十五年後

獣が出現してから十五年が経過した。

現在では、過去に顕在した動物と差別化する為に、人類に対しての捕食及び殺傷を行う生命体を化物けものと分類。


そして十年前、化物対策を行う為に科学者と軍事、警察、政府団体が新たな組織を設立。

化物に対する特攻能力を持つ、化物の肉体を以て作成された武器が開発された。


以降、化物を狩る者、武器を所持する者は、狩人かりうどと呼ばれる様になる。


「令仁くん」


教室の廊下を歩く、灰色の髪を持つ少年に話しかける一人の女性。

振り返る少年は、黒髪の女性の姿を確認した。

高貴、と言う言葉が似合う程に、綺麗な顔立ちと美しい黒髪を伸ばして、髪には蝶を模した髪飾りを付けている。

紫色の瞳が、少年をまっすぐ見ていた。


蝶子ちよこ


少年は少女の名前を呼んだ。

黒嶺くろね蝶子。

それが女性の名前であり、自らの名前を呼ばれた所で、少女ははにかんで見せた。


「今、帰る所?私も、委員会が終わったから、一緒に帰ろう?」


と、そう蝶子は言った。

兵枝令仁は、頷いて鞄を持ち直す。


「悪い、俺は少し、寄る所があるから」


兵枝令仁がそう言って黒嶺蝶子から視線を離して一人で帰ろうとすると。

彼の腕が引っ張られた。黒嶺蝶子が、兵枝令仁の腕を強く掴んでいた。


「どこに行くの?私でも知られちゃダメな所?」


と、黒嶺蝶子の言葉に、兵枝令仁はどう答えようか悩んだが、観念して、ゆっくりと頷いて見せた。


「あぁ、あまり、人に知られたく無いからな」


そう、黒嶺蝶子に言う。


「化物に関する事でしょう?」


兵枝令仁は足を緩める。

彼女が言った言葉が、兵枝令仁の目的に掠っていた為だろうか。


「…」


何も言わず、黒嶺蝶子を見つめていた。


「当たったんだ。…令仁くん、本当の事言われると、黙るよね」


と、彼の事を理解しているのか、少し嬉しそうに、黒嶺蝶子が言った。


「とにかく…俺は、お前とは帰れない、別の意味でな」


無理に、兵枝令仁が黒嶺蝶子の腕を剥がす。

そして、早歩きで兵枝令仁は黒嶺蝶子から逃げようとした時だった。


「駄目」


今度は、黒嶺蝶子は兵枝令仁の腹部に両腕を回した。

そして強く、兵枝令仁の体を抱き締める。

黒いセーラー服を来た黒嶺蝶子。

学ラン越しからでも伝わる彼女の胸の柔らかさ、これで落ちぬ男は居ない。


「危ない事してるんでしょ?今日は私と一緒に帰るの」


「いつも一緒に帰ってるだろ、幼馴染なんだから」


黒嶺蝶子の腕を離そうと、兵枝令仁は彼女の手首を掴んで剥がそうとしていた。


「幼馴染じゃないよ」


黒嶺蝶子は、抱き締めた際に、兵枝令仁の学ランの内ポケットに、何か硬いものがあると感じた。

手を離して、黒嶺蝶子は学ランのボタンを外して手を突っ込む。


「許嫁、でしょ?令仁くん」


そして懐から、黒嶺蝶子は兵枝令仁が隠していたものを取り出した。


幼少期。

兵枝令仁は黒嶺家に引き取られた。

黒嶺蝶子の父親、黒嶺神太郎は赤ん坊だった兵枝令仁を、兵枝仁に託されたのだ。

彼は心底関心していた。我が子の為に自らの命を捧げて、トラックを動かした。

最期は化物に食われ、殺されたが、黒嶺神太郎は真の勇者の姿を目に焼き付けた。

心から尊び、敬い、尊敬し、彼の子供である兵枝令仁を立派に育てようと決心したのだ。


この命は、兵枝仁があるからこそのもの。

その御子息を決して不自由にさせはしない。

引き取った兵枝令仁には満足な生活をさせ、何れは黒嶺家を継いで貰う事も考え、自らの子供、黒嶺蝶子と許嫁の関係を結ばせたのだ。


黒嶺蝶子は、兵枝令仁と結婚する事が当たり前だと思っている。

未だ、その事を公にはしてないが、確定事項であると、認識していた。

だからか、黒嶺蝶子は少し、兵枝令仁に依存している節があった。


「これ、なあに?」


兵枝令仁の懐から取り出されたのは、ジッポライターの様な小さな四角い箱だった。

が、箱の横には、安全装置が取り付けられていて、それを外すと、銃器の様に、トリガーがあった。


「…」


兵枝令仁は黙る。

黒嶺蝶子は彼の元ににじり寄ると、それを兵枝令仁に見せた。


狩猟奇具しゅりょうきぐ…何処で手に入れたの、これ?」


指でなぞる様に、黒嶺蝶子はその武器に刻まれたロゴをなぞった。

三日月の盃に、顔半分に骸骨、もう半分に狼が真正面を向いているロゴ。

狩人協会が提供している政府公認の武器、狩猟奇具であった。

対化物用に特化された武器であり、一般人が持つ事は許されていない。


「…」


「もしかして、買ったの?そういうお店屋さん、あるもんね。闇市だっけ?けど、正規に販売されてるのじゃないでしょ?化物に殺された狩人から回収して売ってるって聞いたけど…もしかして、それ?」


兵枝令仁はゆっくりと、黒嶺蝶子に近づく。

何も言わずに、それは何処か怒っているかの様に見える。


「こんなの持ってたって、怒られるだけだよ?」


「実際に使ってるんだよ…言ったら、お前怒るだろ」


実際に使っている。

それは、化物を狩猟奇具で倒している、と言う事だ。

彼女の知らない兵枝令仁の側面。

それを理解すると、一気に黒嶺蝶子は不機嫌になった。


「ふぅん…そう、私より、あんな化物の方に魅力を感じちゃうんだ」


嫉妬していた。

それも、兵枝令仁は理解出来た。


「お前とあんな化物を一緒にするな、…それより返せ」


兵枝令仁は狩猟奇具を奪おうとするが。

黒嶺蝶子は手に握っているそれを離そうとしない。


「ダメ、返して欲しかったら、今日は一緒に帰るの」


駄々を捏ねる様に、黒嶺蝶子は言うのだった。

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