死の刹那に生を得る
「あー…蝶子ぉ」
兵枝令仁が顔を向けて、黒嶺蝶子の方を見つめる。
その手に握り締められている狩猟奇具を彼女に見せた。
斬機一式、その刀身は半ばで折れて、断面から緑色の体液を噴出している。
壊れてしまった事、それを彼女に見せたうえで、彼は言った。
「狩猟奇具、くれ」
兵枝令仁が黒嶺蝶子の方に手を伸ばして、武器を求める。
彼女が、兵枝令仁の狩猟奇具を持っていた事を思い出して、ポケットからそれを取り出した。
それを、兵枝令仁の方に向けて投げると共に、その狩猟奇具を受け取る兵枝令仁。
トカゲ型の化物が兵枝令仁の下へと接近する。
口を開き、牙を見せる、兵枝令仁を食い殺そうとしているので、兵枝令仁はトリガーを引き抜いた。
それによって再び触手が狩猟奇具の中から出現する。
ぬるぬるとした、粘液を帯びたピンクと紫色の筋肉繊維がDNAの様に螺旋構造を築き上げると、互いが互いを引き締めるかの様にキツく細くなっていく。
その状態で、絞り出される体液、それは勿論、大気に触れると共に硬質化する液体であり、形を整えると共に、大きな槍と化した。
狩人協会から配られる狩猟奇具。
それは量産型であり、斬機と呼ばれる狩猟奇具である。
斬機は一式から三式まで、あり、バランス重視の日本刀型の『一式』、攻撃力特化の片手斧型の『二式』、そして、先程兵枝令仁が起動させたのは中距離専用の槍型である斬機三式である。
「っ」
トカゲ型の化物は行動を一瞬停止した。
兵枝令仁の武器が気になって仕方が無いらしい。
近距離専用の斬機一式ならば、攻め込めば勝てると思っているのだろうが、斬機三式は分が悪いとでも考えているのだろう。
「どうした、来いよ、怖いのか?萎える様な真似するなよ、遊びたいんだろうが」
そう言って挑発する兵枝令仁。
何時もよりも饒舌に見えるのは黒嶺蝶子の気のせいではない。
死に近づいている兵枝令仁の体は、アドレナリンが上昇して気が強くなっている。
何よりも気分が良く感じていて、今の兵枝令仁は無敵にも感じ得る状態であった。
「これが苦手か?そうか」
斬機三式を握り締める兵枝令仁。
それを、兵枝令仁は振り回す様な真似はしない。
「ならこれでどうだ?」
トカゲ型の化物に攻撃する、と言った行動もしない。
ただ、発動させた狩猟奇具を、兵枝令仁は手を離した。
槍を手放した、通常では考えられない行動である。
からん、からんと、音を鳴らして、斬機三式が地面に転がった。
それを見兼ねて、トカゲ型の化物が兵枝令仁に接近してきた。
やはり狩猟奇具を持つ狩人を恐れていたらしい、だが、武器を手放した事で、それは最早狩人ではなく、人間として認識された。
トカゲ型の化物が兵枝令仁を食い殺そうとしている。
跳躍して、兵枝令仁へと距離を縮めた時だった。
「穂先だ、腹に直接食わせてやる」
先程、兵枝令仁が手放した槍の石突部分を強く踏み込んだ。
地面が陥没して、槍の先端が沈み込んだ為に、対照的に槍の穂先が跳ね上がる。
さながらシーソーのようにだ、穂先が上を向き、トカゲ型の化物の胸に、切っ先が強く突き刺さった。
「ぎぇあ!」
トカゲ型の化物がその様に叫んだ。
その声を聞いた兵枝令仁、腹部が引き裂かれて、其処からあふれる赤黒い血液を、兵枝令仁は体で受け止める。
学ランが黒く染まりながらも、兵枝令仁は対して嫌な表情はせず、ただシャワーの様に気分よく受け入れている。
その姿を見ていた黒嶺蝶子は、兵枝令仁を美しいと思っていた。
「(ああ…令仁くん、そんな顔して、私にすら見せたなことの無い笑顔で、化粧を施したみたいに、きれい…)」
息を荒げる黒嶺蝶子。
それ程までに、兵枝令仁を見直して見惚れてしまったのだ。
「蝶子、大丈夫か?」
兵枝令仁は灰色の髪を掻き揚げながら黒嶺蝶子に聞いた。
彼女はゆっくりと、兵枝令仁に手を伸ばすが、兵枝令仁は彼女の手を取ろうとはしない。
「悪いな、今、化物の血で汚れているから」
そう言って、兵枝令仁は彼女に手を差し伸ばそうとしなかったが、黒嶺蝶子は痛む足で無理に立ち上がろうとして、よろめく。
そして、彼女が倒れる寸前で、兵枝令仁が、彼女を支える為に手を伸ばした時。
「令仁くん」
黒嶺蝶子が、化物の血で汚れた兵枝令仁を強く抱き締めた。
自分が汚らしく生臭い血に汚れる事も厭わずに、強く抱き締める。
最初は離れようとしていた兵枝令仁だったが、早々に諦めて彼女の背中に手を回す。
抱き締めて、彼女を慰めようと思っていたが、しかし、彼女の様子は恐怖に彩られてはいなかった。
「令仁くん、あのね。私、ずっと、令仁くんの事を、使命感で付き合ってたみたい」
と、黒嶺蝶子はその様に話し出す。
兵枝令仁は、黒嶺蝶子を抱き締めながらその話を聞く。
「でも、今、令仁くんの姿を見て確信したの、あぁ、私はやっぱり、令仁くんの事を愛しているって…この心臓の高鳴り、分かる?これが、令仁くんを思うだけで、強く、激しくなって、私、壊れちゃいそうで、だからね、この音が、熱さが、令仁くんに対する愛だと、思うの」
黒嶺蝶子は語り出して、止まらない様子だった。
遥か後方から、車が見えた。
狩人協会が使用する専用の車であり、どうやら化物退治による通報を聞きつけたらしい。
それとは違い、別の車もやって来ていた。
黒嶺家が扱う、黒塗りの高級車である。
「だから、結婚しましょうね、令仁くん、一緒に、生涯と尽くしましょう」
彼女からのプロポーズ。
その言葉に、兵枝令仁は何も言わず視線を逸らした。
その行動が何を意味するか、黒嶺蝶子は理解していた。
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