第10話 フィラデルフィア計画の不都合な真実
今日も今日とて仕事は来る。土日祝日だからお休み。そんなのはこの業界には存在しない。ただ実働時間が短いのに銀次は大きく喜んだ。依頼者から送られてくるのは顔写真と住所、それと簡単な備考。読み終わったら車で向かい、殺し終えたら写真を送る。それが確認されたら入金される。ただそれだけ。
「普通の殺し屋だったらもう少し時間をかけるんだろうな。下調べ、行動の癖、足のつかない逃走方法……等々。やっぱりこの能力は暗殺に最適だな」
29回目の殺しで「殺し屋殺し」が思っていたように奪う側も奪われる。ただ銀次はそれに対する対処をある程度横着できる程の武力を誇っていた。わずか一か月半の間に29もの依頼をこなしているのはもはや人間離れをしている。
コーヒーメーカーから朝一番のコーヒーをティーカップに注ぐ。湯気が立ち香ばしい香りが鼻腔をくすぐる。サンドイッチを片手に30回目の資料に目を通す。窓から吹く凛とした冷風が彼の銀髪を撫でる。
ターゲットは60過ぎの老人。白髪で皺だらけの外見は柔和な笑みを浮かべている。これから死ぬことになるなんてみじんも思っていないだろう笑顔。その呑気さに銀次は失笑をこぼす。住所はペンシルベニア州フィラデルフィア。アメリカ東海岸なので日帰りで行けるだろうとプランを立て資料を読み込む。
「フィラデルフィア計画……?」
目を引いたのはもう何十年も前の話。「アメリカ合衆国が秘密裏に行なった実験」とされているものだが完全に眉唾物、どころか創作物の中でしか聞かないそれに眉を顰める。念を入れてパソコンで調べてみるが、出てくるのは映画の話や空想の話。どれも何の信ぴょう性もない情報だった。
「壁に人体がめり込む。発火現象。凍結。透明化。船の転移。光線の出現。まるで“能力者大戦”だ」
自分でいった冗談に対して鼻で笑い、そのウェブページを閉じる。
「フィラデルフィア計画なんてただの都市伝説。オカルトだろうあんなもの。どうして何十年も昔のフィクションが殺しの依頼に書かれているのか。それも今さらになって」
コーヒーを啜り大きく伸びをする。だがそこで自分の発言が致命的な矛盾をはらんでいるのに気が付く。
「オカルト……? 今さらになって……?」
はっと目を見開き考えを巡らせる。
「いや違う。『今になって』だからか? 僕たちみたいな“能力者”というオカルトが出現したから世界各地で都市伝説を調べる必要が出てきた?」
煙草に火をつけ、天井を仰ぐ。
(オカルトでもない……のか? それを言えば僕自身、身に起きなければこんな能力、オカルトでしかない)
(Sirの反応を見るにアメリカは能力者の存在を認知して、そのうえで僕の誘いに『形だけでも』乗ってきている)
(そこに来てこの依頼。本来29回目で終わらせる計画だった、存在しない30回目)
「……試しているのか?」
(意図は全く分からない、普通の殺し屋ならば一笑されるこの依頼。だが僕ならば『同じ
(能力者の出現。かつてあった都市伝説。因果関係があるとは断定できない。故に検証をしたい? ……悩んでいても答えは出ないか)
「アメリカ合衆国の試練にしろ、ミスにしろ。この依頼は重要なものになる。 ……
白い煙を吐き出しながら煙草をもみ消し、いつも通りすべての資料を読み込んだ彼は灰皿の上で資料に火をつけ灰にする。いつぞやの山菜メモの失態を教訓に、復元もできないようトイレに流す。
「確認をしておくべきだな……。この知識は僕の今後の大きな財と成る」
■■■ 30回目 フィラデルフィア 郊外の別荘
緑豊かな郊外の別荘。その緑を覆い隠すように白色のヴェールが草木を覆っている。肌を刺すような寒さとそれを意に介さないような鳥の囀りが聞こえてくる長閑な田舎。その閑静な場所に黒服の怒号が響く。
「おい! 止まれ! それ以上近づくならば撃つぞ!」
「……私は止まらないし、君たちも私を止められない」
備考欄にもボディガード4名とは書かれていたが、特に銀次はそれを気にすることは無かった。大胆不敵な正面からの特攻。唯一の懸念点があるとしたら“敵性能力者”だが、銃に頼っている点でその可能性もほぼ棄却できる。
玄関に向かってズンズンと歩を進めてくる無防備な東洋人。両の手も完全にフリーにしてひらひらと振っている。非武装なのは黒服にも容易にわかった。だからこそ嫌だというべきか。相手が銃の一つでも所持していれば、発砲の免罪符となるのだが。舌打ちをしたのち、4人のうち3人が銀次に対して組み付きを試みる。
ボクシング、柔道、レスリング。ほとんどの格闘技には階級というものが存在する。バスケやバレーでは身長差による組み分けなどないにもかかわらず、格闘技では体重差により戦う相手を決められる。何故か? 答えは簡単。2階級離れるとそもそも勝負にならないのだ。面白くないのだ。そして黒服と銀次の間には3階級は軽く超える差があり、人数差、武器の有無。どれをとっても黒服が敗北することなどあり得ないのだ。
……普通ならば。
銀次が人差し指を立てる。一瞬そこが光ったような気がした。だがそれを黒服が認識したのが先か、絶命したのが先かわからないほど一瞬の出来事だった。取り押さえようとした黒服の腕が宙を舞い飛んでいき。それに気づく前に、首も飛んでいた。雪上に二本の紅い軌跡が描かれる。
「は?」
あっけにとられる残された者たち。その
各員、その死線から一歩も引くことは無く、片一方は淡雪を汚す肉片に成り果て、片一方はその地獄を俯瞰する悪鬼と成り佇む。
ただ一人の脱兎兵を除いて。
「冷静だなあ……。即座に逃走を選ぶか。まあ良策にしろ、愚策にしろ無意味なんだけどね」
□□□
「圧力切断」
銀次は固体や液体を自在に操れる。それならばこれも可能なのではと以前から画策していたもう一つの攻撃方法。体の一部分だけを液状化。それを挟み込むように固体で瞬間的に圧力をかける。そうすればウォーターカッターのように液体金属が飛ぶ斬撃と化す。
それは従来のウォーターカッターとは一線を画する威力を誇る。罠のようにも張れるが接近されないと使えなかった「切断線」のデメリットを補完する「圧縮切断」。近・中距離戦闘の
別に人を殺すのに武器を模す必要なんてない。圧力差さえあれば良い。液化金属の真髄はこれだと確信を得る。
政府が銀次と敵対しているならば、もうそろそろ自分の能力がただの人間模倣でないことに気づく頃合いだと推測。だからこそ温存してあった液化金属の一能力「
□□□
玄関の鉄扉を後ろ手に閉め、鍵をかけるとともに即座に現状を老人に伝える最後の黒服。
「大変ですッ! 今すぐ逃げ……ッ!」
その言葉は途中で中断される。鉄扉ごと銀色の杭のようなものが彼の顔面を貫通していたからである。力が抜けその場に崩れ落ちる。脳漿と血液を流しながら体を痙攣させていた。
銀次は足を地面に強く打ち付け、中国武術でいうところの「
「こんにちは。今日はいい天気ですね。寒いですけど」
悪意を孕んだ微笑みを老人に向ける。悪魔の笑みはなんと美しいのだろう。思わず見惚れてしまいそうになる。だが現実に意識を呼び戻し老人は拳銃を取り出し発砲する。しかし、当然効かない。あとはただの塵殺、虐殺である。いや、初めからそうだった。
■■■ 拠点 リッチモンド
老人から奪取したUSBメモリに入ったデータを依頼主に渡すことで一万ドルが手に入るが、それを銀次は放棄した。今回に限っては金よりも情報のほうに価値があると判断したためだ。自宅のパソコンにUSBメモリを差し込み、ファイルをダウンロードする。そこに表示されたのはパスコードの入力画面。簡素なそのウィンドウに映し出されるのは一文の英文。
「Who gave you a gift?(誰が貴方に能力を?)」
迷うことなく銀次は「Deus33」と入力する。ロックが解除され中にあるデータを閲覧可能になる。銀次は珍しく心を乱す。そこに記されていたのは自分が妄想だと一笑に付した現実だったからだ。
──────実験記録 能力者のバグについて
実験体14 能力名 インビジブル(透明化)
対象は一定時間肉眼での目視が不可能になる。ただ4回目の起動で量子化。分子結合の剥離だと思われる。ロスト。
実験体35 能力名 テレポーター(転移者)
対象は空間跳躍の力を手に入れる。ただ転移座標のずれにより。壁と一体化。めり込んだ肉体は損失し、生命活動を停止。ロスト。
実験体63 能力名 パイロキネシス(炎放射)
対象は自在に炎を扱える。ただ摂氏3000度の炎上に肉体が耐えられずに炭化。そのまま全身に燃え広がり焼死。ロスト。
──────この実験で起こった惨劇は都市伝説として流布するように。いずれ来るその日まで秘匿するよう厳命する。
Deus01
「おいおいおい。マジかよ。大当たりじゃないの、これ」
銀次は神妙な面持ちでさらに実験データを読み進めていく。その際に「次回能力者大戦」と記されたファイルを発見する。何の警戒もせずそれを開こうとする。だがパソコンに表示されたのはエラーのウィンドウ。
エラー
エラーエラー
エラーエラーエラーエラーエラーエラーエラーエラー
パソコンの画面全体に無数のエラーウィンドウが表示される。そしてパソコンの電源が落ちる。再起動しても起動する気配が全くない。
「この情報はまだ非公開ってことね。十分だ、十二分だよ」
「つまりはこれ……
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