公爵家のデスゲーム~たった一人しか生き残れない公爵家で、悪女は当主になる~

茶々丸

第0話 前世


「ジーク…どうして?」



 あぁ、どうしてこうなってしまったのだろう。

 私はただ、あなたを愛しただけなのに。



生きたかった、だけなのに。



 私は勢いよく彼の脚にしがみつくと、髪を振り乱し、狂乱する。


「どうして⁉あなたは私と約束したはずでしょう⁉一生を添い遂げると‼私とともに生き残り、このガルシオンの当主になると‼それなのに…どうして…っ」

「ははっ!」


 突如、彼が吹き出す。

 いったい、何が可笑しかったのだろうか。

 ただ薄暗く、冷えた地下牢に響くその声には、明らかな嘲笑が混じっていた。


「お前が、ガルシオンの当主?…本気で言ってるのか?」

「…え?」

「なれるわけないだろう?お前のような母親の身分も低ければ、頭の回転も鈍い悪女が」

「あく、じょ…?」


 一瞬、何を言われているのかわからなかった。

 悪女…?身分が低い…?

 開いた口が塞がらない。

 彼の口から紡がれる言葉は、とても少し前まで自分に愛を囁いていた人物のものとは思えなかった。


「ジーク…あなた、何を言って…」

「わからないのか?」


 ジークはそう言うと、背広をめくり、腰から何か鋭いものを抜き取った。


「!」


 …剣だ。

 特徴的な装飾が施された、それでいて、いとも簡単に人の命を奪うことができる短剣。

 ジークは再度私を見ると、はっと鼻を鳴らした。


「お前は、十一人のガルシオンの子供たちの中で最も早く死ぬ。それが証拠だ」


 ひたり、と鋭利な凶刃が私の喉元に押し当てられる。

 そこまできて、私はようやく理解した。

 …彼は、本当に私を殺すつもりなのだと。


「…っ」


 ガタガタと体が震えだす。

 この十九年間、絶えず恐れてきた死が今、目の前に迫ってきている。

 それも他でもない、彼の裏切りによって。


「…っ、でも、あなたは…っ」


 それでも私は、最期の最期まで彼に縋った。

 愚かだとはわかっている。

 ただ、今までの彼が、あの優しく囁いてくれた愛の言葉が嘘だとは、どうしても信じたくなかった。


「…ジーク…」


 彼の裾に手を伸ばし、顔を埋める。

 頷かなくてもいい、肯定もしなくていい。

 ただ、言ってほしかった。



…愛してる、と。



 しかし。


「俺がお前を愛したことなど、一度もない」

「!」

「すべては今日、今。お前を殺すために吐いた戯言だ」


 ぐしゃり、と私の中で何かが壊れる音がする。

 瞳に溜まった涙が一筋、音もなく頬を流れ落ちた。


「…」


 …あぁ、私はどこで間違えてしまったのだろう。

 この十九年間、必死に闘ってきた。

 いつ兄弟に殺されてもおかしくないこの家で、常に死に怯え、それでも耐え、たった一人しか生き残ることができないという絶望にさえ、一縷の望みをかけて生き抜いてきた。

 生きるためならばと、どんな悪事にも手を染めた。

 母が死に、精神が狂っても、殺されないために見栄を張り続けた。



そんな凄惨な日々の中で、あなただけが私の支えだったのに。



 彼は私を乱暴に袖から引きはがすと、地下牢の冷たい床に私を投げ捨てた。

 されるがまま倒れこんだ頭上で、ろうそくに照らされた白銀の刀身がぎらりと光る。


「残念だったな、グレイス・ガルシオン。恋人ごっこは、これでおしまいだ」


 彼はそう吐き捨てると、手に持った短剣を天高く振り上げた。



私はこれから、かつて愛した恋人によって殺されるのだ。



「…嫌…」





「嫌ぁああああぁぁああああああああああああぁあぁぁぁ‼」






―ガルシオン公爵家。



 四分した大陸の東、かつて英雄が治めたファーガス帝国に唯一存在する、由緒ある公爵家。

 広大な領地はもちろん、莫大な資産、人員。そして何より、皇家に匹敵する軍事力を持った、帝国の民ならば誰もが羨み、畏れる一族。



だが、この家門には、何百年と続く非道な習わしが存在した。



 その名も、「継承戦」。

 言葉の通り、優秀な後継者を選出するための習慣である。

 しかし、ただの後継争いではない。



ガルシオンに生を受けた子供たちは、互いに「殺し合う」ことを強制されるのだ。



 生き残れるのは、次期当主となるただ一人。

 継承権を放棄することは許されず、生まれた瞬間から兄弟の命を狙い、狙われ、死にたくないと願うならば、当主を目指して家族を手にかけるしかない。



そして今代の公爵家当主、ロゼット・ガルシオンは、歴代最大となる九人の妻を娶った。



 【英傑】の皇家、ファーガス。

 【社交】の侯爵家、ギッドレー。

 【騎士】の侯爵家、ヴァンクバルト。

 【罪過】の教皇、アミュレット。

 【千金】の子爵家、リーガムル。

 【歌舞】の男爵家、チェスター。

 【高潔】の伯爵家、イーグレット。

 【博識】の伯爵家、ディルガード。

 そして、【名無し】の平民。



 …私、公爵家の四女であり、六番目のガルシオンの子供であったグレイス・ガルシオンの人生は悲惨だった。

 常につきまとう死に日々怯え、男爵家の娘という低い身分に恐怖を覚えた私は、継承戦で生き残るための後ろ盾であり、婚約者のジークに酷く執着した。



しかし、結婚直前。彼は他の兄弟に寝返り、私を切り捨てた。



 なんでも、私が継承戦で生き残れるとは到底思えなかったらしい。 

 婚約者とは、いわゆる候補者の後ろ盾だ。

 だからガルシオンの子供たちも、婚約する相手は、より自分に利益を与えてくれる者を選ぶ。

 しかし。

 候補者が脱落すれば、その婚約者も、どんな制裁が下るかわからない。

 彼が私を見捨てたのは、そういうことだ。

 …裏切られた私は、とうとう気が触れた。

 気に入らないことがあれば物を壊して屋敷中を暴れまわり、少しでも生意気な態度をとれば、容赦なく使用人を鞭打った。

 ジークに新たな婚約者が設けられたと知った時は怒りに身を震わせ、際限なく相手の令嬢をいたぶり、ついた渾名はさながら「悪役令嬢」。



そして、そんな悪女の結末は予想通り、見るに堪えないものとなってしまったが。



 …あぁ、いったい誰がこんな結末を望んだだろうか。

 愛する人に裏切られ、候補者の中で真っ先に脱落しては、何も得られないままみじめに死んでいく。

 こんなはずじゃなかった。たとえ途中で道を誤ったとしても、私は一生懸命生きたのに。



…もし、もう一度やり直せるのなら。


 

 私は誰も信じない。

 誰も愛さない。

 誰にも執着しない。

 どんな手を使ってでも、必ず生き延びて。



「-今度こそ、私が当主になってやる」

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