第21話「ひーろーなの?」
「ぐっ!?」
記憶を掘り起そうとした瞬間、電撃を浴びせられたような鋭い頭痛が生じ、思考が吹き飛ばされた。
まるで何かに邪魔されたような、あるいは俺自身が思い出すことを拒否しているかのような、妙な感覚だった。
もう一度記憶を掘り起こそうとするが、そのたびに脳に走る痛みが邪魔をする。
もしやバリアントに何か関係しているのだろうか?
いや、俺は奴らとは決別した。
ならばなぜ俺は思い出せないんだ?
原因はなんだ?
あの頃のトラウマに起因するものなのか?
分からない。気持ちが悪い。
思い出したい。思い出したくない。
思考が混濁している。
「衛士!」
「っ!」
慧斗の呼びかけで俺は目が覚めるように我に返った。
気付けば、俺は自分のこめかみを手で押さえていた。どうやらこの体勢のまま黙してしまっていたらしい。
「なんだ?」
「お前大丈夫か? なんかボーっとしてたぞ。もしかして熱中症か?」
「いや、大丈夫大丈夫。少し疲れただけだよ」
「そうか? ならいいけどさ」
慧斗には心配をかけないよう平静を装い、俺はそれまでの思考を振り払った。
俺がいつから砕華のことを知っていたのかは、分からない。
記憶の欠落の原因も不明だ。
だが、そんなことはもうどうだっていい。
なぜなら俺と砕華は、今日を最後に恋人関係ではなくなるのだから。
「質問は、いつから砕華を狙ってたか、だよな。たしか……うん?」
その時、俺は視界の端に気になるものを捉えた。
目を凝らし、向い側のプールサイドで縮こまっているそれの正体を見極める。
それがシクシク泣いている小さな女の子だということは、すぐに分かった。
「今度はどうした? トイレか?」
「いや、あれ……多分迷子だよな」
女の子の近くには親や兄弟らしき人の姿は見えず、たった一人でいる。
確実に迷子だ。
周囲の人達は水遊びに夢中で気付いていないのか、あるいは見て見ぬふりか、誰もその子に話しかけようとしない。
ならば気付いた俺が行動するべきだ。
「ちょっと行ってくる」
「どこに?」
「あの子を迷子センターに連れて行くよ。慧斗はここで砕華達を待っててくれ」
「ちょ、おい!」
慧斗の声を無視し、俺はプールサイドから滑り込むように入水する。
追及から逃げるかの様に。
女の子の側まで泳ぎ着いた俺はプールサイドに上がり、女の子の隣に座る。
女の子はだいたい五歳に行かないぐらいだろうか。
すると女の子は俺に気付き、ビクッと体を強張らせた。
驚かせてしまったようだ。
「こんにちは。俺は衛士。君は?」
「……カナ」
なるべく優しい声を意識して話しかけると、カナと名乗った女の子は少し戸惑う様子を見せながらも、おずおずと返事をしてくれた。
「カナちゃんか。もしかして、パパやママとはぐれちゃった?」
そう尋ねると、カナちゃんは今にも泣き叫びそうな顔で小さく頷いた。
俺はカナちゃんの頭をそっと撫で、落ち着かせる。
「パパとママに会いたい?」
「うん……」
「じゃあ、俺と一緒にパパとママを探しに行こう」
「でも、どこにいるかわかんない……」
「大丈夫。きっと見つかるよ。俺も手伝うからさ」
笑いかけると、カナちゃんは体を前後に揺らす。
悩んでいるようだ。
ほどなくして、カナちゃんは眉をひそめて俺を見る。
「……ほんとにパパとママ、みつかる?」
「もちろん!」
笑って答えると、カナちゃんは小さく頷いた。
「わかった」
「よし、じゃあまずは……」
俺は周囲を見渡して監視員を探す。迷子センターに連れて行くにしても、その場所を知る必要があるからだ。
もしくは監視員にこの子を任せてもいいが、手伝うと言った手前、出来る限り俺が連れて行ってあげたい。
しきりに辺りを見渡すが、監視員らしき人の姿が見当たらない。
人混みのせいで見つけにくいというのもあるが、監視員も客の対応に追われて付近にはいないのかもしれない。
とりあえず建物を目指してみるか、それか――。
「衛士」
背後から声を掛けられ、振り返る。
そこには見覚えのある小麦色の銀髪ギャルがいた。
「砕華?」
「あれ? スライダーに行ったんじゃ……」
「列並んで待ってたら、その子に声掛ける衛士が見えたからさ」
「それでこっちに来てくれたのか? でも麓山は?」
「千裕には
「アイツ……いや、それぐらいはいいか」
麓山なりに気を回して俺達を二人きりにしてくれたのだろう。
カップル揃って気が利く連中である。
一本と言わず十本ぐらいおごってやる。十倍返しだ。
それはさておき、俺は駆けつけてくれた砕華に礼を言う。
「砕華。来てくれてありがとう」
「ちょ、改まって言われると恥ずいって……つーか、その子どしたん?」
砕華が目を細めてカナちゃんを指さすと、カナちゃんはビクッと小さく震えて俺の影に隠れる。
するとそれを見た砕華は驚いた様な表情を浮かべ、次の瞬間、なぜか額の血管を浮かせて口の端をひくつかせた。
「ちょっとアンタ……それ、アタシのカレシなんですけどぉ……?」
「砕華、落ち着いて。相手は小さな子供だから」
明らかにカナちゃんに対して怒っているので、とりあえず砕華を宥める。
すると砕華はハッと気付いたように目を見開き、途端に顔を赤くした。
「べっ、別に嫉妬とかじゃねーし! 勘違いすんなし!」
そう言って砕華は口を尖らせ、そっぽを向く。
どうやら無意識の発言だったらしい。
ツンデレも持ち合わせてるとか、属性てんこ盛りか?
本当に嫉妬してくれているのだとしたら、こちらも嬉しいような恥ずかしいような、なんとも形容しがたい気分になる。
というかこんな小さな女の子にまで嫉妬するなんて、砕華は意外と嫉妬深い性格なのだろうか。
俺は本物の彼氏ではないというのに。
偽物の恋人関係とはいえ、また新しい一面を見せつけられるとこの関係が今日で終わるというのが惜しく感じてしまう。
もっと彼女のことを近くで見ていたい。そう思ってしまう。
そんな砕華の可愛さをもう少し楽しみたいところだが、今はそうも言っていられない。
「……で? 結局その子なんなの?」
「ああ、実は……」
改めてカナちゃんが迷子であることを砕華に説明すると、砕華は合点がいった様子で数回頷いたあと、小さく肩を落とした。
「なるほどね。やっぱ助けようとしてたわけか」
「え?」
「この前だってそうじゃん。見ず知らずの子を助けてたし。っていうか、なんでそういう子を率先して見つけちゃうわけ? しかもアタシより先に。ヒーローの面目丸つぶれじゃん」
そう言って今度は不貞腐れるように口を尖らせる砕華。
こればっかりは、俺に文句を言われてもどうしようもない。
「そんなこと言われても……っていうか、メテオキックはバリアントと戦うのが役目だろ?」
「そりゃそーだけどっ! でも一般人の衛士が一番に動いて、ヒーローのアタシが黙って見てたらカッコつかないじゃん!」
「だから関係ないんだって。誰かを助けるのにヒーローかどうかなんてさ」
「そうかもしんないけど、アタシは……アタシが……!」
砕華は必死に何かを言葉にしようとして、しかし俯いてしまい、それ以上は言葉を続けなかった。
当てはまる言葉が見つからないのか、あるいは思考の整理が出来ていないのか。
分からないが、言いかけた言葉がなんなのか気になった俺は、砕華に尋ね返そうとする。
――が、その時、カナちゃんが俺の水着の裾を掴んで言った。
「おねーちゃん、ひーろーなの?」
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