第22話 譲れないものがある
ありったけの力を込めて俺は白井の顔を殴った。
思えば初めて人を殴ったかもしれない。
そんな俺の一撃は当たりどころが良かったのか、大柄な白井を後方に飛ばす事に成功する。
「いってぇなっ!」
椅子を捲き込んで白井は背中から落ちる。
白井を殴りつけた右の拳はジリジリとするが、不思議と痛みは感じられない。
拳だけでなく、痛かったはずの身体中が何故かいつも以上に動く。
顔が熱い。
身体が熱い。
心臓がうるさい。
高揚した身体はきっと痛みを忘れている。
「お前が小鳥遊さんの何を知っている!?」
俺は自分の身体に無理を利かせて白井に掴みかかる。
「クソ陰キャが調子に乗りやがって......!」
そんな俺に対して白井も黙ってはいない。
鍛え上げられた太い拳を俺のみぞおちに打ち付ける。
瞬間、想像を絶する痛みが俺を襲う。
「ぐっ......っ!」
喉がつまる。空気が吸えない。肺がバカになる。
まるで呼吸の仕方を忘れてしまったように。
今すぐにでも倒れてしまいたい、のたうち回ってしまいたい衝動を必死に我慢して、俺は耐える。
「......っ......謝れよ......!」
額を伝う汗が目に染みる。
だけど、俺はこのクソ野郎から視線を離さない。
「小鳥遊さんに......謝れっ!!」
俺の怒号が教室を響かせる。
こいつが罪を認めるまで俺は倒れない。
絶対に離さない。絶対に許さない。
己の気力と胆力だけで白井に食らいつく。
「今までやり返してこなかった癖に今更......!!」
そんな俺に対して白井も声を張り上げた。
その顔は赤く怒りの表情を浮かべている。
「俺の事はどうだっていい......」
あぁ、自分で言うのも何だが俺は我慢強い。
自分の痛みに対して鈍いのかもしれない。
だけど──いや、だからこそ他人に対しては人一倍に気を遣う。じゃないと人を傷つけてしまうからな。
「あっ?」
そんな俺だから許せない事もある。
それはこのクソ野郎みたいに他人を平気で傷つけて、それを認めようとしないクズだ。
こいつは確かに力が強い。あぁ、俺なんかと比べ物にならないくらいな。
「だけど──」
力が強い奴が強いんじゃない。他人の痛みが分かって、寄り添おうと出きる奴が本当に強いんだ。
──こう言っておいて何だが、もしかしたらこれは自分を正当化する理由なのかもしれないな。
本当はもっと単純な............
あぁ、そうか。
結局のところ俺は──
「泣いてる女の子を前にして、黙っていられるほど俺は大人じゃないんだよ!!!!」
「イッツぅっっ............!」
白井の顔面に向かって放った俺の頭突きは見事に命中する。
衝撃と共に何かが折れたような嫌な音がしたが関係ない。
「は、離せよ......」
「......断るっ」
白井の鼻からは赤色の生暖かい液体が滴っている。
その端正な容姿に見る影はなく、非常に俺好みのいい面になっていた。
「しつけえなぁっ......!」
白井の蹴りが俺の足に当たる。
──痛い。ただひたすらに。
それでも先ほどまでの力は感じられない。
顔面に食らわした一撃がかなり効いていたようだ。
だけど、俺の方も暴れまわる白井を掴む握力はもうほぼゼロに等しかった。
それでも──
「お前が謝るまで離すわけないだろ!」
俺は白井の股間を目掛けて目一杯の蹴りを食らわす。
「アァーーッ ......お前......卑怯......な......」
白井の悲痛な声が教室に響き渡った。
これに白井はたまらずダウン。
限界を迎えていた俺も共に倒れ混む。
「謝る気に......なったか......クソ野郎......!」
「何で......俺が......こんな......っ!」
それでも白井の目にはまだ反省の色がない。
だから俺は最後の力を振り絞り白井に馬乗りになる。
白井の胸ぐらを掴み、
「謝れ......」
と一声。
「謝って罪を認めろ......っ!」
何度も、
「謝れ! 謝れ! 謝れよっ!!!」
何度も何度も言葉を白井に打ちつける。
こいつのニヤついた顔が死ぬまで。
こいつの心が折れるまで。
「謝れええぇぇ!!」
俺は叫び続けた。
声が枯れようが、喉が千切れようが関係ない。
「......っ」
そんな白井の顔に少しずつ変化が表れる。
僅かに口元が震え始めたのだ。
そして口を開き何かを呟こうとして──
「お前達何をしているっ!?」
そこで騒ぎを聞いて駆けつけた教員が声を上げた。
その側には警備用自動人形の姿もあった。
「............っ!」
程なくして集まってきた警備用自動人形に俺達は取り押さえられる。
「まだだ......まだお前の......!」
そんな俺の声も虚しく、俺達は囲まれ、連行されていく。もう俺に抵抗する力なんて残っていなかった。
そんな中でも俺は最後まで白井を睨み続けた。
そこで俺は気づく。
白井の顔からニヤついた表情が消えていることに。
そして見た。
悔しそうに泣きべそをかく奴の顔を。
だから俺は遠ざかっていく奴を見てこう呟いた。
「ざまぁみろ」
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