僕と彼女と彼女の宇宙〜性的欲求を満たしてたわけじゃないんだからね!?〜
なかうちゃん
第一話 僕と彼女と秘密の共有
その日、僕は見てしまった。
「あんっ、あぁっ――足っ、足つりそっ♥」
学園のアイドル、
学園の誰もが知る彼女の、しかし学園の誰一人として知らないであろう彼女の秘密の姿を僕は見てしまったのだ。
夕方六時を過ぎた、彼女の他には誰もいない放課後の教室。僕は忘れ物の数学のノートを取りに家から教室へと戻ってきたところだった。
眩しい橙色の夕日に染められた彼女は、教室の窓際の最前列にある自分の席に座り、黒のタイツに覆われたその艶めかしい両脚を爪先までピンと伸ばしている。
恍惚とした表情を浮かべながら両手を頰に当て、可愛らしい唇からは
「あっ、も、もうっ、もうっ、もうすぐ足つっちゃうっ――か、感じるっ――う、宇宙っ、感じちゃうぅぅっ!」
玉石さんがその豊満な
あまりの出来事に僕は放心してしまい、体から力が抜けてしまった。右手に持っていた鞄がドサリと音を立てて床に落ちる。
「えっ……?」
突然の物音に驚いた玉石さんが教室のドアの前で呆然としている僕の方を見て、その大きな目を更に大きく見開いた。
「さ、坂井くんっ……? ど、どうして……?」
玉石さんが脚をピンと伸ばしたまま、信じられないものを見るような目で僕を見る。きっと僕も同じような目をしていたのだろう、玉石さんが慌てて弁解を始める。
「こ、これはね、違うの! 性的欲求を満たしてたわけじゃないんだからね!? わたしはただ、足が
玉石さんは混乱しているのか、わけのわからないことを早口でまくし立てた。宇宙ってなんだ。
「い、いや、まだ僕何も言ってないよ! ていうか玉石さん、さりげなくとんでもないこと言ってるよ!? え!? 何がどうなって、こうなってるの!?」
学園のアイドルであるとともに、クラスメイトでもある彼女による唐突な快感宣言。それを聞いた僕もつられて混乱していた。
自分よりも混乱している僕の姿を見て少し落ち着いたのか、彼女は姿勢を正してから立ち上がって僕の方へと歩き出そうとする――しかしその時、彼女の右脚はついに限界を迎えてしまったようで、
「あっ、つ、
痛みがやばいのか快感がやばいのか、はたまたその両方なのか。凡人の僕には到底わからないが、のたうち回る彼女のスカートが
僕は学園のアイドルのその姿を色々な意味で直視することができずに、思わず手で目を覆ってしまう。しかし僕も思春期の男子だ。見てはいけないと思いつつも、つい指の隙間からそのピンク色をチラチラと見てしまう。
「た、玉石さん! み、見えてる! 見えてるから!」
「えっ……もしかして……坂井くんにも宇宙が見えるのっ?」
僕の言葉を聞いた玉石さんは脚を押さえて涙目になりながらも、何故か期待がこもった眼差しで僕を見てきた。
だから宇宙ってなんだ。ある意味、女の子の宇宙的な部分が見えてしまった気もするけど。
「見えてないよ!? ていうか宇宙って何なのさ!?」
ようやく痛みが
そんな彼女に微笑みかけられたものだから、僕はドギマギしてしまう。顔が熱くなり、心臓の鼓動がどんどん早くなっていく。
「宇宙――――それはね、坂井くん……足が
玉石さんのその発言に、僕は一気に冷めた。この時、僕の顔は一転して青ざめていたと思う。
こいつやばい奴だ。紛うことなき、純度百パーセントの変態だ。
「それってただのドMってことじゃないの……」
引きながらの僕の言葉に、玉石さんは首を振る。長くて綺麗な髪が揺れると、やばい奴だとわかりながらも、その可愛さについドキッとしてしまう自分がいた。
「坂井くん、それは違うわ……わたしは自分に対してドSなの……決してドMなんかじゃないわ……」
うっとりとしながら言う玉石さん。トランス状態にあるのか、その瞳にはハートマークが浮かんでいた。僕は今すぐにでもこの変態を警察に突き出そうと決意する。
その瞬間、玉石さんが僕にキスをするのではないかというくらい、僕の顔にその可愛い顔を近づけてきた。思わずドキッとしてしまい、また顔が熱くなっていくのを感じる。
「坂井くん、わたしが宇宙を感じていることは、あなたしか知らないの。だから、このことは、あなたとわたしだけの秘密よ」
ウインクをしながら唇に人差し指を当てて言う彼女を見た瞬間、僕の先ほどの決意は造作もなくかき消されてしまった。それほどまでに彼女は魅力的だった。
緊張して声も出せなくなった僕はもう、ただ黙って頷くことしかできなかった。
「うん、ありがとう。それじゃあ、また明日ね」
玉石さんはそう言って僕に手を振り、綺麗な姿勢で歩いて教室を出て行った。その姿は僕もよく知る学園のアイドルそのものだ。
「夢……じゃないよね」
一連の出来事の何もかもが信じられずに自分の頰を
僕はしばらく呆然と立ち尽くして、それから呆然としたまま家へと帰った。
家に着き自分の部屋に戻ってからも、彼女のことを思い出すとドキドキとしてしまい、何にも手がつかない。
「ああもうっ」
もやもやとしたものを振り払うように頭を激しく左右に振り、そうだ、数学の宿題をやろうと思い立ち、それから思い出した。
「あ……数学のノート……持ってくるの忘れてた……」
これじゃ、わざわざ何をしに教室に戻ったのかわからない。
「……もういいや」
もう一度学校に戻るのも面倒だし、何より今は宿題にも集中できなさそうだと、僕は諦めて明日先生に怒られる覚悟を決めて、ベッドに身を投げ出した。
脳裏に浮かぶのは玉石さんのことばかりだ。
あの恍惚とした表情といやらしい声、そしてピンク色の下着を思い出すと、ムクムクと男の生理現象が起こる。
「ダメだってダメだって……」
今このまま欲望に身を委ねてしまったら、その後に待っているのはクラスメイト、しかも学園のアイドルをおかずにしたという想像を絶する罪悪感だろう。
僕は必死に母さんのことを思い浮かべて、その欲望をかき消そうとした。
あれは母さんの下着、あれは母さんの下着、あれは母さんの下着。
心の中で幾度となくその呪文を唱え続けるが欲望はなかなか消えてはくれず、それから僕は一睡もできずに悶々としながら夜を過ごすこととなった。
――――僕と彼女と彼女の宇宙の物語は、こうして始まったのだった。
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