女神とlineでつながってるんです

文月生二

第1話 XX《エックステン》を讃えよ

 20XX年銀座。

 俺はとある店の前で10:00になるのを1人で待っていた。

 半袖とスキニーをはいた恰好である。

 暑さや寒さは感じないが、30代後半には長時間の外での待機は辛いものである。

 

 人通りは少ない。待っているのは俺だけであった。

 俺は1人でポテチとコーラを飲みながらその時を待っていた。

 

 iPhoneXXトゥエンティーの発売日である。

 昔を思い出しても仕方がないが、昔は大勢でならんで一種のお祭り状態で楽しかった。隣の人とiPhoneについて語ったりもできた。

 

 並んでいる状況はニュースになったりもした。なつかしい。

 しかし、今やiPhoneは風前のともしびであった。新作は出続けたが、出るたびに値上がりし、今や大学卒の初任給では買えない位の値段まで上がってしまった。

 

 それに比べて新機能や画期的なアイディアはなくなり、別のスマートフォンにシェアを奪われ続けてしまっている。

 俺は熱狂的なiPhoneの信者というわけではなかったが、ある種の意地で使い続けた。

 新商品が出るたびにこうして並ぶくらいの信仰心は持ち合わせていた。

 

 結局10:00になっても並ぶ客は俺一人のままであった。

 逆にニュースになりそうで怖かった。

 スムーズに最新のiPhoneXXトゥエンティーを購入することができた。

 俺は帰路を急いだが、どうしても操作してみたく、歩きながらiPhoneをいじっていた。

 信号が赤になっていたので、立ち止まって操作をしていた。

 すると画面に『XXエックステンを讃えよ』という文字が表示された。

 これはどういう意味だろうと思いつつ、視野の端で信号が青になったのが見えた。

 青信号になり、歩き始める。しかし車が突っ込んでくるのに気が付かなかった。

 当然はねらた。


「ぐふぉ」


 身体ごと吹き飛ばされる。

 強い衝撃だ。

 そして地面に叩きつけられた。


「歩きスマホ駄目。絶対に」


 そこで意識を失った。


 iPhoneが鳴っている。iPhone特有のあの音だ。最近は聞くことも少なくなった。


「出たくない。寝ていたい」


そう思い、iPhoneを無視する。


「俺は寝ていたいんだ」

「起きてくださーい」


 突然、頭の中に女性の声がひびく。

 俺はびっくりして目を開ける。

 知らない空間にいた。少なくても日本のどこかには見えなかった。


「あ、やっと起きましたね。iPhoneにに出てください。直接、頭の中に話しかけるのって大変なんですよ」

 

 俺は近くにあったiPhoneXXを手にし、通話のアイコンを押す。

「誰だ?」

「iPhoneの女神シリです」

「なんだ間違え電話か」

「あ、電話を切らないでください。大切なお話があるんですよ」

「俺は忙しい」

「忙しいわけないじゃないですか。あなたは死んだのですよ」

 

 俺は思い出す。


「そうか、青信号だと思って横断歩道を渡ろうとした時に、車にはねられたな」


 そうなると、今のこの状態は何なのだろうか。体の感覚はある。意識もある。魂の存在なんて信じてなかったからなおさら不思議な感覚であった。


塩須透しおすとおるさんあなたは死にました。今は魂だけの状態です。現実のからだはぼろぼろですよ。見てみますか」

「いや、いらない。自分のからだのスプラッタ状態なんて見たいわけないだろう」

「それもそうですね。さて、透さんあなたには2つの選択肢があります。このまま成仏するか、異世界で第2の人生を歩むかです」

「今の世界で生き返るという選択肢はないんだな」

「それは女神の力をもってしても不可能です。透さんからは強い意志を感じます。ですから女神が派遣されたのです」


 iPhoneXXから聞こえてくる女神の声。

 頭が周らない。

 強い意志って何だ。

 死ぬ間際に見た『XXエックステンを讃えよ』ってどういう意味だ。

 わけがわからない。

 これは夢に違いない。

 一度寝ればはっきりするんじゃないか。


「夢じゃないですよー。信じてください」


 その時、知らない女性が目の前に現れた。


「これで信じてくれますか」


 女性が話しかけてきた。

 話の流れから、この女性が女神なのだろう。

 目の前にいるのに、iPhoneXXで会話している。

 中々シュールだなと思った。


「異世界に行くとして、俺は何をすればよい。魔王でも倒せばいいのか」

「魔王はいません。透さんには女神である私、シリ教の信者を増やして欲しいのです」

「信者を増やす? それはどういうことだ」

「異世界である、スフォンには、現在3人の女神がいます。その一人が私なのです。


しかし、ちょっと前から信者が減り続けているのです。なので、信者の減少を食い止めて、あわよくば、信者を増やして下されば、助かります」


「スフォンで死んだらどうなる。第3の人生でも始まるのか」

「いいえ、スフォンで死んだら今度こそ成仏してもらいます。異世界での生活はボーナスステージ位に考えてもらって結構です。ですから、異世界に転生はしますが、からだはそのままで、年齢も一緒です。生まれ変わりや、誰かのからだを乗っとるわけではないです」

「なるほど。新しい体はもらえるが、それは生前のからだのコピーというわけだな。何かチートの能力でも貰えるのかな」


 異世界に転生できるという事は、同時にチート能力ももらえるということだろう。

 そんなことは日経新聞にも載っている一般教養である。


「透さんには生前持っていたiPhoneXXトゥエンティーだけ持っていくことが許されます。あ、怒らないで聞いてください」


 俺はつい、通話を切ろうとしたが、その前にシリに止められてしまった。


「このiPhoneXXは、透さんの体力で充電できるようにしておきます。体力といってもそんなに消費するものではありません。自分の体力で動くので、使いたい放題です。もちろんWi-Fiにもつながりますよ。そしてなんとなんと、最大の特典は、私がlineで友達として登録済みなのです」


 シリがどや顔をしている。

 ちょっとイラっとする。


「それが一番いらない特典じゃないか」

「がーん。女神ですよ。女神。神様とホットラインがあるなんてすごいことなんですよ」


 今度はしくしく泣き始めた。


「わかった。わかった。つまり、俺は異世界に行くにもかかわらず、iPhoneXXだけ持っていける。唯一のチートはお前とline通話ができる。ということなんだな」

「お前って呼ばない。私はシリよ。そして透さんの言ったことは正解よ」


 俺は皮肉を言ったつもりだが、どうやら通じなかったようだ。


「無限に使えるiPhoneXXだけがチートアイテムなら、せめて異世界について知りたいんだが」

「そこは大丈夫です。何せいつでもlineで会話ができるのですから。いつでも連絡下さい」

「そもそも俺は異世界に行くのを承諾したつもりはないのだが」

「そんなこと関係ありません。さっさと異世界に行ってもらいます」


 そこで俺は再び意識を失った。

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