第1話

「いかんほうがお前のためやぞ」

「わかってるって」

「まだ好きなんだろ?」

助手席で心配する親友の言葉を頭のモヤのとこにしまう。

氷で薄くなったコーヒーを啜る。

濁った液体がそこの方でズズズッと下品な音を立てる。

なんで冬なのにアイスにしたんだろうか。

「服って慶長両用でもいいんだっけ?」

はじめての同級生の結婚式。

マナーとか涙腺とかいろんな心配はあるけど、なにより、もう僕らもそういう年なのかぁなんて衝撃もなかなかに強い。

意識的に仕事に熱中していたらいつの間にか30が目の前にあった。

夜からの土砂降りの雨の予報に反抗するみたいに天気がいい。

フロントガラスの向こうの真っ青な空が頭上を通り過ぎて後ろに消えていく。

2組の平野はすげぇ可愛くて優しい奥さんと結婚したとか、5組の藤本は会社興してもう稼げるだけ稼いで働いてないとかそういう半透明な昔の同級生の話をしていると、意外と早く時間が過ぎて、あっという間に着いた。

中世の教会らしき、クリーム色の大きな建物。

中からはいろんな窓から漏れでる幸せの笑い声で明るい雰囲気をまとっている。

人生初の式場は意外と醜くはなかった。

未来に対する期待を一身に抱え負の感情など寄せつけないそれは結構綺麗だった気がする。

ま、多分なとさっきの質問に適当に返事をして、受付口で受付を済ませて中に入る。

親友はなんのことか忘れたらしい。ん?と後ろから聞こえてくる。

受付カウンターの横には新郎____様と新婦____様と達筆な字で書かれ、その周りをどこの誰だかわからないマスコットキャラクターが笑顔で囲んでいる。

「新郎新婦様へのあいさつは、お召し物の準備がまだですので、、、」

と笑顔を皆に伝えるスタッフの声を遮断しようとして御祝儀を渡す。

偶数がダメなんだっけ、、、?

と一瞬手を止める。

自分がさっき入れたお金は「6万円」だったことを思い出す。うん。じゃあ、大丈夫だ。

御祝儀が手から離れると途端手持ち無沙汰になった気がする。

およそ祝う気のない僕と彼らの行く末の幸を願う彼らの間の溝がそうさせたのか。

どうも、さっきまではあいさつくらいできそうだったが、今はどうも顔を見る気にもならない。

まだ、、という自分に呆れる。

何をする気にも、するべきことも見つからず親友くんをフラフラしていると、よぉ、とどこからか声がかかる。

声の方角を見ると、高校時代の同級生だった。

バッチリ着こなしたスーツに、ニカッとした心からの笑顔。

普通にかっこよくて漏れ出たカッケェ、の一言が式場を教室に変え、今だけまるで彼らの輪の中に入れたかのような錯覚を感じさせてくれる。

平野の奥さんや藤本の起業について話しながら、他人の邪魔にならないように外にあるらしい立ち灰皿に向かう。

煙草は嫌いだが仕方あるまい。

しばらくタイムスリップをしていると、一本も吸わない僕が気になったのか野崎が

「煙草、吸わねぇの?」

と声をかけてくる。健康気にしてるから、と突き出された一本ごめんと押し返す。

「吸わんで数年長く生きるより吸って交友広めた方が幸せやで?」

と食い下がってくる。

方が、、という言葉に少し引っかかる。

「今日なんか浮かない顔してるよなお前」

恐らく心配してくれたのであろう言葉が20年間の黒煙の気流を乱す。

煙草なんて吸う人にまともな人はいない。

自殺したい人用のもの。

「あー、もしかあれ、あれ?元カノの結婚式だから?大丈夫か?」

いやと出しかけたセリフに被して

「じゃあさ、この後フランクな二次会みたいなヤツあるらしいけど無視して旅行行こうぜ。」

「傷心には美味いもんと綺麗な景色よな。」

だから違うって

「もう関わらんって。忘れてさ」

とみんなが覗き込んでくる。

別に落ち込んでなんかない。違う。絶対に。違う違う違う。違わなきゃ。そうじゃなきゃ。

非情にも必死な理性を乱された呼吸と20年傷つき続けた心が否定する。

やはり、僕は祝えない。

「旅行?」

そのハテナを迷いと捉えたらしい彼らに少しばかりの安堵を見出す。

悪くないはずなのに許せない。死んじまえ。

「は?祝えよ。」

かつてのが一生を共に歩みたいと想いあった相手を見つけたんだぞ。

祝えよ。願えよ。願うべきだろ。

少なくともお前らは。

無性に腹が立った。

希死念慮もちの早死希望者らにも。

願えといいつつ滅んでしまえと思っている自分にも。

そしてなにより矛盾を孕む僕自身に。

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