第23話 片方のピアス

 ノックしても応答がなかったので、ドアを蹴り破った。

 家の中に明かりはない。夜中なのでまだ寝ているのだろう。そんなことは知ったことではないが。

 家の奥の方から、どたばたと人の気配がした。ややあってランプの火が灯る。暗闇が灯されて、マリーの怯えた顔が浮かび上がってきた。

 由流華を見つめて、呆けたようにつぶやく。


「あなた、どうして……」

「転生されませんでした」

「え?」


 マリーの疑問の声に、手近な棚を殴って怒鳴る。


「ノエルは転生されなかった! どういうことなの!?」


 感情のまま声を張り上げると、感情がますます膨らんでいく。

 ノエルが死んだ。トーイロスに来て以来何回も限界だと思ってきたが、今度こそ完全に心の許容量を超えていた。


「あなたなら、何か知ってるんじゃないの!」

「な、何の話……」


 怯えるマリーに詰め寄って、胸ぐらをつかんで無理矢理に体を引き寄せる。


「ノエルは死んだのにギフトタグは発動しなかった! 死んだら発動する転生のギフトタグっていうのは嘘だったの!?」

「……く、くるしい」


 うめくマリーに苛立ちながらも手を離す。床に座り込んでむせるマリーを見下ろして、問いを重ねた。


「説明して」

「だ、だから……何の話をしてるの……」


 担いでいた剣を引き抜き、地面に思い切り突き刺す。

 マリーが息を呑み、呼吸の音すら聞こえなくなった。

 ノエルの死亡を確認した由流華は、しばらくあの場所で呆けていた。ノエルの耳からピアスを外して自分につけると、少しだけ心が落ち着いた。とはいえ、混乱の極みにあることに変わりはなかった。

 半ば空っぽになった頭で、ノエルを埋葬しなきゃと思った。道具も何もなく、落ちていた剣を使った。ノエルの血がついていることに気付いて吐いたりしながら、なんとか穴を掘り切った。

 ノエルを穴に入れようとして、ギフトタグをどうしようと思った。ピアスは回収したが、ノエルはギルドのメンバーのギフトタグを預かって使用しているとも言っていた。

 ノエルの指輪がなくなっていることに気が付いた。ノエルのギフトタグがあったはずの指には、かすかに粉のようなものが付着している。ギフトタグは死ぬと砕けるというのは、このことなのだろう。

 どれがギフトタグかはわからないので、それっぽく見えるアクセサリーを回収した。せめてこれらは、本人に返さないといけない。

 自分の思考が筋道たっておらずめちゃくちゃになっている。いったい自分は何をしているのか、何をしようとしているのか、それすらも曖昧だった。

 そもそも、この状況は全てマリーから始まっている。マリーがこのピアスを転生のギフトタグと言ったから、すべてがおかしくなったのだ。

 まずはマリーを問い詰めなければいけない。多少手荒にしてでも、本当のことを言ってもらわないといけない。

 そうしてマリーの家に押し入ったのだったが。

 マリーは恐怖に顔を歪めて由流華を見上げている。


「……あなたが何の話をしているのか、わからない」

「だから!」


 衝動のまま声を荒らげる。

 わからないのは、こっちの方だ。


「ノエルは死んだの! 灯のピアスをつけてたのに! 転生ってのはなんなの!」

「……落ち着いて」


 その言葉に、少し頭が冷えた。

 言葉を聞いたからでも、説得力があったからでもない。マリーの顔も声も震えている。その恐慌が伝わったことで、逆に由流華を落ち着かせる結果になった。

 床に突き刺した剣を抜いて鞘に仕舞う。そのまま床に座り込んで、大きく息を吐いた。


「……ごめんなさい」

「なにがあったのか、話してくれる?」


 震えるマリーに促されて、由流華は事の次第を語った。

 話を聞き終えたマリーは、力なくかぶりを振った。


「アカリの時は私の目の前で身体が消えていった。転生したなら、身体もギフトタグも残らないはず……」

「それはわかりました。どうしてノエルが転生しなかったのか、わかりませんか?」

「私には……もしかしたら片方だからかもしれないけれど」

「どういうことですか?」


 マリーは由流華と等しく床に座り込んだ状態のまま、推測を口にする。


「アカリのギフトタグは左右の二つがあるから……片方になって影響が出てるのかも……」


 自信ががなさそうなマリーの言葉に、由流華は首を傾げた。


「でも、同じ片方だけの灯は転生してるはずですよ」

「……アカリにだけ使えるのかしら」

「……生産権?」


 かつて教わった言葉を口にする。

 ギフトタグは誰が手にしても同じように効果を発揮する(効果の大小はあるが)。ただし、ギフトタグを生み出した本人は追加というべき効果を発揮することができる。これを生産権と呼ぶと、ノエルに教わった。

 ただ、生産権は通常の鑑定ではなかなかわからないそうだ。試行錯誤でたどり着くのが一般的だとノエルは言っていた。

 だがそうなると、ノエルの鑑定で判明した効果なのだから生産権として転生があるとは思えない。転生は誰が使っても発動しなければおかしい。

 待てよ、と引っ掛かりを感じた。

 由流華がそれの正体に思い当たるより早く、マリーが提案した。


「一度、鑑定を受けたらどうかしら」

「鑑定なら、ノエルが……」

「そうじゃなくて、正式な鑑定」

「正式な……」


 マリーの言葉に、引っ掛かりの正体を知った。

 通常の鑑定というものがあるのなら、そうでない鑑定もあるということになる。その辺りはノエルも触れなかったので、由流華も深くは気にしていなかったのだが。

 マリーは遠い記憶を思い起こすようにたどたどしい口調で語る。


「私も詳しくは知らないのだけど、正式な鑑定士にあたればギフトタグの効果が全部わかると聞いたことがあるの。どうして転生できなかったのかがわかるかもしれない」

「それは、どこでできますか」

「わからないわよ。私たちにはそんなお金も伝手もなかったから。聞いた話では、ごく限られた人物しか正式な鑑定はできなくて法外なお金がかかるみたいだけど」

「…………」


 由流華には伝手もお金もない。

 都市に行くぐらいしか思い当たるものもないが、そうするしかない。

 ノエルが転生できなかった時点で、このピアスには大きな謎が生まれた。それを解かない限り、由流華は灯に会うことができない。だったら、迷うことは何もない。

 灯に会う。それだけで、由流華は動くことができる。

 由流華はふらふらと立ち上がった。テーブルに手をついて、静かにつぶやく。


「行きます」

「行くって……」

「都市で、正式な鑑定士を探します」


 マリーは心配するような眼差しを由流華に向けた。

 覚えがあるような色がこもっているように見えて、わずかに怯んだ。

 それを隠して、ぼそぼそと謝罪する。


「いきなり来てすみませんでした。失礼します」


 小さく頭を下げて、剣を担ぎ直す。

 足早に家を出ようとした背中に、マリーの声が投げられた。


「待って、まだ暗いし休んでいったら?」

「……っ!」


 由流華が咄嗟にしたのは、耳につけたピアスを押さえることだった。

 マリーはそんな由流華を不思議そうに見ている。

 わずかな沈黙を置いて、由流華はマリーの家を飛び出した。

 この村に来て、何もかもがひっくり返ってしまった。灯は生きていて、ピアスはギフトタグで、ノエルは転生をしようとして死んだ。

 限界だと思うのは、もう何度目だろう。今度こそもう無理なんじゃないかと思う中、由流華の心には一つの明かりがともり始めていた。

 灯は生きていて、また会えるかもしれない。

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