第11話:愚者は踊る




「おい!お前!」

 ジェネジオを呼びに行っていた時間分、予定より早くスティーグと遭遇したようだ。

 三人は、席に着いた辺りで来るだろうと予想していたのだ。

 しかし今はまだ食堂の入り口で、周りは席を探す生徒でごった返している。


 フェデリーカは、わざとスティーグの声を聞こえない振りをした。

 名前を呼ばれたわけではないので、問題は無い。


「おい!無視すんな!お前!聞こえてんだろ!?」

 スティーグは、更に声を荒らげる。

 周りの生徒が避けるようにした為、フェデリーカ達まで道が出来る。


「前も思ったのですが、名前を呼ばないのはなぜなのでしょう?」

 イレーニアがこっそりとフェデリーカに囁く。

「多分、名前を呼ぶのも嫌だという主張じゃないですか?」

 フェデリーカの返答に、ロザリアが「馬鹿じゃないの?」と辛辣な事を呟く。


 三人で顔を寄せ合ってフフフッと楽しそうにしているのを、ジェネジオは苦笑しながら見守っていた。

 背が高く体も鍛えている上に整った顔立ちで、しかも公爵令息のジェネジオは、女子生徒からの視線を集める。

 無論、今、スティーグが集めている視線とは、正反対の意味を持つ。



「貴様!いい加減にしろ!」

 スティーグがフェデリーカの肩を掴んだ。

「きゃあ!」

 わざとらしい程の悲鳴が食堂に響く。

 まぁ、実際に態となのだが。

 見るからに怯えたフェデリーカは、不安そうに振り返る。

 そしてスティーグを認めた途端、あの儚げな笑顔を浮かべた。


「スティーグ様。今、入り口で騒いでらしたようで、皆で怖いわねって話してましたの。声を掛けてきたのがスティーグ様で良かった」

 婚約者の部分に力が入っているのは、気のせいでは無い。

 一気に笑顔で言い切ったフェデリーカは、今度は怪訝な表情を浮かべ、カーラの腰を抱くスティーグの手を見つめた。


「あの……スティーグ様は、私の婚約者ですよね?」

 瞳に涙を浮かべ、戸惑いながらも笑顔を浮かべる健気な婚約者……を、フェデリーカは演じる。


「図々しい!お飾りの婚約者のくせに、俺の愛するカーラを虐めたそうだな!身代わりのくせにいい気になるなよ!」

 衆人環視の中で、スティーグは暴言を吐く。

「そんな……」

 驚き、衝撃を受けたフェデリーカは、フラリとふらつき、そのまま意識を手放した




 倒れ込んできたフェデリーカを、イレーニアとジェネジオが支える。

「フェディ!」

 ロザリアが一際大きな声でフェデリーカを呼ぶ。

 周りの視線は、フェデリーカを気遣う物と、スティーグを非難する物がほとんどだ。


「お兄様!フェディを保健室へ!」

「あぁ、解った」

 ジェネジオはフェデリーカを横抱きに抱える。

「すまん、道を開けてくれ」

 ジェネジオは周りに声を掛けると、足早に食堂を後にする。

 勿論、ロザリアとイレーニアが心配そうに後に続く。


「お昼ご飯どうしよう」

 フェデリーカが呟いた声は、抱えているジェネジオにしか聞こえず、笑いを堪えるジェネジオは、イレーニアとロザリアに変な顔で見られてしまった。



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