第52話 愛花も林間学校に行きたい!

「そーめん!おいちい!」


俺は未来の家で、そうめんを食べていた。

家の屋上で、流しそうめんだ。

愛花ちゃんは人生初の流しそうめんで、大はしゃぎだ。


「うん!おいしいね!」


未来も楽しそうだ。


実は、俺も流しそうめんは人生初だった。

未来の家では、昔、よく家族で流しそうめんをやっていたらしい。

未来は俺が流しそうめんを食べてことないと知って、作ってくれた。


「ケータ!どんどん食べてね!」


愛花ちゃんが上から、そうめんをどばどば流す。

大量のそうめんが竹を通して流れてきた。

多すぎて箸じゃ取れねえ……


「多すぎて取れないよ!」

「愛花!流しすぎ!」

「あはは!じゃんじゃん流しちゃうぞぉ!」


愛花ちゃんはざるの中にあったそうめんを一気に全部流した。


「こら!やめなさい!」

「ぶー!全部流したほうが面白いもん!」


未来に叱られた愛花ちゃんは、ぷい!と顔を背ける。


「愛花ちゃん……そうめんは少しずつ流さないと」


俺は愛花ちゃんを優しく諭した。


「はぁーい。パパ」


最近、愛花ちゃんはかなりいらずら好きになった。

毎日毎日、何かしら俺と未来を困らせることをやらかしている。

たぶん、俺と未来にかまってほしいんだと思う。

それを俺も未来もわかっているから、あまり怒らないようにしてた。

……夏休みが終われば、この「オママゴト」は終わる。

だから、愛花ちゃんなりに、限られた時間を楽しんでいるだと思う。


「ケータ。人生初の流しそうめんはどう?」


未来が俺の隣に来た。


「おいしいよ。ありがとう」


未来の作るそうめんはおいしい。

そうめんなんて何年も食べてなかった。

これまでほぼ1人暮らしみたいなものだったから、作る機会はなかった。


「よかった。昔、ママとパパと、夏によくやっていたから……」

「夏のそうめんはいいな。冷たくて」

「うん。本当にね……」


未来は遠くを見ていた。

その横顔は少し、さびしそうだ。


「また、来年もそうめんしたいね」

「ああ。絶対にな」


これで夏休みも残り半分ってことになる。

俺がこの家に居候できる時間も、残り半分ってことだ。

……たしかにそう考えると、どうしても寂しい気持ちになってしまう。

このままだと「オママゴト」が終われば、全て終わってしまう。

もしも俺と未来が付き合えば……いや、そんなことできるのか。

正直に言うと、未来にはっきりと気持ちを聞くのが怖かった。


「凛と悠介くんって、どうなるんだろうね?」


未来がぽつりとつぶやいた。


「さあ……どうだろうね。わからないな」

「わからない、か」


未来は俺の目を覗き込んでから、ふうっとため息をついた。

何か意味ありげな仕草だ。

もしかして……俺を試しているのか?

だけど、何のために?


「ケータは、凛が告白の返事、OKすると思う?」

「うーん……正直、俺は桜田さんのことよく知らないから」

「……ケータってさ、変なところ達観してるよね。なんていうか、すべてはなるようになるさ、みたいな感じで」

「そうかな?」


未来は鋭い。

なるようになる――俺の人生のモットーだ。

悠介からも、「青春なんだからもっとあがけよ」と言われたが、俺は恋愛事に対してはすぐに諦めてしまう。

……母さんが死んだ後、俺がどんなに泣いても母さんは戻ってこなかった。

もちろん死んだんだから当たり前だ。

だけど、俺はあがいていた。でも無駄だった。


「でも、ケータのそういうところ好きだよ」

「え?」


未来は星を指差しながら言った。


「あたしも似たようなところあるから。パパが死んだせいで、なんていうかすごく人生の早い段階で諦めちゃったていうか。人生はなるようになる。本当にそうだよね」

「そうか……」


たしかに俺と未来は、境遇が似ていた。

未来は小さい頃に父親を、俺は小さい頃に母親を亡くした。


「でも……もう少しケータには、熱くなってほしいな」

「熱くなる?」

「いつもどこかで冷めて感じするから、たまにすっごく熱くなったケータがみたいかも……なんちゃって!」


てへぺろっと、未来は笑った。


「じゅるじゅるー!そうめんおいちい!」


話している俺たちをよそに、愛花ちゃんはそうめんをまるで掃除機みたいに食べまくっていた。


「愛花。食べ過ぎたらお腹壊すよ」

「そうめんおいちいんだもん!」

「ははは。たくさん食べて偉いね」


俺は愛花ちゃんの頭を撫でた。


「もう!パパはまた甘やして」

「パパ!大好き!」


愛花ちゃんが俺に抱きついてきた。


「あ!ずるーい!ママもパパにくっつくね」


未来が俺に後ろから抱きついた。

背中に、未来の大きな胸がむにっと当たる。

俺は顔が熱くなった。

熱くなってほしいって……こういうことか?

――いや、絶対に違うよな。


◇◇◇


「やった!また愛花の勝ち!」


俺たちは屋上から家の中へ戻った。

俺と愛花ちゃんはリビングで、スマッシュシスターズをやっていた。

ゲームのキャラクターを戦わせる対戦ゲームだ。

愛花ちゃんは負けず嫌いだから、勝つまでやり続けようとする。

そろそろ寝る時間だから、俺はわざと負けてあげた。


「愛花……そろそろ寝る時間でしょ」

「ええー!まだパパと遊びたいのに!」

「早く寝ないと、明日、アンパンウーマン見せてあげないよ」

「はぁーい。ママ」

「ママたちは、林間学校の準備するから……」


俺たちは明後日に、林間学校がある。

高原に2泊3日で行く。

しかも、ただの林間学校じゃない。

小学1年生を俺たち高校生が引率しながら、一緒に高原で過ごす。

俺の高校ではけっこうめんどくさい行事のひとつで、みんなぶーぶー文句を言っていた。

せっかく高校の林間学校なのに、小学生の面倒を見ないといけないんだから。

俺もはっきり言って、ちょっとめんどくさいと思っている。

この家で、未来と愛花ちゃんと一緒に過ごしたいのに……


「ねえねえ。パパ。りんかんがっこうって何?」


愛花ちゃんが俺の服の裾を引っ張った。


「学校のみんなで旅行に行くんだ」

「え!いいないいな!愛花も一緒に行く!」


愛花ちゃんは目を輝かせた。


「あ……ごめんね。愛花ちゃんは行けないんだ」

「どーして?どーして?どーして?愛花はどーしてダメなの?」


愛花ちゃんは俺のズボンをぎゅうと掴んで、泣きそうな顔になっていた。


「愛花ちゃんも学校に通うになれば、林間学校へ行けるよ」

「パパと一緒じゃなきゃやだやだ!」

「愛花……わがまま言わないで」


未来は呆れた顔をした。


「うー!じゃあ、代わりに愛花と旅行に行ってくれる?」

「旅行かあ」

「パパ……旅行に行く約束したよね?」


未来が俺の腕をぎゅうっと掴んだ。

すげえいたいのだが。

そう言えば、初めて未来の家に泊まった時、旅行に行く約束をしていた。


「そうだね。旅行に行こう」

「やったあ!パパ大好き!」


愛花ちゃんが俺の手を取って踊りだした。


「ふふふ。どこ行こうかな?」


未来もすごく嬉しそうだ。


「沖縄行きたいな!」

「お、沖縄?」


またかなり遠くて、お金がかかりそうだ。


「……パパはいやなの?」


じっとした目で俺を見る未来。


「いやいや、俺も沖縄行きたいよ」

「ふふん!だよねだよね!」


なんだか無理やり言わされた感じもするが、この3人で沖縄へ行けたら楽しそうだ。


「また新しい水着、買わないとね!」

「買い物行くか」

「うん!またパパに選んでもらうから!」


また未来にからかわれるのか。

俺は思い出すと顔が熱くなった。

ビキニの未来を見ると、ドキドキせずにはいられない。


「ずるいするい!愛花もパパに水着選んでほしい!」

「うん。今度は愛花ちゃんも買い物行こう!」

「そうね。いい子にしてたら一緒に連れて行ってあげる」

「ぶー!ママの意地悪!」


未来と愛花ちゃんと一緒に行く沖縄。

すげえ楽しみだな。

しかし……その前に、めんどくさい林間学校があるけどな。


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