ミスチフデビルズ

那雪尋

第1話出会い


人混みに紛れていると自分が何処にいるのか分からなくなる。何者なのか分からなくなる。


ふと思い立ってスクランブル交差点来たものの、ただただ雑音と共に往来する人々に僕は馴染めているのだろうか。夕暮れで淡く、けれどハッキリと点滅する信号機の前で1人佇んでいる。


 ──正体不明の生物がまたも人を襲い──


巨大な建物にはめ込まれたモニターからは数日前に起きた事件を放送されているが誰も見向きもせず只々映像が垂れ流されている。実際、僕自身も生きることに必死でそんなニュースなど気にもするはずがない。


施設を飛び出して2週間


貯金が尽きてもう3日間何も口にしていない。気を抜くと膝がぽきりと折れてバラバラに崩れる気がした。働き口を探そうにも住所不定で怪しい僕を置いてくれる所なんて何処にもなかった。


人混みに来たのは誰かに恵んで欲しかったからではない……決して……いや、多少…………結構思ったさ。しかし、恵んでくれるどころか誰も僕を見つけることも話すこともなく時間は経過していく。このままゆっくりじっくりと時間をかけて餓死するくらいならこのまま。


「……踏み出したら楽になれるのだろうか。」


「いや――どうだろうね。結構痛いらしいよ?轢過」


「そうですよね。痛いですよ……ね。えっ??」


突然の応答に思わず振り向いた。視線の先には黒いコートに身を包んだボサボサ髪の男がにこやかに立っていた。目線はしっかり僕の方へとむけていることから察するに、間違いなく僕の口から吐き出されてしまった言葉への応答だったのだ。そして男は表情を変えずに問う。


「死んじゃうのかい?」


(まずいまずいまずいまずいまずいまずいまずいまずいまずいまずいまずいまずいまずいどうしよう聞かれてしまった訊かれてしまったどうしようどうしたらいい違うんですそんなつもりじゃなかったんです思っていただけなんです!とりあえず誤解を解かないと)


面白いものを見つけたような顔の男に対して、混乱する思考を破る以外の選択肢など今の僕には持ち得ているはずもなかった。

「……僕にそんな価値なんてありませんよ」


自分で自分を殴った気分だ。極限の状態でも自分を卑下する言葉がこうも簡単に出てくるとは思いもしなかった。ほら見てみろ、急におかしな事を口走ったからこの男もきょとんとしているじゃないか。


早くここから離れよう。声をかけてくれたことはとても喜ばしいことだが、僕は対人コミュニケーションもダメみたいだ。倒れるにしてもこんな人混みでは周囲にも、この人にも迷惑をかけてしまう。


「ははっ……急に変なこと言ってすみません。それじゃ僕はこの辺で……また何処かで──」


赤から青へと変わったタイミングを見計らって足を踏み出す刹那、男は僕に語りかけた。


「知っているかい。人は生きとし生けるもの全てが平等らしいよ。君も私も、行き交う人々も。不思議なものだよねぇ。真っ平な平等なんてあるわけないのにさ、環境も生活も性別も違うというのにね。君は──どうだい?」


何かを試しているのだろうか?そんなの決まっているじゃないか。


「──僕は」


 その後の言葉は出てこなかった。答えを知っているし既に出されたから。反論があるなら是非聞いてみたいものだ。僕が施設で受けてきた実験と称した暴力や暴言は平等だからされたことなのかと。濁りきった感情を言葉にするほどの勇気もプライドも持ち合わせてない僕に唯一できる事は足を止めることなく動かし続けてこの人から、この現実から逃げることだけ。


 それで終わると思っていた。男が僕の視界に立ち塞がらなければの話だった。

僕より5センチ程背の高い男は自らの腰元に手を当てて顔だけを僕に近づけ僕の顔を舐め回すように見た後、何かを納得したのかニコリと微笑んだ。


「意地悪なことを言ってしまってすまない!お詫びと言ってはなんだが、君より多少社会的身分が上な私が何かご馳走してあげよう!その様子だと随分な時間何も口にしていなさそうだ。何か食べたいもののリクエストはあるかな?なければ私の行きつけの処に連れていくが……どうだい?」


「えっ!そ、そんな!!気にしないでくださいっ!僕そんなにお腹空いていないので────」


ギュルルルル


 そう言いかけた僕だったが体の方は大分正直のようだ。バツが悪そうに頷く僕に対し男はゆっくりと姿勢を正すと──私についてきたまえ。と言わんばかりに静かに歩き出す。


「あの……名前!僕は霧崎 蓮といいます。あなたの名前はなんですか?」


 男はクルリと軽やかに僕の方へと方向を向けた。


「名前?私は────陽。私の名前は日影 陽。初めまして蓮くん」


 再び方向を正した日影の背中を蓮は追いかけのだった。

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ミスチフデビルズ 那雪尋 @Nayukichika

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