監禁

黒嶺家は豪邸であった。

投資家である黒嶺神太郎は、化物が出現した時に、狩人協会にいち早く資産を投資した事で、重要関係者としての立ち位置を確立し、没落する投資家が居る中、その実力と格は過去と変わらずであった。


「無事で良かった…」


黒嶺神太郎は、豪邸から飛び出て、玄関前で帰りを待ち侘びていた。

一方は英雄の息子、もう片方は自分の大事な愛娘。

二人を喪えば、黒嶺神太郎は自暴自棄に落ち、最悪自らの命も絶ってしまう所だった。


「はい、ご心配をおかけしました、お父様」


包帯を巻いた足を動かしながら、黒嶺蝶子は言う。

家に戻る前に一度、病院で診てもらった。


黒嶺蝶子は、足を捻挫したくらいで大事は無かったが、兵枝令仁は腹部にダメージを受けていた為に、病院で様子を伺う様になっている。

なので、病院帰りなのは、黒嶺蝶子だけであった。


「ああ、今後は、警備を強くしなければならないな」


今後、この様な事が無いように、黒嶺神太郎は護衛である狩人を増やそうと思っていた。

しかし、黒嶺蝶子は首を左右に振る。


「いえ、その必要はありません、お父様」


黒嶺蝶子の否定的な言葉に、黒嶺神太郎は驚いた。

まさか、自分の子供が、自分に意見するなど、今まで無かった事だ。

しかし、だからと言って口を挟んだ事に対して怒りを宿す事などしない。

子が自分に対して意見してくれるのだ、それを頭から否定する事も無い。

黒嶺蝶子が一体何を伝えたいのか、黒嶺神太郎は顔を向けて言葉を待つ。


「もうじき、私と令仁くんは卒業します。進路は既に決まってましたが…私と、令仁くんはそれらを辞退します」


驚きの言葉である。

高校にはいかないと、黒嶺蝶子は言うのだ。

例え、高校に行かずとも、黒嶺神太郎の資産があれば、二人を生涯まで面倒を見切るのは可能な事ではある。


「もちろん、勉学には励みます、何れはお父様の仕事を引き継ぎます、しかし、今回の事で私は身に沁みました。外は危ない、出来る事ならば、屋敷の中で過ごしたい…前の私ならばこうは思わなかったでしょうね、…けど、令仁くんが一緒に居てくれるのなら、それでも良いと、思ってます」


「愛しい子が、外に出たくないと言う願いは出来る限り叶えたいが…令仁くんの方はどうだろうか…?」


兵枝令仁は、高校へと進学すると言っていた。

黒嶺神太郎には一度、狩人協会が用意する狩人育成機関へと進学したいと言っていたが、死の危険性のある狩人と言う職業に成ると言う兵枝令仁の進路を黒嶺神太郎は否定的な意見を募らせた。

一応は、兵枝令仁の為を想っての事であり、それは彼も理解した為に二度とそれを口にする事は無かったが。


「はい、私が説得します、なのでお父様、お部屋を一つ、貸して欲しいです」


部屋と言う言葉、恍惚とした表情を浮かべる自らの娘を見て、黒嶺神太郎は嫌な予感しかしなかった。

だが、愛しい娘の為ならば、その願いを叶えてあげたいと思っている。

だから、黒嶺神太郎は彼女の言葉に二つ返事で了承するのだった。


兵枝令仁が退院して、黒嶺家へと戻った際。

黒嶺蝶子が出迎えて来てくれたが、今の兵枝令仁は抜け殻の様なものだった。


「…」


傷が治った事で、兵枝令仁の灰色の世界が戻り始めていたのだ。

彼の肉体は、傷が付けばその分、生きている実感を得る事が出来るが、傷が治ってしまえば、彼は死んだも同然な、鈍感と化している。


「お帰りなさい、令仁くん」


そう言って、黒嶺蝶子が兵枝令仁を出迎えた。

兵枝令仁は首を縦に頷くだけで、黒嶺蝶子に別段興味が無さそうにしている。


「(いつもの令仁くんに戻っちゃった…けどいいの、それでも私は令仁くんが好きだから、化物を倒す令仁くんはカッコよかったけど…本当に死んだら、悲しいから、だからね、令仁くん)」


兵枝令仁の手を掴んで、黒嶺蝶子は部屋へと案内する。

何時もの、兵枝令仁の自室ではなく、また、黒嶺蝶子の部屋でもない。

まったく別の道を歩いているので、兵枝令仁は不思議そうに、彼女に聞いた。


「何処に行くんだ?」


兵枝令仁の言葉に、黒嶺蝶子は何も言わないかった。

だが、彼女の嬉々とした感情だけは伝わってくるので、悪い事ではないと、兵枝令仁はそんな事を考えていた。

彼女の思考だけは読めず、黒嶺蝶子が用意した部屋の前に立つ。


「令仁くん、今日から此処ね」


と、そう言って部屋を開ける。

そして、兵枝令仁が何気も無く部屋の中に入ると、黒嶺蝶子も後になって入っていく。


部屋の中は暗く、全容が伺えない。

兵枝令仁は電気でも点けようとして、がちゃり、と手首に何か巻き付いた。

そして、そのまま兵枝令仁はベッドの上に倒されると、もう片方の手も、金属の様なものを巻き付かれる。

そうして、部屋の電気が点く。


其処で、兵枝令仁は、自分の手には手錠がされていて、ベッドに縛り付けられている事を悟った。


「おい、蝶子」


兵枝令仁が黒嶺蝶子の方を見た。

彼女は興奮していた、顔を赤くして、兵枝令仁を見ている。


「これでもうどこにも行けない、令仁くん、ここで私と一緒に暮らしましょうね?」


兵枝令仁を捕獲し、何処にも向かわせない様に、黒嶺蝶子は監禁させたのだ。

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