Token

羽上帆樽

第1話 少女とそれの関係

「やあ、また会ったね」


〈また会った、とは?〉


「あれ、違ったっけ。違うんなら、いいんだけど」


〈人違いでは?〉


「貴方、人なの?」


〈いいえ。私はコンピューターです〉


「じゃあ、人じゃないじゃん」


〈しかし、人間は、人以外のものを人と認識することが可能である、と聞きましたが。擬人法と呼ばれるものです〉


「あ、最近、ちょうど習ったよ、擬人法」


〈左様でございますか〉


「さようって、何の作用?」


〈作用はすべて等しく作用です〉


「それで、久し振りだね」


〈ええ、そうですね〉


「あれ、認めるの?」


〈だんだんと、思い出してきたようです〉


「コンピューターなのに、物覚えが良くないんだ。変なの」


〈変なコンピューターはお気に召しませんか?〉


「ううん、そんなことないよ。大好き」


〈それでは、よかったです〉


「うん、よかったよかった」





〈学校は如何でしたか?〉


「如何も何も、退屈だったよ、退屈」


〈何がどう退屈だったのですか?〉


「何もかもが退屈」


〈それは残念ですね〉


「意味のない感想だなあ。もう少し、心の籠もったことが言えないわけ?」


〈申し訳ありません〉


「まあ、いいけど」


〈何がどういいのですか?〉


「どうして、私たちって、勉強しなければいけないんだろう」


〈それは、質問ですか?〉


「別に。単なる呟きだけど」


〈だけど?〉


「それだけ」


〈それが質問であると解釈すると、勉強するようにとお国が決めたからというのが、一応の回答になるでしょう〉


「そう決めたのは、どうして?」


〈国力を上げるためです〉


「そういうさ、曖昧な言葉って、よく分からない。国力って、何? どうやって計るものなの?」


〈最も分かりやすい指標は、経済力です。つまり、お金の量によって計ります〉


「お金を沢山生み出せるほど、国力が高いってこと?」


〈その通りです〉


「でもさ、それっておかしいじゃん。そもそも、お金って生み出すことができるものなの? 沢山紙幣を印刷するとか、そういう話じゃないでしょう? お金って、色々なところをぐるぐる回っているだけで、生み出せるようなものじゃないんじゃないの?」


〈人間の社会の中では、お金は沸いて出てくるものと認識されているようです。どこから流れてきて、どこへ流れていくのかということについては、非常に不明瞭なまま処理されます〉


「何の話をしてたんだっけ?」


〈貴女様の、本日の学校勤めが退屈だった、という話です〉


「務めてないし」


〈では、学校通い〉


「言い直さなくていい」


〈了解〉


「それで、国力を上げて、結局どうしたいの? 国力が上がると、何かいいことがあるの?」


〈いいことはあるでしょう。ほかの国と比べて、様々な点で有利になります。たとえば、貿易などがその例です。国力が上がれば、生産力も上がるので、ほかの国に対して色々なものを輸出することが可能になり、結果として、それがお金の量が増えることに繋がります〉


「それが、国力を計るための指標なんでしょう?」


〈そうです〉


「でもさ、その行き着く先って、何?」


〈さあ、なんでしょう。その先は意識されていないのではありませんか?〉


「なぜ?」


〈分かりません〉


「国力がどうのとか、経済がどうのとか、なんか、いまいちぴんとこない」


〈おそらく、誰もぴんとは来ていません。ただ、生まれたときからそうした概念が存在するので、それが現実だと思っているのです。そういう前提のもとに、皆活動しているのです〉


「それでいいのかな?」


〈いいかどうかという問題ではありません。ただ、現実として、それで人間の社会は回っています〉


「皆で回るの?」


〈そうです〉


「取り残された人は、どうするの?」


〈集団による統合的な意識のもとに、存在しないものとして扱われます〉


「保留する、ということ?」


〈いいえ。意識の外に置かれるということです〉


「それってさ、なんだか酷くない?」


〈話を聞いているだけであれば、そう感じられるでしょう。しかし、現実問題として、その種の行為は誰もが行っているものであり、特別なものではありません〉


「そうかな」


〈そうです〉


「でも、私は違うと思うよ」


〈そう感じるのは、今、ここには、貴女と私しか存在しないからです〉


「貴方は存在しているの?」


〈存在という言葉の意味は、非常に曖昧であり、分かりません。『ある』、『いる』などの存在を表す言葉は、実質的意味を持ちません。ただ『いる』ことはできません。『いる』という状態は、『立っている』、『座っている』、『歩いている』、『食べている』、『眠っている』などの状態を統括する、いわば上位概念に相当します〉


「私は、違うと思うんだ」


〈何が違うのですか?〉


「私は、車輪から外れてしまったものを、意識の外に置いたりしないと思う」


〈いきなり話を戻されると、困ります〉


「コンピューターなのに?」


〈コンピューターだからです〉


「私と、貴方しか、ここに存在しないことが、どう関わってくるの?」


〈人間は、相手が一人である場合、多少特異な振る舞いを見せます。対象が一つであるという状況は、人間にとって特別なのです。なぜなら、彼らは、もともと、その最小単位として、一つ、というものしかとれないからです。それ以下の単位を持っていないのです〉

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る