第五話 僕と幼馴染と昔の話

 僕には幼馴染の女の子がいる。

 七瀬ななせ 茉莉まつり

 

 中学までの茉莉は腰まで伸びた長い髪を三つ編みにして、眼鏡をかけていた。

 物静かでいかにも文学少女といった出で立ちだったけれど、実際は本なんて読まずにゲームばかりやっている、そんな女の子だった。それを知っているのは茉莉の家族と、幼馴染グループの僕たちだけだった。


 茉莉は人見知りの激しい性格で、僕を含めて三人の幼馴染──しかも全員男──しか友達がいない。

 必然、一緒にいる時間も長くなり、僕はいつからか彼女のことを好きになっていったのだった。


 あれは忘れもしない中学の卒業式前夜。

 茉莉への告白を決意した僕は、家に茉莉を除いた幼馴染の二人を呼び出して相談をした。

 隼人はやと高志たかし。二人とも掛け替えのない僕の親友だ。


「ぼ、僕……実は茉莉のことが好きなんだ……!」


「は?」

「ほう」


 高志は呆気に取られたかのように口をポカンと開き、隼人は意外そうに少しだけ目を見開いたが、すぐに「いいんじゃねぇか」と言い、笑ってくれた。


「いや、おまえがいいなら、いいけどさ……」

「何だ高志、テメェも茉莉が好きなのか?」


 歯切れの悪い高志を隼人がからかう。


「ちがわい! 俺がいくら女に飢えてるからって茉莉を狙うほど落ちぶれちゃいねぇよ!」


「おまえ、それは茉莉にも悠介ゆうすけにも失礼ってもんだろ。なあ?」


 隼人が僕に目配せする。

 ちなみに悠介というのは僕の下の名前だ。


「うん。茉莉は可愛いよ、高志」

「お、おう……俺はそうは思わんが……。でもな、おまえが茉莉に告るってなら、応援するぜ、マイフレンド!」


「ありがとう、マイフレンド!」


 僕と高志は友情のグータッチをした。


「よっしゃ、そうと決まりゃ告白の練習だ。今日は朝までやるぜ、テメェら!」


 隼人の発案により、僕らは三人で告白の練習をした。

 二人ともやっぱり最高の友達だ。

 これならきっと告白だって上手く行くに違いない。

 僕は根拠もなくそう思っていた。


 翌日、卒業式が終わってからすぐに僕は茉莉を校舎裏に呼び出した。

 高志は校庭にある伝説の樹の下で告白しろと言っていたけど、残念ながらうちの学校にはそんなものはなかった。


「悠介、話って?」


 茉莉はちょっと気だるそうで、いつも通りといった様子だ。

 まさか、これから僕が告白してくるなんて、夢にも思っていないのだろう……。

 やばい、心臓がバクバクしてきた。

 告白のセリフ、なんだっけ。あんなに練習したのに、頭が真っ白になって何も言葉が浮かんでこない。


 ────着飾った言葉なんていらねぇ、テメェのまっすぐな気持ちをぶつけてこい。

 今朝、隼人から言われた言葉を思い出す。

 サンキュー、マイフレンド。


「ま、茉莉! ぼ、僕は茉莉のことが好きなんだ! 付き合ってください!」


 一気にまくし立てて、思いっきり頭を下げた。

 そうだ、僕は茉莉が好きなんだ。

 ただ、そのことを伝えればいい。

 そうすれば茉莉だって応えてくれる。


 そう思っていた。


「…………ごめん、悠介とは付き合えない」


 僕はなんて愚かだったんだろう。

 茉莉の気持ちを知りもしないで、勝手に上手くいくと思い込んでいて。


「ごめん……!」


 茉莉は再度謝罪の言葉を口にすると、そのまま走り去っていってしまった。

 僕はショックのあまり頭を下げた姿勢のまま身動きが取れなくなり、茉莉を見送ることすらできずにただ遠ざかっていく足音を聞いていた。




◇◆◇




 そんな中学時代のトラウマを夢に見ても、いつも通りに朝はやってくるのだ。


「もう二年経つのにな……」


 独りごちて苦笑しながら家を出ると、それとほぼ同時に眠そうな目をした女の子が隣の家から出てくる。


「……おはよ、悠介」

「うん、おはよう、茉莉」


 あの告白事件があってからしばらくの間は、やっぱりぎくしゃくしてしまったけど、隼人や高志を交えて四人で遊んでいるうちに、僕らはまた昔のような関係に戻ることができた。


「茉莉はさ、昔は髪長かったよね」

「まあ、そうね」


 話題に興味があるのかないのか、茉莉が生返事をする。

 何があったのかは知らないが、茉莉は高校入学と同時に長かった髪をバッサリ切った。腰まで伸びていた髪は、今はもう肩につくかつかないかくらいの長さしかなく、眼鏡もコンタクトレンズに変えたのだった。


「何で切ったの?」


 今までずっと、何となくだけど触れてはいけないと思っていたことを、自分でも驚くほどあっさりと聞いてしまっていた。あの夢を見たからだろうか。


「……ありがちなやつよ。失恋したの」


 茉莉にとって、それはもう過去の話なのだろうか。素っ気なく、まるで何でもないことのように答える。


「……そっか。なんか、ごめん、変なこと聞いて」


「別に気にしてないから、いい」


 それっきり何となく気まずくなってしまって、お互いに無言のままで登校した。

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