第6話 出逢い、ではなく再会
「赤がいいか……。青がいいか……」
合コン当日の朝。クローゼットの前でうんうんと唸っている
「運に任せようか」
表が出れば赤、裏が出れば青という誓約を心の中で決め、500円玉を親指の上にのせて弾きコイントスを行う。くるくると上に飛んでいく硬貨。だがそれは何もない空間で真っ二つに両断され、そのまま落下し床に転がる。片方は表で、もう一方は裏がでた。
「あー。忘れていた。“線”張っていたんだっけ」
線というのは、銀次の液化金属の攻撃手段の一つである「鉄線」である。九頭竜の部屋の入り口、扉のところには対象の動きを封じる「捕縛線」を、銀次の寝床に近い場所には致死性の「切断線」を罠として仕掛けている。
余談だが水瀬銀次の元の住居と、九頭竜の取り巻き二人の部屋には入り口付近から無断で入ってきた侵入者を
「しかし、コイントスで裏と表が両方出てしまった。どうしようかな……ん?」
「お、これいいじゃん。まさにこの結果にピッタリでは?」
彼が取り出したのは左半身がルビーレッド。右半身がサファイアブルーのポロシャツ。まるで道化のような服だった。これは九頭竜が徹夜麻雀あけのテンションで購入した、一度も袖を通していなかった服である。はっきり言ってクソダサい服。でも銀次はなかなかにこの服を気にいってしまった。美的センスがずれているとはよくサイトーにも言われていた話だったが、彼は意外にも頑固で、良いと思ったものはとことん愛し続けられるタチだった。
銀次はとてもセンスがいいとは言えないような服に着替え、鉄線が張り巡らされた部屋の出口まで歩いていく。彼の身体が鉄線に触れる。鉄線は体と同化し、通りぬけた後は元の位置で鉄線として形を取り戻す。この部屋で自由に動くこと。それは液体金属でできている銀次にしか為しえない芸当だった。服が鉄線に触れないように自由自在に体をくねらせる。それは蛸のような、イカのような冒涜的な神話生物を想起させる。そのクリーチャーは玄関扉前で九頭竜を形どる。
□□□
初雪が降った翌日。太陽は燦燦と輝くが、まだ冷え込んでいる肌寒い時間帯。澄んだ空気で吐く息が白くなり、冬の到来を予感させる。街を散策したのち、朝飯はマックでとることに決定。ファストフードと侮るなかれ。彼の金銭感覚では超のつく程のご馳走である。メニューの中でも特段豪華なセットを注文し、それを受け取り席に着く。「いただきます」と両の手を合わせたのちにその大きなハンバーガーにかぶりつく。極厚のパティから脂がたっぷりとのった肉汁が溢れ出てきて、みずみずしいトマトと合わさり、あわや溺死といったインパクトだ。
「んー。美味しいっ! 生きているって実感する。結構値は張るけれど、その価値は十分にあるな」
完食した後、「ごちそうさま」と両の手を合わせて食事を終わらせる。店員が「私が片付けますよ」と声をかけてくるが、銀次は優しく断る。自分でゴミを捨てたのち礼を言い、店を後にする。
次に銀次が向かったのは美容院。ここも彼が訪れるのは初めての施設だった。席に通され、美容師から質問攻めを受ける。
「本日はカットだけで? カラーリングもやりましょうか?」
「うーん……。かっこいい感じにしてもらえれば」
あまりに具体性のない注文に美容師も困り顔をする。初めて美容室に来た陰キャのような受け答えだが、みてくれはイケイケの陽キャに見える。小首をかしげながら訊ねる。
「漠然としていますね……。カットだけのご注文でよろしいですか?」
「そうですねえ……。それでお願いします」
「トップはどうします? サイドは?」
「……いい感じで」
銀次のふわっふわすぎて、雲のように空に飛んでいきそうな応対にもめげることもなく、絨毯爆撃のように質問を浴びせかける美容師。
「じゃあ毛先は遊ばしてもよろしいですか?」
(遊ばせるってなんだろ……)
「とりあえず遊ばせてください」
「服と同じくアシメにします?」
(アシメってなんだろ……)
「とりあえずアシメで……」
そんなこんなでツーブロのアシンメトリー(左右非対称)の髪形になった銀次。オシャレな人間がみれば意外にも評価されるかもしれないが、いかんせん前衛的すぎる。だが銀次は満足していた。これで合コンにもバッチリだと気合十分。準備万端。時刻は17時過ぎ。そろそろ移動を開始しないと約束の時間には間に合わない。手元のスマホで時間を確認し、居酒屋まで歩を進めていく。
□□□
合コン場所は数奇にも銀次が以前働いていたススキノの居酒屋だった。意気揚々とはせ参じる銀次。その顔は九頭竜自前の威圧感があったが、勘の鋭い人が見れば、彼の中に緊張を感じ取れるだろう。
(別に楽しみなわけじゃないぞ……。あくまで社会経験。経験は何物にも勝る財だからね)
誰に対してでもなく言い訳をする銀次。そこに彼に対して話しかけてくる男性が2人。
「おー、
銀次は最初自分に声がかけられているとは気づいておらず、即座に反応ができなかった。
「毅?」
そこで銀次はようやく九頭竜の下の名前が“毅”だったことを思い出す。
「ん? ああ。俺のことか。遅いぞお前ら」
「お前が早すぎるんだよ」
たわいもない雑談をしながら店の中に入っていく男3人。店員に案内され個室に通される。後は相手の女の子が来れば銀次にとって人生初となる合コンのスタートだった。
「てか、毅。お前今日ダサくね?」
「んえ? え? そうか?」
バッチリキメてきたと自負していた銀次は多少のショックを受ける。だが動揺は胸中に隠しながら淡々と受け流す。うっすら涙目になるのを悟られないため煙草の煙でむせたようにふるまった。
それから数刻時間が経ったのち、女性グループが個室に入ってくる。女子は三人、どれも容姿に優れている麗しい女性たちだったが、銀次の目的としては依然変わらず、九頭竜の模倣。彼女を作ろうなんて邪心は全くなかった。言ってしまえば九頭竜には既に彼女は二人いるのだが。
その三人の中でも特別容姿が優れている一人の女性が、死者でも見たかのように大きく目を開く。髪は腰ほどまで伸ばした黒のロング。目は大きく円らで、吸い込まれそうな綺麗なブラックダイヤモンド。胸は大きく、腰回りはすらっとしている。それでいて、肉付きが悪いというわけではない健康的な体形。まるで男子の理想が具現化された、萌えキャラの王道設定が服を着て歩いているような美少女であった。
女性経験が皆無な……いや換言しよう。人生で恋愛に割く余裕がなかった彼でさえ目を一瞬奪われた。だが次に飛び出した彼女からの爆弾発言は銀次にとって、とても看過できない内容であった。
「あ、あ……
少女の頬を涙がつたう。その理由をあれこれ類推する余裕は銀次には残っていなかった。
「ギンジ? 誰? 何言ってんの彼女。もしかして電波系?」
「え? セツ? どうしたのいきなり……?」
周囲から困惑の奔流が溢れ出てくる中、銀次は即座に行動する。その大きな体格を活かし座席を飛び越えたのち、少女の口を手でふさぎ部屋を出ていく。
「おー。毅サカりすぎじゃね? まあ、スッゲー可愛かったけど」
「でも流石に俺はあんな不思議っ子は無理かな。おっぱいはでかかったからヤるだけならギリありか?」
□□□ 多目的トイレ
壁ドンという言葉が間違った意味で世に伝わったのはいつごろからだろうか。銀次はその誤用のほうの壁ドンを少女にして顔を近づけていた。
「お前。どこまで知っている?」
「“どこまで”ですか? 全部ですけど。『液化金属』の能力者さん」
銀次は壁についていないほうの腕を後ろに回し、ナイフの形を作る。
(殺す、か? いや、ここではマズい……。そもそもなんでコイツは僕のことを九頭竜ではないと、それどころか能力まで知って……)
「『読心能力』です。あと誰も来ないので元の顔に戻っても大丈夫ですよ?」
もう姿を偽る意味を失ったと諦観した彼は擬態を解く。軽くウェーブしている、長すぎも短すぎもしない元の銀髪に変化していき、瞳も彼本来の紅い猫目の状態に戻る。体格まで元に戻すと誰が得するであろう、美男子の萌え袖になってしまうのでそこは九頭竜の物を借りてはいたが。
「雄弁は銀だが……」
「……沈黙は金。ですか? 私は金より銀のほうが好きだけどなあ」
「口が減らない。わかっているか? 今、君のしていることは……」
「自殺行為に等しい。ですよね?」
「……僕の言葉の先を言わないでもらえるか?」
軽く謝罪する少女、だが彼女からは警戒心が全く見えない。だからこそ無敵の能力を手に入れているにもかかわらず銀次は恐れていた。この『読心』の能力を手に入れていながら、こんな突拍子もない行動に走る彼女の腹の底が読めない不気味さに。
「聞きたいことがいくつかある」
「いえ、話さなくてもいいです。
自らの銀髪を指でくるくるといじりながら怪訝な表情で眉を顰める銀次。
「それを信じろと?」
「うーん。それがこの能力最大の欠点なんですよね。私は嘘を看破できますが、逆は不可。一方通行の愛って悲しいですよね」
「……愛?」
ぽかんと口を開けた銀次を置いてけぼりにして、彼女の演説が鉄砲水のように浴びせかけられる。
「はい! 私は貴方の、銀次さんのことが大好きです!」
「そのミステリアスな雰囲気のゆるふわの銀髪が好きです」
「獰猛で狡猾そうな紅い瞳なんて、今すぐにでも持って帰りたいくらい美しいです」
「三人殺して、そのポーカーフェイス。私でなければ到底見抜くことのできない心の強さなんて惚れ惚れします」
「病的なまでに合理的なのに。肝心な部分では人間性を捨て切れていないところとかいじらしくてキュンキュンしちゃいます」
「ウキウキで合コンに参加して、ダメ出しされて涙目になるところとか、もう食べちゃいたいです」
「嗚呼、どれだけ愛の言葉を並べれば私の想いを表現できるでしょうか。後は、後は……」
両の手で自分の体を抱き、くねくねさせながら目を輝かせて二の句三の句どころの騒ぎではない自己PR。もとい他者PRは銀次によってさえぎられる。
「ははは。出会って数分の殺人鬼を好きになるなんて君も変わっているな」
「……私視えるんです。貴方の記憶。人生を共に歩いてきた伴侶のように、貴方のことは貴方以上に理解しています」
「ッ! お前……!」
激憤と呼べる感情が自分の中にまだあったのかと、改めて思い起こされるが。それを眼前の人物にぶつけなかったのは彼の中にもまだ冷静な自分がいてくれたおかげだろう。
「ええ。知っていますとも。今の言葉が貴方を傷つけることぐらい。でも! 言葉を尽くし曝け出すよりほかに、人に信じてもらう方法があるでしょうかッ!」
「……ッ。つまり……」
「貴方が私をどうにか利用できないか画策していることも、脅威となれば殺害しようと思っていることも。織り込み済みで話し合いがしたかった。どうかこの“覚悟”を信じていただくことはできないでしょうか? 私は貴方の味方です」
銀次は軽いめまいを覚える。かつて信じた友、師、家族からでさえ裏切られ続けてきたのだ。初対面の電波女を信じられる理由がどこにある。しかし形容しがたい感情が彼の中に浮かんでくる。もしかしたらもう一度だけ。誰かを信じてみてもいいのではないかと。でもその差し伸べられた手を取るには彼はあまりにも臆病すぎた。
「グ……うぅ。すまない。時間をもらえるか? それまで君が僕に害する行動をとらなければ。僕にも人が信じられるかもしれない」
「はい! いつまでもお待ちしております」
「名を……聞いていなかったね」
「
「ありがとう。戻るか、黒崎さん。……あ、“毅”なら多分いかがわしいことをするだろうから服を軽く乱しておいてくれ。僕は先に戻っているよ」
「あ、銀次さん一つ話しておくことが」
「?」
「その服、似合っていますよ」
「あまりに世辞が過ぎると、それは時に皮肉になるよ」
苦笑する銀次。もう顔は九頭竜のものに戻っていたが。そこには温かい笑みがあった。
(本心なんだけどなあ……。そしてやっぱり。覚えていないか……)
遠い目をしながら銀次との「再会」の余韻に浸る切羅。だがあまりにも感情が高ぶっていた彼女は一番肝心なことを伝えるのを忘れていた。それを思い出すのはもう数時間後のことになる。
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