第十一話 僕と先輩と黒いパンツⅡ

 先輩を勧誘した翌日、僕は茉莉まつりと一緒に宇宙探求部の部室へと向かっていた。


「成功したんだ、勧誘」


「うん。結構大変だったけど、なんとかね」


「ふぅん」


 茉莉は興味なさげにスマホをいじりながら相槌を打つ。


「歩きスマホは危ないよ、茉莉」


「ちゃんと注意はしてるから大丈夫。それに悠介がいるから――」


 え? 僕がいるから?

 いざというときは守ってくれるとか思ってる……?

 僕、意外と茉莉に頼られてる……?


「――何かあったら盾にできる」


「…………」


 どうせそんなことだろうと思ったよ。

 ちょっとでもときめいた僕がバカだった。


「でも、僕を盾にするにしても、スマホを見てたら反応も遅れるでしょ?」


「反応速度は格ゲーで鍛えてるから平気」


「完全にゲーム脳だ、この人……あっ!」


 そんな話をしながら廊下の曲がり角に差し掛かったとき、向かい側から人が飛び出してきて内側を歩いていた茉莉とぶつかりそうになる。

 言わんこっちゃないと思っていると茉莉に体を引っ張られ、僕は対面から出てきた人間とぶつかってしまった。


 有言実行、茉莉は見事に僕を盾にしたのだった。……ひどい。


「へぶっ!?」


 ぶつかった女子が悲鳴をあげ、その場に尻餅をつく。


 ――――黒いパンツが丸見えだった。


「そのパンツは……先輩ですか!? 大丈夫ですか!?」


「パンツで人を判断するな!? やっぱ変態だろ、おまえ!?」


 女子――くすのきレイチェル先輩が慌てて前を隠す。パンツを見られたことが恥ずかしいからか怒っているからか、その顔は赤い。


「引くわー……」


 茉莉が僕を白い目で見る。


「今のは茉莉が悪いでしょ!? 避ければいいだけなのに僕を盾にするから!」


「見てから余裕でした」


「いやいや、ドヤ顔してないで謝ろうよ!? ほら、僕と先輩に謝って!?」


「まず、おまえがあたしに謝れ……」


 立ち上がった先輩は怒りでぷるぷると震えていた。


「す、すみません、先輩……僕らの前方不注意で……」


「それじゃなくって! いや、それもそうだけど! それよりもパンツであたしを判別したことを謝れよ!?」


 完全に黒パンツ、イコール先輩の図式が僕の中で成り立っていたため、まったく悪気がなく発した言葉だったんだけど、思いのほか先輩はご立腹のようだった。


「すみません……悪気はなかったんです……」


「悪気がないあたり、やっぱりやべぇ奴だよな、おまえ……」


「やべぇ奴」


 先輩の言葉を復唱し、今度は茉莉がぷるぷると震えている。しかしこれは怒っているのではなく、笑いを堪えているのだ。


「……茉莉、ほら、僕も謝ったんだから、茉莉も謝るの」


「……すみませんでした、先輩」


 茉莉が素直に先輩に頭を下げる。


「いいよ別に。このバカから受けた仕打ちに比べれば大したことじゃない」


「ええー……先輩、なんか僕と茉莉とで態度が違う気がするんですけど……」


「あたしはもともと変態以外には優しいんだよ、バカ」


 そんなに変態とかバカとか連呼しなくっても……。


「あたしはくすのきレイチェル。あんたの名前は?」


七瀬茉莉ななせまつりです。よろしくお願いします、先輩」


 先輩と茉莉が僕を蚊帳の外に、自己紹介をし合う。


「僕は坂井悠介さかいゆうすけ! よろしくね!」


 仲間はずれは寂しいので混ざってみる。


「趣味はエロ本鑑賞」


 茉莉が余計な一言を付け加えた!


「やっぱりかよ……引くな、こいつ……」


 先輩が僕に侮蔑を込めた眼差しを向けてくる。


「やっぱりって何ですか!? 僕はエロ本なんて、ほんのちょっとしか持ってません!」


「そこは嘘でも持ってないって言えよ……」


 先輩が呆れた顔をして、それから少しだけ微笑んだ。


「いやでも、そこが坂井のいいところなのかもな。隠し事したりするの下手だろ、おまえ」


「……よく言われます」


 主に茉莉と、姉さんにそう言われることが多い。


 嫌な記憶が蘇る。あれはそう、僕が中学に上がり、道端で初めてのエロ本を手に入れて間もないころ。




◇◆◇




 二人で朝食を囲んでいたとき、はるか姉さんが不意に口を開いた。


「悠介、あんたさぁ」


「なに?」


「昨日シコったでしょ?」


 飲んでいた味噌汁を吹き出しそうになる。どうにか喉に流し込んだが、うまく飲み込めずにむせてしまった。


「げほっ、げほっ……! な、何言ってんだよ、姉さん!」


「あんた、制服のズボン、股間のところに白い汚れがついてたわよ」


「えっ!? う、うそっ!? それだけは気をつけてたのに!?」


 慌てて確認するが、そんな汚れはなかった。


「うん、嘘よ。にしても、あんた隠し事下手ねー」


「あああああああ!?」


 姉さんに秘密のソロ活動がバレたことと、まんまと罠にはめられたことに様々な感情が綯交ないまぜになり、僕は発狂の雄叫びをあげた。




◇◆◇




「あああああああ!? 姉さん!? 姉さん何でこんなことするのさー!? 男子のソロ活動のことはそっとしておいてよー!」


 トラウマを思い出し、僕はあのときと同じように発狂してしまった。


「うわっ、い、いきなりどうしたんだよ、坂井!?」


 僕が突然叫んだことに先輩がびっくりする。


「ああ、悠介ってたまにお姉さん絡みのトラウマ発症しちゃうんです。あまり気にしないでください、先輩」


 茉莉は慣れた様子で先輩に状況説明をする。よくできた幼馴染である。


「はぁ、はぁ……すみません、取り乱しました……」


「お、おう……おまえ、意外と闇が深いんだな……これからはちょっとだけ優しくしてやろうと思ったよ……」


「お願いします……。さ、さて、部室に行きましょうか」


 どうにか平静を取り戻し、改めて僕らは玉石たまいしさんが待つ部室へと向かった。

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