お題「運命なのだと誰かが言った」
水波形
運命なのだと誰かが言った
英雄。
人々は彼らをたたえ、もてはやす。
遠くから勇者一行がこちらに近づいてくる。
その一行を迎えるように人々は端に避け、手を振っていた。
先頭に勇者……いわゆる剣士。
短髪で爽やかな男だ。
次に格闘家。
引き締まった身体に自信に満ちた顔をした女。
最後に魔道士。
小柄で、白いローブを羽織っており、照れているように笑っている。
今日もメインストリートでは中央を彼らに譲り、人々は拍手と歓声を送る。
俺は彼らを横目に、声援を送る人々の後ろをそそくさと抜けて目的地へと歩いていった。
………………………
………………
………
街の中央にあるのは、勇者ギルド。
1階には休息のためのレストラン、2階は仕事を受注するためのフロアとなっている。
ギルドは1階も2階も賑わっており、ひっきりなしに人が出入りしていた。
そんな中、俺は人の少ないキッチンに続く道の脇に雑においてある、
重ねられた椅子を一つとり、そこに座った。
少し待つと女の店員がせかせかと料理を持ってキッチンから出てきて、目が合う。
黒い長髪、パッチした目、可愛らしい顔立ちにエプロン姿の彼女はここの空気にとてもなじんでいた。
彼女はウインク一つし、料理を運んでいく。
料理を運ぶと、テーブルで男たちに彼女は声をかけられる。
彼女はそれを上手にかわし、空にしたお盆を片手にすぐに戻ってきた。
「いつもので?」
「もちろん」
俺の注文を聞くと彼女はキッチンに戻っていった。
しばらくすると中身がパンパンに詰まった手提げをもって彼女がキッチンから出てくる。
「はい、どうぞ!」
手提げを受け取る。
「あと、今日はこれかなー」
メモ用紙を渡してきたのでそれも受け取る。
「昼時が過ぎたら行くから用意しててくださいねー」
彼女は可愛くウインクをしてキッチンに戻っていった。
俺はそのまま立ち上がり、賑わう大通りに出て帰路についた。
………………………
………………
………
山の中腹にある開けた草原。
看板に書かれた「RANCH」の文字。
いわゆる牧場だ。
何とも言えない動物の匂いが漂っている。
「ただいまーっと」
入り口をくぐり、すぐ近くに建つロッジに入る。
丸太で組まれたその家は2階建てで、一人で暮らすには十分な広さだ。
「ふ~……」
一階の部屋の中央に設置してある木の机に荷物を置き、パーカーのフードを脱ぐ。
はたと鏡に映る自分の姿を見る。
黒のパーカーに黒いズボン。
中に来ているTシャツこそ白色だが、フードを被って歩いていたのだ。
不審者と言われても、まあ、納得はできる。
そして、耳の少し上には人間には生えていない、羊のような角がそこにはあった。
これがあるゆえに、人間がいる場所に行くときはフードをかぶっている。
ざっと手を洗い、持って帰ってきた手提げ袋から一つのタッパーを残してすべてを冷凍庫に詰め込んだ。
「おおっ、うっまそー」
残しておいたタッパーを開けると煮物のいい匂いがふわりと鼻孔をつく。
俺はそのまま食事にありついた。
食事が終わると、彼女から受け取ったメモを持って動物たちの方に行く。
「えーっと……卵100個、ミルク3リットル……」
メモに書かれた食材を準備する。
レストランの食材の一部はここで賄われ、代わりにお店の料理を提供してもらう。
金銭はほとんど発生しない、ギブアンドテイクで成り立っている。
日が真上からやや傾きかけ、準備が終わるころ、訪問者がやってくる。
「ごめんくださーい」
牧場の一番外側のフェンスから声が聞こえてくる。
彼女は毎回そうだ。
律儀にフェンスの外から声をかけてくる。
別に入ってきていいのにね。
「はいよー」
外に出ると、件の黒髪美少女がそこには立っていた。
フェンスに近づき、ゲートを開ける。
「おじゃましまーす」
彼女は楽しそうに牧場内に入ってくる。
そのままロッジに向かい、俺が用意した品物をチェックする。
「うん、オッケー!ありがと!」
そして品物を持たずにウキウキとドアを開ける。
「今日はー……ソフトクリームとかある?」
出口とは逆、つまり牧場の奥に進みながら彼女が聞いてくる。
「今日は少し暖かいからなー、言われると思って用意してるよ」
「最高!さすがニキータさん!」
彼女はるんるん気分を隠さずに牧場を進んでいく。
「いやー、魔牛のミルクから作られたソフトクリーム、本当に濃厚で美味しいんだよねー!
これだからここに来るのはやめられないぜ……!」
彼女が持ち帰るものはすべて”人間”が日常的に飼育している動物のものだ。
「まあ、人間が食べる用に毒抜きはしてる分、少し味が落ちてるけどな」
「くーっ……魔族はあれより美味しいもの食べてるの、ホント羨ましい!」
“美味しいものは生き物を幸せにする”。
彼女がよく口にしている言葉だ。
彼女はグルメで、色んな場所に行き現地の食べ物を食べて、レシピを研究し、帰ってくる。
ギルドでの食事は、彼女仕込みの食事が出てくるので味がとても良い。
乳牛の牛小屋横に売店用の建物が立っており、その中に入る。
人はおらず電気もついていない。
電気をつけ、保存庫からコーンを取り出し、ソフトクリームを乗せていく。
もちろんコーンの上に乗せるだけ、なんてケチくさいことはせずに、コーンの筒の中にもしっかりとクリームを入れていく。
「おまたせ」
彼女にソフトクリームを渡す。
「おっほーーー!!」
目を輝かせながら彼女はそれを受け取り、そしてソフトクリーム代を渡してくる。
別にいいと言っていたが、「約束は約束」と律儀にお金を払ってくる。
ほんと、しっかりしたいい子だよ。
「はぁ~~~~ほんっっっっっとーに美味しい!」
満悦した顔でソフトクリームを舐めながら、ロッジに戻る。
ロッジの中の椅子に座り、他愛もない雑談をしながら彼女がソフトクリームを食べ終わるのを待つ。
「――でねー、ホントおっさんのセクハラがひどくてさー!
この前なんて――」
彼女の話はギルド内のレストランでの出来事がメインだ。
まあ、そこで働いていて、一番長く過ごしているのだからそうなるのは至極普通のことだが。
そんな彼女の話を聞いていると
「おい、誰かいるか?」
外から男の声が聞こえてきた。
彼女と顔を見合わせ、とりあえず外に出てみる。
扉を出る前にフードをかぶることを忘れない。
外に出ると、昼間に見た英雄勇者御一行がそこにはいた。
「はいはい、なんでしょう?」
「この辺りに、悪名高い魔族がいるという噂があってだな。
お前は知らないか?」
「悪名高い?知らないねぇ。
善良な魔族なら聞いたことがあるが」
「お前、面白いことを言うな。
魔族に善良も何もない。存在そのものが危険な生物だからな」
「あー、なるほどなー」
俺は興味なさそうに肩をすくめる。
「しかし、お前もなかなか失礼なやつだな。
人と喋る時くらいフードをとってもいいんじゃないか?」
「礼儀で飯は食えないんでね。
そちらさんの魔女もフード被ってんじゃねーか。
それはいいのかい?」
「魔女じゃない、”魔道士”だ!
言葉には気をつけろ」
俺の一言に勇者様は怒り、魔道士の女の子は悲しそうな顔をする。
「お前、まさか魔族では――――」
「ニキータさん、どうかしましたー?」
勇者の言葉を遮って、ロッジから彼女が顔を出す。
「なっ!?あなたはギルドのカリーナさん!?」
「あら、勇者様。こんなところまでどうされたのですか?」
勇者はびっくりした顔をし、少し顔を赤らめる。
「それはこちらのセリフです。カリーナさんこそどうしてこちらに?」
「私はレストランで使う材料を、いつもここに買いに来てますのでー」
「あ、あぁ……なるほど」
特に言い返すこともできずに黙る勇者。
はっはーん、こいつ、彼女に惚れてるな?
そんなタジタジ勇者の後ろでは、格闘家の女がカリーナを睨みつけ、
魔道士の女の子は寂しそうに目をそらしている。
なんなの?
ハーレム築いてるの?
ハーレム築いてて別の女に惚れてんの?
こいつ本当に勇者なのか?
勇者だとして、勇者としての資格あんのかこれ?
「に、ニキータと言ったな。
魔族を匿っていたらお前も同罪だからな!」
そう言って勇者一行は山を下っていった。
俺たちはロッジに戻って席に着く。
「……ぷっ!あーははははは!
あーあ、あの勇者の顔最高だわー」
カリーナが急に笑い出す。
「いやー、あの勇者、多分私に惚れててさー……
私と喋る時めーっちゃ吃るし、何度か間接的なアプローチもされたし……」
カリーナはそこで、「はぁ」とため息をつく
「タイプじゃないんだよねー……
人によって態度変える人。」
彼女は残念そうな顔をした。
「……腹黒女」
「ひっどーい!?
私にだって選ぶ権利はあると思うけど!?」
「まーそりゃそうだ」
ニヤリと笑い合いロッジに戻る。
「あーあ、アイツのせいで冷めちゃった。
帰ろっかな」
そう言って彼女はポケットからキーホルダーサイズの剣を取り出す。
そしてそれを何もない空間で振りおろした。
スパーンと何かが切れるような音がし、切った空間が裂けた。
裂けた先には別の部屋が見えている。
「じゃ、ニキータさんお願いね」
カリーナは俺にキーホルダーを渡し、裂けた先の部屋に俺が用意した材料を運び込む。
「よっし、これで全部かな!」
空間の先で彼女が手を差し出してくる。
「あいよ、じゃあまた来週かな」
俺はその手にキーホルダーを乗せた。
「はーい!
別に来週じゃなくても、来てくれてもいいからねー」
彼女のウインクは裂かれた空間が戻っていく中に消えて行った。
それを見送ったあと、伸びを一つし、
「さーて、動物たちの世話でもするかな」
俺は立ち上がった。
………………………
………………
………
「ニキータさん!!ニキータさああああん!!」
3日後、切羽詰まったカリーナの声がフェンスの外から響く。
なにかとロッジから飛び出す。
そこには血相を変えたカリーナがいた。
「向こうの……!向こうの森で勇者様が……!」
彼女の表情を見て、すぐに駆け出す。
「案内を!!」
俺の声を合図に彼女も駆け出した。
………………………
………………
………
「あーあ……これはこっぴどくやられてるなぁ」
案内された場所につくとそこはもう死屍累々。
動物の形をしたもの、人間の形をしたもの、様々な魔族が斬り殺されていた。
そして生き残った魔族に勇者一行が担がれている。
「おーい、お前ら」
そこに俺が声をかける。
一瞬にらみつけられるが俺の顔を見た途端、魔族は警戒を解いた。
「何があったんだ?」
「いやー縄張りにいきなり切り込まれまして……」
俺の問いに勇者を担いでる魔族が返す。
「そいつら生きてんの?」
「いや、虫の息だと思いますがね」
俺は彼らに近づき脈を見る。
勇者と魔道士は脈がないが、格闘家の女はかすかに生きているようだった。
「こいつらどうすんの?」
「一応、王様にご一報入れようかと」
「ふーん」
魔族たちに威圧され、俺のそばにピッタリのカリーナを見る。
彼女は首を縦に振った。
「その女、俺の方にくれないか?」
格闘家の女を指差す。
「へ、へぇ……でも……」
「だーいじょうぶ大丈夫。俺に脅されたことにして良いから。それから――」
格闘家の女をほぼ無理やり受け取る。
「最後、弔ってやってくれ」
勇者と魔道士を指さして俺は言伝を残した。
………………………
………………
………
痛い……
身体中あちこちが痛い。
痛みが意識をつなげていく。
「はっ!?」
飛び起きる。
ひどい汗だ。
心臓の鼓動が素早く、身体中に響いている。
「ここは……」
全体的に木でできている部屋の窓際のベッドで私は寝ているようだ。
「痛っ!?」
立ち上がろうとすると全身に激痛が走る。
服の下を見ると包帯まみれだった。
「あっ!?」
それを見て自分がどうしてこのような姿になっていたかを思い出す。
「ここは……あの世!?」
手首に指を置く。
「脈は……ある」
その時、トントンと階段を上がってくる音がした。
「お、起きたか?」
黒いパーカーに黒いズボン。
頭には……
「魔族!?」
私は慌てて再確認する。
「膜は……ある!」
「おい、なんの確認だそりゃ」
「おい魔族!私を捕らえてどうしようって言うんだ!!」
「あーん?別に何もしねーよ。元気になったなら帰れば?」
俺の一言に奴は口をパクパクさせて何も言わなくなる。
放置して下の階に降りようとすると
「お、おい!私の仲間をどこにやった!?」
「…………お前ら、なんであの魔族に手を出した?」
「あぁ!?
お前ら魔族が人間に危害を加えるからだろうが!!」
その一言に俺は
「…………はぁ~~~~」
大きなため息が出た。
「なんだそのため息は!!お前らは自分のしていることをわかっているのか!?」
「あのさぁ……」
ドスッと俺は近場の椅子に腰を下ろす。
「魔族側も、”人間が急に襲ってきて命を狙われる”ってんで、住処の周りの警備を強化しているわけ。
確かに魔族側にも人間を毛嫌いして襲う輩もいる。
だがお前らだってそうだろ?
魔族だからって理由で魔族を襲うだろ?
善良な人間がいるのと同じで、善良な魔族だっているんだ。」
「善良な魔族!?いるわけ無いだろそんなの!!」
「じゃあ、善良な人間だっていないのだな?
今から街に降りて皆殺しにしてやろうか!?あぁ!?」
「貴様あああぁぁぁぁ――っがはぁ!?」
殴りかかるモーションを女がした途端、腕が彼女の首をつかむ。
何が起こったかわからない、混乱した顔を彼女はした。
1秒、2秒……
5秒ほど固まった後、自分の首をつかんでいる腕が、俺の腕だと認識し始めたのだろう。
青ざめつつも、俺の腕を引き剥がそうともがく。
「っあ、はっ……なん、これ……!?」
彼女が困惑するのも無理はない。
俺の座っている位置は、彼女がいるベッドからおおよそ2メートルほど離れている。
しかし、腕は確実に彼女の首をつかんでいた。
空間から腕が生えるような形で。
「残念だが、お前は俺に勝てないと思うよ」
そう言って俺は手を離す。
「がはっ……はぁ……はぁ……」
女が苦しそうに睨んでくる。
「お前は……何者だ……」
「Dimensional Carver。
空間を切り裂き自由に操作できる能力だ」
人間に魔道士がいるように、魔物には超人離れした能力を持つものがいる。
いや……「魔」物と呼ばれる理由。
魔物は必ずなにかの能力を持って生まれる。
強かれ弱かれ。
「ニキータさん、どうされ……あ、起きられたんですね!良かったー」
タイミングよくカリーナが上がってくる。
こいつ、絶対様子見てここぞってタイミングで出てくるように計算してんじゃねーの?
「お前……!こいつは魔族だ!!下がれ!!」
格闘家の女がカリーナに怒鳴る。
「へ?何を今更?」
カリーナが小首をかしげる
「――っ?!」
カリーナの反応に格闘家の女はまた言葉を失った。
「私はニキータさんは魔族だって知っててここに来ています。
なんてたって、放牧で育った動物たちの卵やミルクは他のところと違いますからねー
あと安い!」
「ならお前も罪人だぞ!!」
「え……?何がですか?
この国に”魔族とつるむと違法”なんて法律ありましたっけ?」
「それは……ないが……」
「なら、大丈夫じゃないですか?」
「しかし!!魔族は人間に危害を加える存在!駆逐せねばならない!!」
「先程ニキータさんもおっしゃってましたが、
人間と同じで外道に成り下がったものが人間を襲うのであって、
全員が全員悪いわけじゃないと思いますよ?」
……お前、やっぱ下で聞いてやがったな。
腹黒め。
「ニキータさん、なにか言いたげなお顔ですね?」
うっせえわ。
とりあえず格闘女に向き直る。
「で、お前の仲間がどうなったか、だっけ?
返り討ちにあって死んでたよ。お前だけ生きてたんだ。
虫の息だったお前を、カリーナが助けたんだ」
「なっ!?」
カリーナが照れくさそうにそっぽを向く。
「まあ、助けられた命、好きにするといいさ。
俺には関係ないからな。
元気になったら出て行け。」
俺は立ち上がり、階段を降りた。
………………………
………………
………
それからおよそ半年の月日が流れた。
「おい、ニキータ!
魔牛ミルクの毒抜きが終わってないぞ!!」
「はーいはい……こっち終わったらすぐやるからよー」
休日の牧場は人間の子どもたちで溢れている。
魔牛のアイスを販売するレジの後ろでそんな声が飛び交っていた。
かくなる私も今日はギルドのレストランを休み、こちらに出てきている。
「お前は本当サボり魔だな!!サボり魔族だな!!カリーナを見習え!!」
「うっせえわ!!
人の牧場に転がり込んでおいて説教たれてんじゃねーよ!!」
そんな声を聞きながらアイスを販売する。
「ふふっ……こういうのもまた、運命なのかもね」
私は窓から見えるきれいな青空を見ながら、そうこぼしたのだった。
………………………
………………
………
「なにぃ!?あの勇者を返り討ちにした!?よくやった!!!」
古風な王城、その一室。
王の椅子に座る魔族に、跪いている魔族。
ここは魔族の国の中だ。
「しかし……すいません、殺めてしまい生け捕りはできておらず……」
「よいよい!よくやった。
…………ん?」
「どうかされましたか?」
「いや、そのパーティは三人と聞いておったが……二人か?」
「あ、いや……それは……そのぉ……」
王の言葉に目を泳がせる魔族。
「…………まさか、やつか?」
「………………はい……」
「あんのクソガキ!!!
おい!あのボケに使いを出せ!!
しばき回しちゃる!!」
「は、はいぃぃぃぃぃぃ!!!」
王の側近が慌てて飛び出していく。
「ニキータめぇ……」
王はため息をつく。
この後、ニキータは王城に呼び出されることになるのだが、それはまた別のお話。
Fin
お題「運命なのだと誰かが言った」 水波形 @suihakei
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