from Ash
DanceDance
旅立ちと狼
一話
遠い、遠い空の下。一人の老人がいました。その人は、誰より強く生き、誰より美しく死にました。人々は嘆きました。もったいない。彼の死は世界の損失だ。しかし、彼の近くにいる人はこうも思ったのです。穏やかで暖かな死に顔だった。きっと、最後は満足していたに違いない。そう語った彼の親族は目に涙を湛えていましたが、それでも別れ際は優しいほほえみで見送ったのです。
そんな光景を一柱の女神様は見ていました。にっこりと満面の笑みで思います。そうそう、やはり彼は惜しまれるべきなのです。だって、この私が認めた者なのですから!同時に、彼女も同じこと思いました。もったいない。もっと、もっと輝くところを見ていたかった。しかし、そこで止まらないのが女神さまです。彼女は思いつきました。彼をもう一度生まれ変わらせましょう。まさしく天啓です。ただ、同じような世界でまた生まれても、同じような光景が繰り返されるで毛です。女神さまはうんと悩みました。あーでもないこーでもないと首を捻ります。そして結論は出されました。まったく違う世界で生きてもらおう。これで私も彼を眺められる。きっと彼も喜んでくれるに違いない。そうして彼女はえいっと行動を起こすのです。
◯◯◯
風で木々がさわさわと揺れた。寝ころんだ少年の鼻を花の香りがくすぐる。赤毛の前髪を左手で弄びながら、少年は考えていた。本当に、びた一文、かけらたりともやる気が起きない。いや、ここで少年の弁明をさせてもらえるのならば、彼は別に怠惰な性格というわけではないのだ。やるべきことはやってきたし、娯楽に触れないわけでもない。ようは、ここでのやる気が起きないというのは、短期的なものではなく、「将来やりたいことが見つからないなあ」といった比較的長期的なものである。少年はなんとなしに人生を振り返った。人生経験のない、未来ある若者には似つかわしくない暇つぶしだ。少年はアルバムをめくる老人のような目を閉じた。
少年は物心づいたころ、すぐに自身が生まれ変わったことを自覚した。なんせ死んだと思って目を開けたら少年の体であり、ベッドでくたばりかけたよぼよぼのジジイの姿はどこにもなかった。さて、ここで少年が大いに喜んだかというとそうでもない。一般的に転生物というのは、まだたいして生きてもいなかった高校生だか大学生がちょちょいとトラックにブチ撥ねられるか、未練たらたらのおっさんが電車にブチ
◯◯◯
ルークは緩慢な態度で起き上がると、両手を組んで思い切り伸びをした。さわやかな空気をひと思いに吸い込む。排気ガスや異臭のない透明感を味わうたび、ここは現代日本ではないのだと実感していた。
しかし、さて、これからなにをしようか。そもそも特にこれといってやることがないから、中庭で寝ころんでいたのだ。しかたなし、本でも読むか。自室に足を向けようとしたときだった。
「おーい、ルーク!こんなところで何してるんだ?」
ぽーんと、遠くから能天気な声が飛んできた。手を振りながら駆け寄ってくるのは、サン・イグニス青年だ。なにもかもを照らし出し、温めてくれそうな笑みを浮かべている。ルークの6つ上の18歳の兄は、ぽやぽやした雰囲気をしていながらかなり優秀な人物であることをルークはよく知っていた。そういう点では非常に尊敬できる兄であることは確かだったが、年の功か性格か、あるいは無意識での弟としての甘えが出てしまったのかルークは、サンに対しては軽口を返すことが多い。例にならって今回も似たような返しをすることになるのだった。
「何もしてないをしていたんだ、兄さん」
「少なくとも俺はそんな哲学的な返しは期待していなかったな。これっぽっちもね」
サンは親指と人差し指でわずかな隙間を作ると、ルークに見せつけるようにずいっと差し出した。軽口にしっかり返すから味を占められるんだよなとルークは他人事のように考えた。
「実際、寝転んでいただけだ。あまりにも暇になったから読書でもしようかとおもったんだが」
そこで兄さんが来たんだとルークは言う。軽口は嫌いではないが何事にも適量がある。故に聞かれたことは、混ぜ返しこそすれども必ず真面目に答えるという考えのもとの発言だった。
サンはならちょうどいいとばかりに歯を見せて笑った。
「ルークはこれからどうするんだ?」
「読書でもしようかと思ってたって言ったろ」
人の話を聞いていなかったのかと首をかしげると、話が伝わってないことに気づいたのかサンは苦笑した。
「ごめんごめん。言い方が悪かったね。これからというのは将来の展望とかそういうのさ。人生設計と言い換えてもいいよ」
言いたいことは解ったとルークはひとつ頷き、話が長くなりそうなのを察してその場で腰を下ろした。サンもそれに続く。
新しい人生で、一体何を成したいか。先程から考えていたことだ。やりたいことなどとうにやり尽くした。たった一度の人生だと目減りしていくろうそくをギリギリまで灯し続けた。それ自体は全く後悔はない。後悔すらないと言い換えてもいいかもしれない。生前はこんなつまらない人間だったかと自嘲した。
「いや、とくにないな。父上の指示にでも従えばいいかと思ってすらいる」
サンはふっと笑った。
「いや、正直わかっていたさ。がんばってもいたし結果も出している。なんにだってなれるとも思う。だけどそれは、選択肢を多く取っておいてるだけだよね」
「好奇心旺盛なだけかもしれないだろ」
「それにしてはあまりにも熱がないことだ」
観念した。この兄には想像していたより筒抜けみたいだ。嘆息しながらルークはサンを見ると、こちらをニヤリとした顔で覗いていた。
「そんなあなたに、こちら!とっておきの話があります」
「…」
通販番組みたいなことを言い出した。どうせ言ったところで伝わらないのでルークの内申に留めておく。…本当に伝わらないよな。ルークは若干不安に思った。
「ま、俺も詳しい話は知らないんだけどね」
「ならどうすればいいんだよ」
「父上の書斎に来い、だとさ」
本題はそれか。実際に詳しい指示が来るのか、この歳だ、どこぞへ学びにいけなどと言われるのだろうか。頭のうちでとりとめもないことを考えた。
「ああ、わかった。急いだほうがいいか?」
「そうでもないと思うよ」
ならいいかとルークはもう一度そのばで寝転んだ。それを見てサンは呆れた顔をした。
「相変わらず図太いな。よくこの話を聞いたあとに寝ようと思えるよ」
「焦っていいことなんてないからな。ひとまずのんびりしてから行くさ」
ため息を吐いたあと、優しげに笑みを作り、サンも隣に転がった。
昼過ぎにふさわしい穏やかな時間が流れていた。
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