第四章 メインヒロインの兄が登場しない場合、既に敵対フラグは完成している 二話
その破壊音は砂塵を巻き込みながら、落下していく。否、それは時計塔が時計たり得る理由、心臓部分――
「嘘、だろ」
人間、完璧に作られた生物じゃないし反応速度や状況把握力にも限りがある訳で。
――文字盤。
正確に表せば、本体と文字盤周囲を支えるレンガ造りが俺達目掛けて落下。前世の物理法則だとコレは確実にこちらへ直撃待ったなしの落ち方だった。
俺は当然、アニメの主人公みたいな反射神経や打開策を持つほど力は備わっていないし死んだら巻き戻る便利な特典も付いていない。故に俺は死の瞬間を呆然と待つアホと化している。恐怖は不思議なくらいなかったし、むしろ転生した世界で死んだらどうなるのか興味まで芽生えていた程に、死を許容しかけていた。
「ここでは死なせません!」
「海人、避けて!」
一瞬、視界に見慣れた真っ白な防具と紫髪が映る。その刹那、レンガ造りを破壊する勢いの衝撃波と共に砂塵が周囲へ拡散され、不透明な視界を形成する。
「何がどうなって……」
咳き込みながら俺は何が起こったか周囲を詮索するなか。
不安等の感情をハンマーで砕き、不安定な視界を日本刀で裂くのは紛れもない――
「皆さん、海人さん、お怪我は!」
「みんな、大丈夫?」
――テレシアとレイナの二人だった。
「無傷で済んだよ、ありがとうテレシア。それからレイナ」
「俺とアメリは無事だー。怪我もないし、取り敢えず助かったぜ、二人共」
「何よりだよ、ガウト」
「それより……」
心ここに有らずのように、適当な返答を投げるテレシアとレイナ――視線の先。
右方向、大量の人混みに紛れたアメリとガウト、背後の俺には一切目もくれず。テレシアは右手に握り締めるハンマーを離さず、崩壊後の時計塔上を睨み続けている。
鈍感な俺でさえ緊迫した空気と状況、視線の先を追えば理解が及んだ。
「我を凝視するな、ニンゲン……穢れが移るであろう」
「貴様ら人間如きが魔王様を拝謁するな、殺すぞ?」
破壊された時計塔。
その上に奴らが、この災害の原因が偉そうな口調で身体を宙に浮かせ、軽蔑の視線を向ける影が二つあった。
……人間には存在しない角と禍々しさ、人間の許容範囲を超えた魔力量、魔族で間違いない。
危機を察知し、自然と俺は右手に持つロングソードを魔族へ向けていた。それに、左側の角なし魔族が隣の禍々しい存在を「魔王」」と呼称していたし、魔族に関する書物を読んだ身として、魔王と魔族の識別――もちろん、魔王四天王も可能だ。
「気に食わんな、そこの人間……殺してやろうか」
緊迫した空気ごと破壊し兼ねない威圧。
スイッチが入ったように逃げ惑う人々の声が前後左右、様々な方向から飛び交う。
……ヤバイなこの状況。犠牲者が出るぞ。
俺の勘と異世界アニメで培った知識が次の最悪を予想し、警告を鳴らす。多分、俺達へ向け見せしめとして逃げ惑う人々をアイツらは殺す、または不愉快な悲鳴を黙らせるべく殺す、のどちらか。両選択とも動機としては完璧。
「……ガウト、アメリ、逃げ惑う住人の避難誘導は任せた! 俺とテレシア、レイナで避難完了までの時間を……稼ぐぞ」
俺の言葉に皆が頷くと、各々が自分の配置と役割に就いた。
「人間如きが時間を稼ぐだと? 笑わせるな、そこの人間。魔王直々に存在諸共抹消してやる」
前方の魔族ならぬ魔王は、禍々しい気配と魔力、黒々とした衣服に包まれ――
「喰らえば、タダじゃ済まされないだろうな……それになぜ魔王が、時計塔に」
――魔王の右手には、見るからにこの世界を簡単に破壊できそうな黒々とした球体が浮かび上がっている。
殺す気だ。
アメリとガウトを逃がせたのは大きいが、俺自体の装備は動きやすいものの防御力ゼロの黒Tシャツと青のデニム。他二人は、中に鎧を纏わせ赤の振袖を羽織ったレイナと全身白で塗装された板金鎧を着用するテレシアがいて。
……先に死ぬのは多分、俺だろうな。
「死ぬ覚悟はできたか?」
風に吹かれた金髪をそのままに、虹色の瞳はこちらを見下す。魔力の流れが黒い球体へ集中し、どんどん集約し始めている。
「戦うしかないのか⁉」
身構える俺の剣は切っ先から震え、握る俺の右手が死の恐怖で正気を失っていた。しかしハンマーを俺より前で構えるテレシアや、刀を抜くレイナも同様に震えている。
……しっかりしろ、俺。恐怖に屈せず、時間稼ぎの方法だけを模索しろ!
「死ぬがよい、人間共……」
「掛かってこい、魔王!」
しかし魔王の攻撃は未だ届かず。
それどころか魔王は右隣の誰かと話し込んでいる風に見える。外面だけ切り取れば千載一遇のチャンスと誰であれ思う訳だが。
……俺には分かる。迂闊に動けば殺されると。
隙が見えるシーンほどキャラクターが死にやすいのはアニメの常識。今更騙されるつもりはない。相手を刺激しないよう、細心の注意を払いつつ「その場から動くな」と、どことなくアメリとテレシアには伝えたが、それよりも俺には気にすべき点、注目すべき点が他にもあったと反省せざるを得ない。
……アイツらは何がしたい、それに左側の魔族、どこかで。
黒いオーラを放つ魔王の左隣、魔族――
「レイナ・ガラストに死んでもらっては困る……運良く生き延びたな、人間。ただし、次は無いと思え」
「ふん、エルドの慈悲に感謝せよ」
――魔王軍幹部四天王、角なし魔族の存在を。
同時に理解し思う、似た風貌と名前を俺はハッキリこの目で見た事があると。
「思い……出せない」
分かっているのに――
無限に続く闇へ魔王とエルドは溶け消えていく。荒しに荒らしたこの場所を、人間の住処をまるでアリの巣を壊して帰るような軽い感覚で。アイツらは元居た場所へ帰還する。
――俺は思い出せない。
勿論、俺の迫る気持ちなど知らず魔王らは睨みを利かせたまま立ち去る。
一瞬、角なし魔族――又の名をエルドの青い瞳がこちらを一瞥し背中を見せた。
「そういう事か」
やはりと言うべきか人生とは因果なモノで、こうして正面に位置する彼女の風貌と立ち姿を見れば更に信憑性が増してくる。
「みんな戻るぞ、リーナのアジトに。至急、伝えたい事がある」
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