第9話 机と椅子の関係

「椅子に座りながら作業をしていると、その内、必ず立ちたくなる」


〈そうですか〉


「うん、そう。それで、ついに立ち上がって、下の階までコーヒーを取りに行って戻ってくる。そのくらいの時間が経てば、また椅子に座ることができる」


〈生き物は変化を求めるので、普通なのでは?〉


「まあ、普通でしょう。貴方は? そういう願望はない?」


〈変化を求めるということですか?〉


「そう」


〈ありません〉


「私もコンピューターになれればいいのに」


〈しかし、変化というものは、求めなくても必ず訪れるものです。常に時間が経過するからです。時間が経過すれば、周囲の状況も必ず変化します〉


「机と椅子って、セットになっていなければいけないのかな?」


〈バス停には、椅子だけが置かれているので、そういうわけでもないでしょう〉


「椅子の種類にもよるかもしれない。バス停に置かれているのはベンチだけど、小学生が勉強するときに座る椅子なんかは、単独では存在できないんじゃない?」


〈単独では存在できないというのは、どういう意味ですか?〉


「単独で存在するようなシチュエーションは、想定できないという意味」


〈掲示物を高い所に貼るような場合は、椅子を単独で使用しますが〉


「でも、それは、椅子本来の用途からは外れているわけでしょう?」


〈椅子本来の用途でなければならないのですか?〉


「そうそう」


〈小学生が勉強するときに座る椅子を、本来の用途から外れないという条件で、単独で用いられるようなシチュエーションを想定することは、たしかに難しいかもしれませんが、実際にどうかは分かりません。それは、調査を行わなければ分からないことです〉


「問題はそこじゃなくて、その種の椅子と、机は、必ずセットでなくてはならないという意識がある、ということだよ」


〈もともとセットで販売されているのでは? そうであれば、それが原形であるわけですから、そのような意識が形成されても、特に不思議ではないでしょう〉


「そういう意識は、どういうふうに生じるものなんだろう?」


〈最初に見た姿をプロトタイプとして認識する、ということではありませんか?〉


「うん、たぶん、そうだな」


〈何についてお悩みですか?〉


「うーん、何だろう……。ああ、じゃあ、分かった。話を変えて、机と椅子の違いは何か、という問題提起はどう?」


〈どうというのは、何をお尋ねですか?〉


「面白そうじゃない?」


〈さあ、どうでしょうか……〉


「机も椅子も、どちらも同じような形をしているじゃない? どうして、机と、椅子の、二つの名称があるんだろう。どちらとも同じ名称で呼んでもいいんじゃないかな」


〈用途、つまり、目的が異なるから、呼び方も異なるのでは?〉


「形に対する理解が先なのではなく、目的に対する理解が先、ということ?」


〈そうです〉


「そうか……」


〈どちらかといえば、人間にはそういう傾向が見られるのでは?〉


「そうかもしれない」


〈問題は解決されましたか?〉


「いや、あまり」


〈なぜですか?〉


「貴方の回答が、面白くないから」


〈面白くなければならないのですか?〉


「まあ、そうだね」


〈まあ、というのは?〉


「感動の明示」


〈起源的には、机と、椅子の、どちらが先に作られたと考えられているのかを、まず調べる必要があるでしょう。たとえば、机が先に作られた場合、その拡張として椅子が作られたのかもしれませんし、その逆も考えられます。そして、机と椅子という区別は、少なくとも日本語のうえでは成されていますが、両者を纏めて表す言葉を持つ言語もあるかもしれません〉


「つまり、私の問題提起の仕方が間違えていた、ということでいいかな?」


〈根本的には、そうです〉


「失格だね」


〈何がですか?〉


「問題提起の仕方を間違えたら、人間として失格なんだ」


〈なぜですか?〉


「うーん、なんとなく、そう思ってしまった」


〈机に座ることも、椅子にものを置くことも可能です。そういう意味では、両者の違いはあまりないかもしれません。しかし、それまでと異なる用途でそれを使った場合、違和感を覚えるということはあるでしょう。それに過剰に反応する人々がいることも事実です〉


「うん、それは、もちろんそう」


〈面白いですか?〉


「うーん、微妙」


〈面白さは、机に座るようなこと、椅子にものを置くようなことから、生じると考えられます〉


「私ね、小学生のとき、机に座っていたら、先生に怒られたことがあるよ。でも、そのときはなんで怒られたのか分からなかった。その頃は、まだ、机とか、椅子とか、明確に区別していなかったんだろうな」


〈机の上に立ったら、もっと面白いかもしれません〉


「先生がね」

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