第26話:愚者の蛮行




「こちらにフェデリーカ・ティツィアーノ伯爵令嬢はいらっしゃる?」

 見覚えの無い令嬢が教室へと入って来た。

「はい……あの?」

 フェデリーカが席を立つと、令嬢は「貴女なのね」と言いながら近寄って来る。

「オズヴァルド・ティツィアーノ伯爵子息が怪我をしたから、急いで保健室へ行ってちょうだい」

 怪我をしたオズヴァルドを心配する様子も無く命令する令嬢に、フェデリーカは違和感を感じる。


「あの、兄の怪我の様子は?」

 急を要するのならば教師が来るだろうし、そもそもなぜ令嬢が来たのだろうか?

 授業での怪我ならば、男子生徒が来るはずだ。

「そんなもの、行けば判るでしょう!」

 当然の質問に激昂した令嬢は、フェデリーカの腕を掴む。

「伯爵令嬢が侯爵家の私に逆らうんじゃないわよ!」

 理不尽な言葉を吐き、自称侯爵令嬢はフェデリーカを無理矢理連れて行った。



 保健室に入ると、予想通りオズヴァルドは居なかった。

 ベッドには偉そうに足を組んだスティーグが座っている。

 そして、その両脇には二人の男子生徒が立っていた。


 予想以上に悪い状況に、フェデリーカは保健室を出ようとするが、扉の前にも一人男子生徒が立ちはだかった。

「ねぇ、これでジェネジオ様を紹介してくれるんでしょうね?」

 侯爵令嬢がスティーグに問う。

「あぁ、アイツはその女の友人の兄だからな。妻が夫に尽くすのは当たり前だ。俺の言う事は全て聞いてもらう」

 スティーグが口端を持ち上げ、厭らしく笑う。


「俺達は今後、仲良くしてもらえれば良いかな」

「長い付き合いになるだろうしね」

 スティーグの両脇の二人が言い、フェデリーカの後ろの男子生徒は、フェデリーカを前に突き飛ばした。


「ちょっと!私は呼んで来るだけでしょ?こっから先は関係無いんだから、早く出して」

 侯爵令嬢が扉に手を掛けると、フェデリーカを突き飛ばした男子生徒は、その手を掴む。

「そんな訳無いだろ。お前は俺の相手だ。侯爵家に婿入りなんて、こんな手でも使わないと俺には無理だからな」

「騙したのね!?」

 侯爵令嬢は、男子生徒に抵抗しながらスティーグを睨みつける。

「紹介はしてやるよ」

 アッハッハッとスティーグは高笑いした。


 修羅場である。

 まるで物語の中のような修羅場に、フェデリーカは床に座り込みながら、めている二人とスティーグをポカーンと眺めていた。




「は?呼んでいないぞ」

 職員室へ行ったロザリアは、呼んでいたはずの教師に怪訝な顔で言われる。

 呼びに来た生徒を見ると、「3年生の侯爵令嬢に、先生がロザリアを呼んでいたから代わりに呼んで来るように言われたの」と言い訳をしている。


 嫌な予感しかしない。

 ロザリアが令嬢らしくなく廊下を走り教室へ戻ると、フェデリーカの姿が無かった。

 オズヴァルドと先に食堂へ行ったのかと思った時、同じように息を切らしたオズヴァルドが教室へ飛び込んで来た。

「フェデリーカは?」

 お互いがお互いの顔を見て叫ぶ。

 そして、顔色を無くした。


「あれ?怪我したんじゃ無かったんすか?」

 食事を済ませてきたのであろう男子生徒がオズヴァルドを見て、不思議そうな顔をしている。

「怪我?」

 オズヴァルドの問いに、男子生徒は頷く。

「自分が食堂へ行く前に、侯爵令嬢がティツィアーノ伯爵令嬢を保健室へ連れて行きましたよ」


 オズヴァルドとロザリアは顔を見合わせた。

「ありがとう」

 男子生徒へお礼を言って、二人は駆け出した。

 行き先は、保健室である。



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