第一話

冬晴れの青空に映えるターコイズブルーのRV車の運転席に、その爽やかな色合いには似つかわしくない黒づくめの男が運転席に座っている。その男、怪談師 司蒼夜は、少し緩やかな癖のある短髪を、言葉では表現しづらい緩いセットをし、それとは反比例するかのように眼光は鋭く目の前の建物を見据えている。

視線の先にあるのは平屋の小さな建物。そこは多数並ぶスタジオの総合受付が入った事務所で、司は悪友であり情報源でもある三輝とここで待ち合わせをしていた。

若干の垂れ目を鋭く釣り上げているのは、三輝が待ち合わせ時間を過ぎているのに姿を現さないどころか連絡の一つもよこさなかった為である。

車に乗る前に買ったコンビニのコーヒーも終わり、モバイルバッテリーも家に忘れたために携帯端末で時間潰しをする事もできず、司は溜息混じりに冬空を見上げた。晴れ渡ってはいるが風が強く吹いているのが見え、北風はさぞかし寒かろうと冬が苦手な司は背中を丸めた。

ここは大小様々なスタジオが建ち並ぶレッスン場。個人的な楽器の練習から果ては商業演劇にまで使われる、幅広いジャンルに対応したスタジオ群だ。

三輝の職業はフリーのフルーティスト。だが、個人的な演奏活動や仕事の依頼は少ない。彼からここに呼び出されたのは、もう一つの収入源である吹奏楽指導をしている中学校がここで練習しているからだという訳だ。

遅いなと溜息を吐きだすと、ふと車外が賑やかになったので顔を上げると、そこには何かしらのレッスンを終えた小さな子供たちがわらわらと姿を現し、窮屈なレッスン場から出てきた鬱憤を払うように大きな声をあげていた。皆レッスンバッグを片手にスタジオから飛び出している。バッグは各々好きなキャラクターの物や色とりどりの個性的な物を使っていたが、ト音記号やピアノのキーホルダーが付けられているので、恐らくはピアノ教室の生徒たちだろう。幼稚園児と思しき小さな子たちは、後から出てきた母親の所へと駆け寄り「今日も頑張ったね」などと頭を撫でられている。外の寒さに鼻の頭を赤くした子供は、何やらを強請るように母親の足にしがみつき、それを了承したのか母親が頷くと再びその足から離れて元気に飛び回った。

そんな光景を目の当たりにし、司の脳裏に幼少期の思い出が浮かんだ。

司も子供の頃、ほんの短い間ではあったがピアノを習っていた時期があった。

ピアノ教室に通っていたのではなく、通っていた幼稚園を利用してピアノメーカーが開いたものだったのだが、活発だった司は、ピアノ教室がある日は通園バスには乗らず、ピアノの先生がくる時間までそのまま遊んでいていいという謳い文句に惹かれて始めたというなんとも不純な理由。そのため到底長続きはせず、幼稚園卒園と共にやめてしまったが、それを辞めずに続けていたのが三輝だった。

彼は小学校でマーチングを、中学では吹奏楽部に入り、そのまま音楽の道を志したのだから、幼少期の出会いはやはり大切なのだなと痛感する。

その頃、司にとっても初めての体験があった。

初めての心霊体験。 それは決して恐ろしいものではなかったが、子供心に気味悪かったのを今でもよく覚えている。

自分もまた然りかと、司は近くを通る男の子の二人組を見て、懐かしさに視線を穏やかに緩めた。

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