転校生のスライさん:お試し3話

のなめ

第1話




 木の枝。


 それはファンタジー世界において3大初期装備の一つと言っても過言ではないだろう。

 案外どこにでもありそうで、実は武器としてしっくりくるものはなかなかない。もし、武器として使えるモノが拾えたのなら、それはとてもレアな代物かもしれない。

 とは言っても、基本的には数分も冒険すればまともな武器が手に入ることが多いため、99.99%の冒険者にとっては限りなくどうでも良いことである。




「はぁっ……はぁっ……」



 息を殺し、ゴクリと大きく固唾を飲む。

 距離はおよそ10メートル、こっちに気づいている様子はない。殺るか殺られるか、この世界に卑怯などという言葉は存在しない。




 勝てば正義である。



「うおおおおっ」



 ザッと砂を蹴散らしながら一直線に標的へと駆けだす。

 俺の唸り声に気づいたのか、ゆっくりとした動きでヤツがこっちを振り返るがもう遅い。この勢いなら、今回ばかりはヤツも無傷で済むはずがない……。多分。



「くっらえええええええええええっ!!!」



 あたり一面に響き渡るくらいの大声を乗せて、高々と上げた右腕を勢いよく振り下ろした。

 ブニッとクリーンヒットする感触、その衝撃は周囲の草をなびかせ、まるで砂が煙のように舞ったような感覚だ。もし、近くの街からこの平原の方を見ている人がいれば、この凄まじい攻撃によって弾け飛んだは天に昇る光の橋か、あるいは獄炎の火柱にでも見えたかもしれない。



「やった……のか?」



 俺は自問した。

 こういうのは雰囲気が重要なのであって、勿論それに何の意味がないのは重々承知である。



「やった……」



 たいして疲れているわけではないが、成し遂げた感を演出するが如く、ハァハァと肩を上下に揺らす。

 約2か月の時を経て達成したこの感動。言葉にできない高揚感が腹の底から沸々と込み上げてくる。



「とうとう俺は……やつを――ッ!?」



 砂煙が落ち着きを見せ始めた最中、ふと垣間見えたその光景に思わず口を噤んだ。




 ヤツが……いる。

 青く原形をとどめずウニウニと動く身体、赤くギラついた眼は確かにそこにいた。俺を見ている……。静かに、ジッと……。




 ゾクッと、背筋に嫌な感触が走り、浮かれていた気持ちが瞬時に絶望へと変わっていく。


 ここは一度距離をとるか?

 意外にも冷静な頭が一つの策を出した。が、ここで距離をとってしまうと負けはしないが、勝つ可能性も無い。




 ……じゃあどうする?


 すぐに反撃してこないところを見ると、ヤツにダメージが入っていのは間違いない。このチャンスを逃すわけにはいかない……。

 となるとここは……一気に畳みかける!


 俺の思考回路が最善の選択肢を導き出した。どうやら今日の俺は冴えてるらしい。



「うおおお……ん?」



 追い打ちをかけるべく右腕を振り上げた矢先、謎の違和感が俺を襲った。

 いつもと何かが違う。少し軽い感じで、風を切るような音がしなくて……。この感覚、信じたくはないがなんとなく想像はつく。


 振り上げた腕をゆっくりと顔の前へ移動させる。

 案の定、俺の視界に映っているのは右手から申し訳なさそうにちょびっとだけ突き出た木の枝。本来なら50センチ程の長さだったはずだが、果たしてどこに行ってしまったのでしょうか?オシエテカミサマー。


 なんて悠長に神様に語りかけてる場合で――。



「ぶへぇっ」



  ひんやりと冷たく、ブニッとした柔らかいヤツが俺の顔に体当たりを仕掛けた。その衝撃に思わず声が漏れる。

 痛くはないが、その衝撃に身体がバランスを崩したせいで視界が反転する。

 

 視界いっぱいに広がる青い空。爽やかな緑の絨毯のような地面に大の字になって、この景色を見るのは今日で何回目だろうか……なんて、昨日も思ったことを今日も思ってみる。




 ズリズリとヤツが這う音が聞こえる。



「お急ぎですか?スライムさん」



 ヤツ、もといスライムに視線を向けて話しかけてみるものの、反応はない。

 そりゃそうだ、モンスターだもの。


 大の字になったまま、スライム色の青い空へと視線を戻した。ファサっとあたりの草木を揺らす風が少し心地いい。

 相変わらずこの世界は平和なようだ。襲われたというのに、スライムというモンスターも決してトドメを刺してこない。不意打ちまで仕掛ける人間とどっちがモンスターなのか分からなくなってきそうだ……。



「帰るか……」




 *   *   *   *   *







「おい宙丸知ってるか?今日転校生が来るらしいぞ」



 果たして、こういう情報っていうのはどこから仕入れてくるのだろうか?

 と言う怪訝な表情を浮かべつつ、教室に入るや否や、嬉々とした表情で話しかけてきた男に『へー』と気持ちの全く籠っていない相槌を返した。



「しかも女子だという噂だ」



 一体それはどこ情報なのか……。

 いや、そんなことよりも……つい2か月前に入学式があったっていうのに、この時期に転校してくるやつがいることに驚きである。



「あー、可愛い子だったらいいけどなー」



「ソウダナー」



 お前の好みなんか知るか。


 なんて、どう考えても交友関係を悪化させそうな言葉は胸の内にしまい込み、どうでも良い腐れ縁の、これまたどうでも良い話を聞き流した。

 もうほんと、名前を呟くのすら時間が勿体無いくらいにどうでも良い奴なので割愛。



「おいーっす」



 普段より若干ざわつきを見せる教室で、周りに謎のあいさつをしては自分の席へと座る。


 俺はその辺のラノベの主人公のように鈍感な奴ではない自負がある。だからこそ、あえて先に言おう。




 ベタ過ぎだ。


 こんな変な時期に転校というのはもう明らかにベタッベタな展開である。

 が、残念なことに俺は今朝、その転校生とぶつかるという重要なイベントが起こった記憶がない。

 ゆえに、自己紹介からの



「「あっ!(今朝の……)」」


 ――そして……二人の恋が始まる――




 という未来は何があっても存在しないらしい。

 マジかよチクショウッ。






 まぁ……

 そんな展開、初めから期待してないんデスケド……。



 窓から2列目の席。そこから見える青空を遠い目で見つめた。



「はーいみんな、少し早いけど席ついてくれるー?」



 俺が席について数分もせず、始業のチャイムよりも先に教室の扉が勢いよく開いた。

 と同時に発せられた担任の声が騒がしい教室の雰囲気を少しだけ沈める。


 小中こなか 高嶺たかね。教師になって2年目のという若さだが、なんでも小中高全ての教員免許を持ってるとか……。元気というか、パリピ代表な先生である。



「あっ、入って入ってー」



 と手招きする担任に連れられ、小中先生に置き去りにされたであろう一人の少女が教室へと入ってきた。長く、やや青みかかった髪を軽快に揺らしながら歩くその姿に、教室にざわつきが戻る。

 横顔からも見て取れたが、先生の隣に立ってこちらを向いた彼女は、アイドルも顔負けの可愛い顔と、長い髪の毛で隠れていても強調されるほどの胸のシルエット。間違いなく、教室の男どもはこの姿を見て興奮している。

 無論、俺も然り。



「はい、自己紹介!」



「え……?あ、はい!」



 段取りの説明すら無かったのか、どうぞ!と言わんばかりの担任の唐突な言葉に、彼女は一瞬戸惑った表情を浮かべた。が、すぐにその顔が笑顔へと変わる。



「初めまして、栖来すらい ゆめです。変な時期に転校になってしまったんですけど、仲良くしてくれると嬉しいです。よろしくお願いしますっ」



 可愛い顔からは少しだけ意外な、凜とした喋り声。容姿〇コミュ力〇。もし女神がいるとしたら、まさしくこういう人を言うに違いない……。

 きっと、この教室にいる誰もがそう思っただろう。



「じゃあ席は……五味の隣で」



 教室全体を軽く見まわした小中先生は俺の隣、一番後ろの窓際の席を指差した。

 なるほど、今朝来たら机と椅子が増えてたと思えばそういうことか。納得である。そしてラッキーである。




 自己紹介を終えた栖來が担任に小さく返事をして歩き出す。男子全員その姿に釘付けであることは言うまでもない。



「よろしくね」



 なんて、歩き間際に栖來が前の席のやつに微笑む。近くで聞いてみると何とも凜とした声である。




 少しソワソワした様子で栖來が席につき、ふぅと小さく息を吐いた。隣の席である俺には、栖來の吐息がそれはもう鮮明に聞こえる訳である。

 こんな美少女が俺の隣に……。と考えると、なんだか俺もソワソワした気持ちになってくる。


 さて、栖来が窓際の席ということは、つまり隣は俺だけということだ。加えて後ろに人はいないし、前の輩にはすでにあいさつ済み。

 となると、次に挨拶が来るのは誰だろうか?




 俺である。





 だが、挨拶がくるのを待つのは愚の骨頂。コミュ障のやること。

 席について安心したところにあえて俺から話しかける。そうすることで『この人はなぜか安心できる』という心理的影響を与えることが可能なのだ。

 策士、ここに在り。


 なんて算段を立てていると、俺の視線に気付いたのか栖來の顔がゆっくりと俺の方へと動いた。



 窓から吹き込む爽やかな風が栖來の髪をなびかせる。女の子特有の甘い香り。だが、それに酔いしれる間もなく、その赤みがかった大きな瞳が俺を見つめた。

 目が合う瞬間、それが好機!行くぜ、花の高校ライフ!



「よろし――」



「死ね」



 まるで俺が口を開くのを待っていたかのように栖來が言葉を吐き捨てた。殺意に満ち溢れた目を向けて……。




 それが俺と栖來の初めての会話(?)だった。




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