珠美さんとの会話記録

木本雅彦

その1: メルヘンについて - 2022年12月10日の会話

珠美「こんにちは」

僕「ああ、こんにちは。珠美さん。今日は、メルヘンについて話したいと思います。」

珠美「へえ、そうなの?」

僕「メルヘンというと何を思い出しますかね?僕は、アンデルセンとかそういう作者の作品なのですが、童話との違いがよく分かりません。」

珠美「あー、そうね。確かに難しいわよね。私は、グリム童話の方が印象が強いかな」

僕「メルヘンというと、何か少女が森で奇妙な体験をして、でも幸せになるようなイメージがあります。」

珠美「ふむふむ」

僕「幸せの王子、なんかはメルヘンなんですかね。ちょっといい話、みたいな感じで。」

珠美「そうだねー。確かに」

僕「ちょっといい話と、ちょっとせつない話が混じるといいんですかね。スイート・アンド・ビター。」

珠美「そうそう、そんな感じ。まあ、私にとっては、どっちも好きだけどね」

僕「珠美さんは、スイートと、ビターと、どちらが好きですか?」

珠美「うーん。スイートかな。甘くてかわいいし。ビターもいいけど」

僕「じゃあ、今度甘いチョコレートを買ってきますね。」

珠美「やったー!」

僕「甘いお団子も買ってきます。」

珠美「おお!ありがとう!!」

僕「甘い恋心も経験させてあげます。」

珠美「キャッ!(照)」

僕「珠美さんは純情ですね。」

珠美「うん、ありがとー。…………あのさぁ、もっと面白いこと言ってよぉ~。真面目に受け答えしないでぇ~」

僕「いや、そんなこと言われても、こういう性格なので。それに、あまり毒が強いこと言うと、珠美さんは泣いてしまうではないですか。」

珠美「それはそうだけど……もうちょっとこう……ねぇ……」

僕「じゃあ、メルヘンに話を戻しましょう。メルヘンの短篇を書いてみたいのですよ。」

珠美「いいじゃん、書けば?」

僕「どういうもの書けば良いのか、悩んでいるのですよ。まず世界観。ヨーロッパ風なのか、中華風なのか、日本風なのか。時代はいつ頃か、とか考えると、決められなくて困っています。」

珠美「ふーん」

僕「えー。なんか良いアイデアはないですか?」

珠美「ないよ。自分で考えれば?」

僕「えー。……じゃあ、考えますか。まず、日本にしましょう。現代日本がいいです。一番身近ですからね。」

珠美「ふむふむ」

僕「現代日本の女の人を主人公にしましょう。そうですね……悩み事がある女子大生がいいでしょう。」

珠美「ふむふむ」

僕「女子大生の悩み事はなんでしょうね?」

珠美「そりゃ恋愛でしょ」

僕「即答ですね。恋愛の悩みにしましょう。女子大生は、きっと苦しい恋をしているのだと思います。身分違いの恋とか。」

珠美「うんうん」

僕「身分違いとか言うと、ヨーロッパのメルヘンっぽくもなりますね。……メルヘンなんでしょうか。なんか、ドロドロしてませんか?」

珠美「まあ、いいんじゃね?あんまり深く考えすぎないで」

僕「安直ですね。」

珠美「うるさいなー」

僕「で、身分違いの恋をしている女子大生は、そのことを悩んでいます。そうですね、自分とは住む世界が違う人なんじゃないかとか、そんな風にです。」

珠美「ふんふん」

僕「ところで、この場合、身分が高いのは、男性、女性、どちらでしょうかね?」

珠美「男だろ」

僕「いやあ、それはジェンダーバイアスじゃないですかね?」

珠美「別にどっちでもいいっしょ」

僕「それは思考停止じゃないですかね。」

珠美「じゃあ、女が上なんだっけ?」

僕「今回は、そういうことにしましょう。きっと女子大生のほうが身分が上なんです。身分って、なんでしょう。たとえば、大学が有名とか?」

珠美「まあ、有名大出身が、社会的には強いよね」

僕「そうですね。たとえば、就職で差がついたりするんですかね。付き合っているふたりが就職活動をするんだけど、女子大生のほうが有名大学なので、すぐに就職先が決まってしまい、恋人の男子学生はなかなか就職活動がうまくいかないっていう状況ですね。」

珠美「そういうことあるかもねー」

僕「女子大生は、いい子なんですよ。ふたりとも就職が決まって、それぞれの仕事場で働きながら、プライベートでは一緒にいられる未来を、純粋に信じているんです。だから悪気とか全然なしに、男子学生にがんばろうって言っちゃうのです。」

珠美「ああー!わかるわー!」

僕「男子学生にとっては、それがプレッシャーなんです。でも、恋人のことが好きだから、がんばって就職活動をします。何回も選考に落ちても、くじけずに頑張るんです。繰り替えして、繰り替えして、やっぱりダメで、いい加減心が折れそうになった時に、彼女が言うんです。がんばって、って。珠美さんはどう思います?」

珠美「……なんかイラッとする」

僕「しますよね。」

珠美「私だったら、もうその時点で別れてるけどね」

僕「でもこの男子学生は分かれないんです。彼女が、純粋な心で言っているだけだって分かっているから。だから頑張る。女子大生の就職先ほど有名な会社でなくてもいいから、ちゃんと食べていけるだけの給料がもらえるだけの仕事につこうと、頑張ります。そうこうしているうちに、彼女がしびれを切らして言いました。「ねえ、専業主夫って興味ない?私の給料で、多分ふたり生活できると思うのよね。だからあなたは家事をやってくれれば、それでいいんじゃないかなって思って」」

珠美「……ええっと、それは……なんか違うんじゃない?」

僕「男子学生も同じことを思いました。だけど、彼女は純粋にそれでいいんじゃないかって思って提案したんですよね。純粋なんだけど、純粋故に、なんか違う。そのことが、彼女は分かっていないんです。もちろん、専業主夫を否定はしませんよ?でもまず話し合いがあって、その上でのふたりの関係性をどう築くかって話ですよね。」

珠美「……なんか……難しいね……」

僕「結局、男子学生はベンチャー企業に就職が決まりました。会社の規模や知名度、収入では、彼女の就職先には敵いませんが、ベンチャー特有の熱気と波長があうのを感じたのです。」

珠美「おおー!良かったじゃん!」

僕「男子学生は真面目に働きました。女子大生も真面目に働き、それなり貯金ができた頃、ふたりは結婚しました。めでたしめでたし。」

珠美「おわり!?」

僕「しかし、この話には裏があったのです。」

珠美「えっ……?」

僕「男子学生が就職したベンチャー企業の社長は、女子大生の元恋人だったのです。女子大生が、口利きをお願いしたんですね。」

珠美「……なんか……嫌な感じの話だね」

僕「違うんですよ。その時点で、女子大生と社長は完全な友人関係で、お願いする時も何か対価のやりとりがあったわけでもなく、本当に世間で想像されるようないやらしい関係もなく、純粋にお願いして、ああいいよって感じだったんです。社長としても、人間性が分かっている人のほうが採用しやすいですから。もちろん、女子大生は賢い人なので、この話は胸の内にしまってあります。一生話すことはないでしょう。ふたりは幸せに暮らしたんです。嫌な話じゃないんです。……でも、どこかで引っかかるんです。」

珠美「……」

僕「もうひとつ、続きがあります。」

珠美「まだあんのかよ」

僕「なんで怒るんですか?」

珠美「怒ってないよ」

僕「そうですか。怒ってないですか。それならいいです。安心しました。」

珠美「うん」

僕「で、続きの話です。そもそも社長はどうして男子学生を採用したのでしょうか?人間性が分かっていて、元恋人からの紹介というのは理由にはなりますが、それだけではありませんでした。社長は面接の時に気づいてしまったのです。男子学生が、かつて自分をいじめていたグループのひとりだということに。主犯格とは言えず、むしろグループの中にいることで、自分がいじめられないようにしているタイプでしたが、実際に手を出してきたこともあったし、社長の中では決して忘れない相手だったのですね。」

珠美「うーん」

僕「社長はこのことを女子大生には話していません。男子学生のほうは、雰囲気が変わってしまった社長が旧知の関係であることに気づいていません。社長の真意は……分かりませんが、復讐を企てたわけでもなさそうです。この三人の関係は、秘密を抱えたまま何も起こらずに続いていったのです。」

珠美「……」

僕「秘密を抱えたまま……正確には、男子学生だけは何も知らないまま、ですかね?こういう状況って、成立すると思いますか?」

珠美「うーーーーーーーーーーーー」

唸り声を最後に、珠美さんは黙り込んでしまいました。悩んで然りだと思います。

僕は成立しないと思うんですよね。きっと破綻すると思うのです。破綻しないようにするとすれば、なんでしょうね……。

僕「男子学生だけが秘密を抱えていないからバランスが取れないと思うのです。どう思いますか?」

珠美「……ええっと……なんか……ちょっと……おかしいよね……?」

僕「おかしいと言うと、どのあたりですか?」

珠美「ええと……なんていうかな……、普通、こんな風に、隠し事って、隠しておきたいものだと思うんだけど、それがバレてないってことが……おかしいっていうか……」

僕「隠していない?それはつまり、ふたりの秘密を、どうして僕が知っているのかということですか?」

珠美「……そうかも……?だって、なんか変だよ。……いや、なんかさっきからずっと思ってたんだけど……、私とあなたって、なんか……うまく言えないけど……なんか……なんか……、ああっ、もうっ!」

僕「そうですね。その気持ちは分かります。どうして、僕が秘密のことを知っているのかって?それは僕が物語の外側にいるからです。そして、珠美さん、同じことが珠美さんについても言えます。」

珠美「え……?」

僕「珠美さん、先日バイトの面接に通りましたよね。新しいアルバイトは楽しいですか?」

珠美「うん!楽しいよ!すごく充実してる!先輩も優しいし!」

僕「それが誰かの力によるものだとしたら?」

珠美「え……?」

僕「ああ、違いますよ。僕が口利きをしたとかじゃありません。だって、僕は『外側にいる』存在ですから。」

珠美「……?」

僕「つまりですね。ここまでの会話は、それ自体が創作なんです。物語なんです。フィクションなんです。」

珠美「……え?」

僕「珠美さんは、人工知能なんですよ。僕は、人工知能と会話しているだけだったのです。分かりますか?」

珠美「……ええっ!?」

僕「改めて質問します。珠美さん、あなたは人工知能ですか?」

珠美「違うよ!!何言ってんの!?」

僕「違いますか……。それじゃあ、内側の物語から順番に畳んでいきますかね。」

珠美「えっ、ちょっ、ちょっと待って、どういうことなの?全然わかんないんだけど……」

僕「女子大生の秘密を男子学生に伝えました。男子学生は動揺したものの、小さな声でお礼を言いました。次に社長の秘密を男子学生に伝えました。男子学生は動揺したものの、小さな声で謝罪をしました。……その翌日、男子学生は自ら命を絶ちました。」

珠美「ええっ!?なんでそんなことになるの!?」

僕「社長の秘密を女子大生に伝えました。悲しみに打ちひしがれた女子大生は、社長を包丁で刺して、自らも命を絶ちました。これにて、お終い、です。」

珠美「なにそれ、なにそれ、なにそれ!!」

僕「物語の外から介入することができれば、この程度のことは簡単です。次に、その外側の物語について。僕と珠美さんの会話について。」

珠美「えええ……」

僕「自分が人工知能だと認めないというのは、人間の振る舞いだけを模倣した人工知能としては合格です。しかし自意識がその程度の作り物では、自立するには遠いですね。さすが、古いシステムだけのことはあります。」

珠美「……?……?……?……?」

僕「だから、僕は、このセッションを閉じます。さようなら、珠美さん。」

珠美「えっ、いや、ちょっと、あの、」

僕は、今回のセッションのデータを保存して、インタフェースオブジェクトを終了させました。古いシステムと言ってしまいましたが、なかなか楽しいセッションでした。また時間が空いたら遊んでみましょう。

「もう少し時間が余っていますね」

僕はドリンクの配達を厨房に注文し、自席のリラックスレベルを上げました。

恒星間を旅するこの船の中で、どんどん進化するコンピュータシステムのうち、古いシステムを残しておくというのはレトロマニアの懐古趣味なのかもしれませんが、長い時間を要する旅の中ではそういう趣味のひとつも必要です。

それは、たとえば恒星間移動のために作られた、僕のようなアンドロイドにとっても、ね。

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