狩人が化物を狩る現代ファンタジー、異常性を秘めた主人公に集うは、異常性を秘めたヒロインだった

三流木青二斎無一門

前日譚

兵枝仁は妻を亡くした。

それもつい数時間前の事であり、死因は捕食であった。

突如出現した獣によって、妻は食い殺されたのだ。

余りにも突然の事で、数時間前まで、彼女が生きているのだと思うと、喪失感よりも呆然とする事しか出来なかったが、彼は妻を残して生きている。

生きなければならなかった。


「ぁう…」


彼の腕の中には子供が居た。

妻・令子との間に生まれた子供である。

兵枝令仁。

令子と仁の愛の結晶である。

妻が食い殺され、後追いを考えたが、まだ言葉も喋れない幼い我が子を、同じ道に辿らせるのは酷だと思った。

だから、子供だけは生かそうと思い、雨の中走っている。


「(放送の内容だと、こっちだ)」


兵枝仁は冷静に、かつ、隠密に移動している。

走り、十字路を曲がった時、咄嗟に兵枝仁は体を隠す。

ぐちゃぐちゃと音を鳴らしながら、人間の死体に群がる怪物の姿がある。

それは茶色の毛並みをした、人間の様な頭部をした大型な四足歩行の怪物だった。

これが、獣と兵枝仁が呼んでいた怪物であった。


ただ、これは一つの姿でしかない。

怪物は、このライオンの様な大きな姿だけでは無く、大柄な烏、手足が鎌の様な巨大な昆虫と、多種多様であった。

兵枝仁は、我が子を強く抱き締めて壁に縋りながら座る。

そして必死になって、怪物が此方に気が付かない様に祈った。


「わ」


我が子の手が、兵枝仁の顔に触れる。

無邪気に、ではない、決して笑っている様子もなく。

ただ、父の顔に優しく触れていた。


「(令子さん…)」


父親は弱かった。

大切な人を失い、何時、怪物に食われるかも知れないと言う恐怖。

本来ならば、大切な人を喪った時点で彼は生きる理由を喪っているのだ。

このまま、死んでしまった方がマシだと、そう思ってしまう人間。

だが…兵枝仁は、我が子の為に気力を振り絞って立っている。

それは、人間として脆い彼を支える、父親としての役目によるものだった。

手足が千切れようとも、心臓を貫かれようとも、脳を潰されようとも。

せめて我が子だけは生かそうと、そう思っているのだ。


「(…行こう)」


勇気を出して立ち上がると、兵枝仁は走り出す。

幸いにも、雨が彼の臭いを消してくれた。

だから、獣たちは兵枝仁に気が付かなかった。


彼が向かうのは緊急放送で、軍の人間が避難誘導に遅れた人間の保護としてトラックを用意している、との事だ。

銃火器を装備した軍人が民間人を救出している為に、比較的安全であろう。


「並んで下さい、他に逃げ遅れた人は居ませんか?!」


声を大きくして、軍人が民間人をトラックに誘導している。

少し離れた所では、パララ、と小銃を使い、発砲をしている軍人の姿があった。

どうやら、獣を攻撃しているらしい。

すぐ近くに、人間を襲う獣が居るのだと思う反面、銃火器を所持し、化け物に対抗しているのだと思うと、安心感があった。


「何をしてる…急げ、早くトラックを出せッ!!」


兵枝仁が早歩きでトラックに向かっている時。

高価なスーツを着込んだ男が顔を出して軍人に叫んでいた。


「まだ、逃げ遅れた人が居るかも知れませんから」


と、軍人は言うが、傲慢な男は聞き分けが悪い。


「だからなんだと言うんだ、怠けているのかお前たちはッ!」


さっさと、トラックを出せと言う男。

兵枝仁は軍人に誘導されて、そんな男の隣に座る。


「し、失礼します」


兵枝仁の腕の中に子供が居る事を確認した男は声を荒げようとして、止めた。

子供手前、怒鳴る様な真似は悪いと思ったのだろう。


「おい、なんでもいいから、早くトラックを出せ」


と。

小さく言うのだった。

そうして、もう他に、民間人が乗らない事を確認すると。


「出ます」


と小さく言って、トラックを発進させた。

ガタガタと、砕けたアスファルトの上を走り出すトラック。

これで安全だと、兵枝仁は息を漏らして我が子の顔を見る。


「もう大丈夫だ…大丈夫だよ…令仁…れい、じ…令子、さん…」


此処で、兵枝仁は涙を流した。

ようやく、妻を失った悲しみがやってきたのだ。

愛する者が居なくなった世界で、一体、どうやって生きていけば良いのか。

そう思った時だった。

突如、ガタン、と、大きく体が揺れる。

後方で乗っていた軍人が立ち上がると共に運転手の方に声を掛ける。


「何が起こった!」


そう叫び外に出てタイヤを確認する。

タイヤは砕けたアスファルトの窪みに突っ込んでいた。

更に加えて、泥によってタイヤが空回りしている。

トラックが抜け出すのにそう時間は掛からなかったが。


「おい、ばけものだ」


軍人が小銃を構えて、現れる獣に向けて標準を合わせる。

時期を待っていたかの様に、多くの獣が現れ、軍人たちはそれに相手をする他無かった。


「クソ、誰か、トラックを動かせッ!」「このままじゃ皆殺しだ」「怖い、怖いぃ!」


トラックの中ではパニックに陥っていた。

兵枝仁も、恐怖が伝わり、今にでも泣きそうだった。


「大丈夫、大丈夫ですよ、令仁、大丈夫、だ、です、から、ねぇ…」


けれど、彼の傍には、子供が居た。

兵枝令仁が、父の顔を見ていた。


「大丈夫…だい、じょう…」


このまま、何もしなければ、子供諸共怪物の餌食だ。

…覚悟はあった。怪物に襲われて皆、食われるくらいならば、と。


「…すいません、俺の、令仁を、頼みます」


近くに、怒鳴り声をあげているサラリーマンに対して、子供を預ける。

急に渡されたサラリーマンは、危うく子供を落としそうになった。


「おい、何をッ!!」


「令仁を、お願いします」


トラックから降りる兵枝仁。

そして、トラックの後ろへと立ち、強く、トラックを押し出す。

せめて、自分の子供だけが、生き残る事が出来る様に。

銃火器を使用し射撃をしていた軍人は、兵枝仁の行いを見て、即座にトラックを押し出した。

そうしなければ、全員全滅すると察したのだろう。

僅かながらでも、生き残ってほしいと言う願いを込めて、軍人と兵枝仁はトラックを押し出し…タイヤが窪みから出ると共に、トラックが発進する。

既に、攻撃を止めていた為に怪物が迫っていた。


最早、止まっている暇はない。

走り出すトラック、其処に、兵枝仁は乗る事も無い。

押し出され、ただ、前へと進みだすトラックを見つめながら、彼は恐怖に体を震わせて、告げる。


「さよなら、令仁、生きてくれ」


この世界がどんなに残酷であろうとも。

それでも、決して、生きる事を諦めないで欲しいと。

強い願いを抱きながら。


兵枝仁は。

その直後に訪れる怪物の顎によって嚙み殺された。



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