ふくふく王子を溺愛して育てたら、その後成長してスマートになった王子から溺愛し返されて困っています

九傷

ふくふく王子を溺愛して育てたら、その後成長してスマートになった王子から溺愛し返されて困っています

 


 私の名前はエリザ・マグダエル。

 王家に仕えるメイドです。



「エリザ! エリザはおらぬか!」


「はいはい。カルア坊ちゃま。ここにいますよ」



 このふくふくぽっちゃりとした少年は、私が教育係を任されているカルア・イングヴェイ坊ちゃま。

 一応はこの国の第三王子で、王位継承権第三位なのですが、王位からは一番遠いと噂されています。

 その理由は、何と言っても凄まじいほどの我儘さのせいです。

 カルア坊ちゃまの命令は全て難題ばかりなうえに、それを叶えないと癇癪をおこします。

 そのあまりの暴君っぷりに匙を投げたイングヴェイ家は、私にカルア坊ちゃまの教育係になるよう命じました。


 正直、最初は乗り気ではなかったのですが、カルア坊ちゃまの姿を見た瞬間即答で命令に応じました。

 だって、凄くふくふくして、可愛かったんですもの。



「エリザ! 俺は海が見たい! 海に連れていけ!」


「畏まりました。それでは、失礼いたします」



 私はカルア坊ちゃまをお姫様抱っこし、転移の呪法を唱える。

 次の瞬間、私たちは誰もいない浜辺へと降り立ちました。



「おお、これが海か!」


「はい、カルア坊ちゃま。大きな水たまりです」


「違うぞエリザ、これは海だ。この水は普通の水ではなくしょっぱいのだぞ」


「そうですね。しょっぱい水たまりです」


「……まあ、エリザがそう思うのならそれでよい。それより、そろそろ降ろしてくれ」


「そんなぁ、言うことを聞いたのですから、もう少しだけ堪能させてください」



 ふにふに、ふにふにと、カルアお坊ちゃまのふくよかな体を堪能する。

 ああ、幸せ♪



「全く、お前というヤツは。……まあいい、それでこの海にはどんな生き物がいる? 俺に見せてみろ!」


「畏まりました」



 私は海割の呪法を唱え、海を割って見せます。



「おお! こ、これは、なんと壮大な呪法!」


「いえいえ、それほど驚くようなことではありませんよ、カルア坊ちゃま」


「何を言うか、これ程の呪法を軽々と……、宮廷呪法師にもエリザほどの呪法を扱う者はおらぬぞ」



 そうは言っても、私にとっては簡単なことなのです。



「エリザ、早く海の中を見せてくれ!


「はい、カルア坊ちゃま」



 私は飛行の呪法で浮き上がり、割れた海の隙間をゆっくりと飛行していく。

 ふくふくなカルア坊ちゃまを抱きかかえながらのお散歩は、私にとっては至福のときです。

 この至福の時間を堪能するためであれば、坊ちゃまの些細な我儘なんてなんの問題もありません。



 ……ですが、そんな至福の日々も、終わりを告げようとしています。

 王様から、命令が下ったのです。

 カルア坊ちゃまを、痩せさせろと。


 もちろん、私は反対しました。

 しかし、カルア坊ちゃんが将来色々な病気にかかる恐れがあると聞かされれば、頷かざるを得ませんでした。



 それからというもの、私はカルア坊ちゃまに与えるお菓子を、砂糖や油を控えたものに切り替えました。

 カルア坊ちゃまは最初は怒りましたが、私が呪法で味覚を変えると文句を言わなくなりました。

 抱っこしてのお散歩もやめ、どこかに行くときはカルア坊ちゃま自身に歩いてもらうようにしました。



 そうして一年もする頃には、カルア坊ちゃまはスラリとしたスマートな体型になっていました。

 ……私の溺愛したカルア坊ちゃまは、もういません。


 そしてさらに一年後、私とのお散歩で旺盛な好奇心を満たせたカルア坊ちゃまは、あまり我儘を言わなくなりました。

 それは同時に、私の解任を意味します。



「エリザ! 待てエリザ! 行くな! ずっと俺の傍にいろ!」


「それはできません、カルア坊ちゃま。私は王様の命令で、再び魔界侵攻の前線に戻らねばなりません」


「そんなことは俺が許さぬ!」


「無理です。カルア坊ちゃまには、そんな権限はありませんから」


「では、俺がその権限を得れば、エリザは再び俺のもとに戻るのか!」


「わかりません。ですが、可能性はあるかもしれません」



 カルア坊ちゃまが王位を継げるほどの権力を持てば、可能性は無くはありません。

 しかし、私も戦場で死ぬ可能性が有るため、その確率は低いと言えるでしょう。



「よし、わかった! 俺は必ずその権限を手に入れ、お前を前線から呼び戻す! それまで、必ず生き残れ!」


「……わかりました。期待しないでお待ちしております」





 ――それから十年が経ちました。


 私は言葉通りあまり期待せず、そんな約束など忘れかけていましたが、とりあえず生き残ってはいました。

 自分で思った以上に私は強かったらしく、今では魔人令嬢などとあだ名されるようになりました。

 ふくふくプニプニのカルアお坊ちゃまとの日々と比べると幸福感はありませんでしたが、充実した日々だったと言えるでしょう。


 それがつい先日、城に戻るよう命令があったのです。

 私としては戻る理由などなかったのですが、王家の命令とあれば仕方ありません。

 指揮などの引継ぎを済ませ、転移の呪法で王城へと転移します。


 そこに待っていたのは、成長したカルア坊ちゃまでした。



「約束通り、呼び戻したぞ」


「覚えていたのですね。私などつい最近まで忘れていましたよ。もう歳ですね」



 思い出したのは、魔王の側近と戦っていたときです。

 あのときは珍しくピンチで、もしかしたら死ぬかもしれないと思いました。

 しかし、そう思った瞬間、今まで忘れていたカルア坊ちゃまとの約束を思い出したのです。

 仕方ないので、魔王の側近は無理やり倒しました。



「そんなことはない。エリザは今でも若々しく、その……、美しいぞ」


「カルアお坊ちゃま……、そんなお世辞まで言えるようになってしまうなんて、やはり時が経ちましたね……」


「せ、世辞などではない! 俺の本心だ! 俺はエリザを……、妻に迎えたいと思っている!」



 カルアお坊ちゃまは顔を真っ赤にしてそう言い放ちました。

 その言葉に、周りに控えていた者達は騒然としています。どうやら初耳だったようですね。

 しかし、どうしましょう。

 私、正直、今のカルア坊ちゃまにはキュンとしないのですよね。

 確かに、顔を赤らめた今のカルア坊ちゃまには昔の面影がありますが、やはりふくふくさが足りておりません。



「すみませんが、お断りさせていただきます」


「な、何故だ!? 俺はエリザを呼び戻すため、王位継承権第一位の資格と権力を得た! 見た目にも気を使い、態度も改めた! それも全て、エリザを娶るためだったのだぞ!?」


「そうでは……、そうではないのです、カルア坊ちゃま。確かに貴方は、以前とは見違えるほど美しく、男前になりました。今付き従っている者達を見れば、人格者に育ったのも伺えます。ですが、それは私が望むものではありません」



 幼くても、我儘でも、権力がなくてもいい。

 私は、ふくふくプニプニとした坊ちゃまが好きだったのです。

 今の貴方には、ほんの少ししかトキメキません。



「あの、前線に戻してくれますか?」


「ダ、ダメだダメだ! 其方は俺の妻となるのだ! それ以外の道は許さん!」



 あら、久しぶりの我儘ですね。

 昔が懐かしいです。

 でも、困りましたね……



 それからというもの、カルア坊ちゃまは私を婚約者として迎え入れ、城には半ば軟禁状態になっています。

 そしてカルア坊ちゃまは、ことあるごとに私のもとで愛を語ってくるのです。



「エリザよ、其方はかつて、傍若無人に振舞っていた俺を唯一見捨てず育ててくれた。其方が我儘を聞いてくれたからこそ、俺は世界を知り、知見を広めることができたのだ。今の俺があるのは、全て其方のお陰だ。エリザ、愛している。俺の妻となってくれ」


「お断りします」


「何故だ!」


「ご自分の胸にお聞きください」



 まあ、今のガッシリとしたお胸では、きっと私の希望は満たせませんけど。






「エリザ! エリザはおらぬか!」


「はいはい。カルア様。エリザはここにいますよ」



 でも、なんだか十年前に戻ったようで、懐かしいですね。

 あの頃のようなふんわりとした幸福感はありませんが、これはこれで悪くないのかもしれません。


 カルア坊ちゃま……、いえ、カルア様。

 願わくば、もう少しでいいから、あの頃のようにふくふくしてくださいね。

 そうすれば、私も――





 ~Fin~



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