抜かれ、貫通した荷台から武器を収めた箱がこぼれ落ちる。

〈情報は間違いないわね。そのまま全機撃破して〉

 そのまま二台目を砲撃。徹甲焼夷弾によって運転席が消失。三台目の上に飛び乗り、荷台を踏み潰す。残った四台のトレーラーは、退路を一般車によって塞がれた。

〈最後尾のトレーラーから熱源反応。中にウォーカー・ブレードが入っているわ〉

「了解」

 轟音と共に荷台を吹き飛ばし、内部から灰色の機体が現れる。一般的な二脚型機体だが、その腕は極端に長く設計されている。刀剣と一体化した、兵装腕と呼ばれる装備だ。

 敵機の型番を照会。ストーム社のWM-210〈ルベン〉。WM-200〈ヤコブ〉にブレード型兵装腕を取り付けた改修機であり、各部の追加ブースターによって機動性を増強。近接戦闘に特化したモデルだ。

〈敵機出現。距離を取って攻撃するのが最適よ〉

 自機を後方に飛ばし、機関砲でルベンを狙う。敵機は横への急加速で回避。命中弾なし。マガジン内部の残弾が切れ、自動装填システムが新たなマガジンに取り換える。

 ルベンが空中で静止。蜂のようなホバリングを見せ、加速方向をニールセンへ向ける。兵装腕が展開し、鋭いブレードが伸長。一瞬後、その刃が襲い掛かる。

〈回避して!〉

 後方へと加速。ルベンのブレードが自機の胸部装甲を掠め、速度を抑えきれずに高架下へ落下する。脚部へのダメージを抑えるため、ブーストで減速しながら着地。同時に頭上への警告音が響く。

 I Have controle.

 ディスプレイに自動操縦の表示。機体OSが敵機の接近を感知し、自動的にニールセンを右方向へ移動させる。一瞬前までニールセンがいた場所に、ルベンのブレードが深々と突き刺さった。アスファルトにひびが生じ、大小の破片が飛散。

 膝立ち姿勢になったルベンを射撃。背面ジェネレータを守る装甲を吹き飛ばすが、内部までダメージを与えられない。二射目は振り上げた腕に防がれ、ブレードに刃こぼれを生じさせるが、跳弾した。

 ルベンが搭乗員を無視した挙動で立ち上がり、二足歩行姿勢に直す。ニールセンに向き直った直後、胸部の牽制用機銃を射撃。口径12.7ミリの対人機銃はニールセンの正面装甲を貫かないが、機体を両断するだけの隙を生じさせるには十分だった。ルベンが振りかぶり、高速移動で接近。

 スロットルを押し開き、斜め方向へ飛び上がる。高架の支柱に接近。右足を突き出し、コンクリート製の支柱を蹴って三次元挙動を生み出す。各関節部にダメージ累積の警告。それを無視して着地し、猛進したルベンの背後を取る。

 がら空きのジェネレータに砲口を押し付ける。先端に取り付けられたマズル・スパイクがジェネレータを捉え、発射ガスを逃がす空間を確保。操縦桿のセイフティ兼用セレクタを操作し、フルオートに設定。引き金を絞る。

 25ミリ機関砲弾が連続して叩き込まれ、内部メカを粉々に粉砕。コクピット・シェルを容赦なく貫き、ルベンのパイロットを肉片に変える。

〈トレーラーが撤退を始めた。残りを破壊して〉

「了解」

 沈黙したルベンを蹴倒し、再び高架上へ。トレーラーが後方の自動車を押しのけ、無理やりにでも逃げ出さんとしていた。残る三台に機関砲の残弾を全て叩き込む。耐弾加工が施されていない民生用トレーラーは、25ミリ弾の威力によって大破。フロントガラスが霧散し、運転手はその原形を留めない。砲弾は荷台の中身を容赦なく穿ち、密輸品が粉々に粉砕された。

 作戦目標クリア。裕斗は自機を輸送車に戻し、自宅へ帰還する。

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