消えた俺と、知らない私

一つ葉のクローバー

プロローグ


とある書斎から声が聞こえてくる。


「違う……違う……これも違う……」


フードの付いたマントを羽織っている人は、

本棚から本を出して表紙を見ては放り投げて、

綺麗に揃えられていたはずの本棚は

あっという間に空になった。


「ここにもない……」


其の人は自分が探している物がないことを知ると、

また、別の本棚へと目を向ける。

そうして、もう一度探し始める。


「……違う……違う……違う……違う……」


―――――――――――――――――――――――


どれだけの時間が経ったのだろう。

この書斎の隅の床は本で満たされて

元々はあったはずの磨かれた床などは

見えなくなっている。

本棚も全て空になっていて、床に散らばっていた。

本は豪華な物から簡素な物、

厚い本から薄い本まであり

まるで共通していない。


「……これでこの区画は終わりか……」


其の人はため息を吐いて振り返る。

そして、床を隠している数えきれない本を見て

またため息を吐いた。


「……こんなにたくさんあるのに、

 何も、無かった。

 少しでも手掛かりがあれば、私はっ……」


其の人は俯いて涙を流したが

それに気づくと慌ててしまうを拭う。


「違う……まだ大丈夫。ずっと同じこと  

 をするのは大変だけれど、

 まだ終わってない。このぐらいの本なら

 向こうに比べものにならないぐらいある」


其の人は自分にまだ終わりではないと鼓舞して、

次の区画へと足を運んでいく。

其の人の顔はフードに隠れて見えないが

その足運びからは希望が満ちあふれていた。

そうして其の人はまた自分の求める本を探して

本棚を漁っていった。


―――――――――――――――――――――――


再び時間は経つ。

図書館の4分の1すら満たさない程度の

本棚が空にされていた。

その床は当然本だらけで、もしそこに司書や客が

いたのなら、間違いなく盗人が入っていると

騒いでいるはずだろう。

しかし、客が騒いで騎士を呼んでくることは

一度もなく、司書によって本が正しい位置に

直されることもなかった。

其の人にも限界が訪れる。


「……………………」


其の人は何かを読むわけでもなく、

何かを食べようとすることもなく、

ただ本棚を背もたれにして座り込んでいた。

その瞳に光は灯されておらず、

人形のように周囲からの影響がない限り

自ら動こうとすることはなかった。


ただ無機質に図書館に留まり続けていた。

そしてそのまま

図書館の中で生きていくはずだった。

しかし、――


「はぁっ…はぁっ…」


1人の少女がこの図書館にはいって来る。

この出来事が後に

大きな変化をもたらすことになる。



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