奇跡の軌跡

凛佳

プロローグ



海と空が反転して私はあの世界へと墜ちていく。

そう、果てしなく青が広がる静寂のしじまに。

人間が住むことのできない、あの沈黙の底へ。

何度となく味わってきたこの感覚。海に潜るたびに、私はこの静かで懐かしい気持ちでいっぱいになる。

ダイバーの気持ちを切なく描いた映画『グラン・ブルー』の主人公・ジャック・マイヨールはこの青の果に何を見たのか。

私には到底計り知れないけど、私を惹きつけてやまない何かは、彼の何かとそんなに遠くないのではないかと感じる。彼が見たものは、きっと私の見ているものとつながっているはずだ。

首筋から胸元、背筋へ。すぅっと入り込んでくる海水。なめらかでひやりとしたその感覚に私の鼓動は高まる。

日々の忙しさの中で張り付いてまった仮面で覆った自分。日常の私がまとった衣がするすると消え去る。不安、焦り、孤独・・・私を支配するあらゆるものが液状に溶け、私は帰るべきところへと帰っていく。

戻ってきた。私はようやくここに戻ってきた。

映画の主人公・マイヨールはイルカに魅せられた。私もまたいま、自分の前世が悠々と海にたゆたう生物であったことに気づく。私はきっと憎しみも疑惑もない、安らかな時間を過ごしていたに違いない。そう母の胎内で遊ぶ無邪気な子どものように・・・








  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る