第4話:新たなる決意




 待合室の中は、物音一つしなかった。

 全員が固唾を呑んで成り行きを見守っている。

 暴言を吐かれたフェデリーカ自身も動けずにいた。

 驚いたのもあるし、その内容が余りにも馬鹿らしくて呆れてしまったせいもある。


「ふん、立場をわきまえろよ」

 何も言わないフェデリーカを見て了承と受け取ったのか、スティーグは満足気にそう言ってからいやらしく笑い、部屋を出て行った。


 スティーグは侯爵家で、フェデリーカは伯爵家である。

 他に人が居る場で、発言に異を唱えるのは得策では無い。

 例え相手が馬鹿で常識知らずな事を言ったとしても。



「一応政略結婚だけど、断れない程じゃないのよね」

 フェデリーカが首を傾げ、愚かな婚約者の出て行った方向を眺める。

 何かスティーグは盛大な誤解をしているのだろうとは思ったが、それを教えてやる義理は無い。

「せっかくなので、慰謝料たんまり貰いましょうか」

 とてもとても美しい笑みを浮かべた。




「あの、ティツィアーノ伯爵令嬢、大丈夫ですか?」

 奥に居た六人の中から一人の女生徒が近寄って来る。

「はい、ありがとうございます。ダヴォーリオ公爵令嬢」

 彼女はイレーニア・ダヴォーリオと言い、フェデリーカと同じクラスの生徒だった。


「あの、兄も一緒にりますので、何かあった際にはお力になれると思いますわ」

 イレーニアの視線が今まで居たテーブルへと向く。

 そこには文官の制服を着た男性と、仕立ての良い服を着た男性が居た。

 他にも上品な服の女性が二人と、制服を着ている男子生徒も居る。


「兄が三人と、その婚約者のお二人です。このような場ですので、紹介は改めて行いますわね」

 イレーニアが戸惑って言うのに、フェデリーカも「そうですわね」と同意する。

 その時、丁度公爵家の馭者ぎょしゃが六人を迎えに来た。


「では、また明日。ご機嫌よう」

「はい。ご機嫌よう」

 別れの挨拶をすると、イレーニアとその家族は部屋を出て行った。

 全員がフェデリーカの横を通る時に、軽く会釈をして行った。

 スティーグの家より上の爵位なのに、偉ぶる様子の無い人達だった。




 それから程なくして馭者が迎えに来て、フェデリーカも自分の屋敷へと帰る。

 馬車の中では今後の事を考え、楽しくて鼻歌まで自然に出てきた。

 別にスティーグに恋心があった訳でも無いので、身代わり婚約者にされた事も、怒りこそすれ心に傷を受けたりはしなかった。


「慰謝料って、私が好きにしても良いのかな」

 既に心は慰謝料の使い道に向いている。

 当然だろう。

 今でも充分、相手の有責で婚約破棄出来る。


 浮気相手の令嬢は、クラスで他の生徒に「スティーグ・ベッラノーヴァの婚約者」だと公言していた。

 スティーグ本人も、公爵家の人々の前でカーラと浮気をしている事を宣言した。


 後は浮気現場をもっと多くの人に目撃させ、フェデリーカのきずを浅くするだけである。

「浮気されるほど魅力が無いってなったら、次の婚約に影響出ちゃうもんね!」

 フェデリーカは小さく胸の前で拳を握る。

「いい女だって周りに認められるように努力しよう」

 斜め上の方向に、決意を固めた。



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