第4章 炎天下と可愛い水着ギャルには深刻な眩暈を引き起こす力がある
第19話「トーゼン知ってるっしょ?」
気がつくと俺は、真っ暗な空間で地面に這いつくばっていた。
手足と体には氷に触れているかのように冷たい感覚が伝わって来る。
意識はなんとも朧気で、まるで自分の体ではないようだ。
『この役立たずがッ!』
聞き覚えのある怒号が鼓膜を揺らす。
『貴様の役割は何だ! 破壊だ! 全てを破壊しろ! でなければ貴様はゴミだ!』
『いつまで本能に抗うつもりだ! このクズが!』
次々と浴びせられる罵声に、拒否反応で体が震えるのを感じる。
今すぐこの場から逃げ出したいのに、体は自由に動かない。
声の主の姿はぼやけていて、輪郭しか見えない。
だが、俺はこの声の主を知っている。
二度と思い出したくない記憶。
俺のトラウマそのもの。
『貴様は獣だ! 貴様の脆弱な意思など不要だ! 己の機能に従事しろ!』
やめろ。
いやだ。
俺はもう獣じゃない。
俺は俺のために生きたいんだ。
戦うのはもう嫌だ。
誰かを傷付けるのは、もう嫌なんだ。
『貴様は道具だ! 私が作った私の道具だ! 私のために戦え!』
やめろ。
やめろ。
やめろ。
『貴様はビースト! 人類の敵!』
やめろッ!
『バリアンビーストだ!!』
「やめろッ!」
次の瞬間、黒い空間と影は消え去り、朝陽が射し込む薄暗い部屋の天井が目に映った。
うつ伏せに這いつくばっていたはずが、いつの間にか仰向けに寝そべっており、背中には布団の柔らかい感触がある。
全身は汗でびっしょり、濡れた衣服の感触が少し気持ち悪い。
俺は自分の叫び声で意識を覚醒し、眠りから目覚めたのだと理解した。
「……また、か」
どうやら忌々しい夢を見ていたらしい。
もう何度目だろうか。
組織を抜け出してからしばらく経つというのに、俺は未だに縛られている。
過去に苛まれ続けている。
ふと布団の右側に置いてあるはずの目覚まし時計に視線をやれば、粉々に砕かれていた。
それも、白い翼の装飾を施した籠手を纏う、俺の右拳によって。
捨てたはずのバリアンビーストとしての自分は、未だに俺の中にいる。
苦々しい記憶をすり潰すように奥歯を噛みしめてから、すぐさま籠手を消して人間の腕に戻す。
「新しいの買わなきゃな……」
砕いたのがスマホじゃなくて良かった。
至極冷静にそう思いながら、俺はスマホで時刻を確認する。
午前六時半。日付は八月十五日。
俺はむくりと起き上がり、ベタつく体を洗い流すために風呂場へ向かう。
まだ家を出るまでには時間に余裕があるものの、早めに行動を開始しよう。
なにせ、今日は決戦の日。
この夏休みにおいて最も大事な日。
約束の「Wデート」当日なのだから。
* * *
「暑いな……」
「ああ。こりゃ数時間後には全身真っ黒だな」
「ちゃんと日焼け止め塗ったか?」
「万全だ。塗ったのはサンオイルだけどな」
「焼く気満々じゃねーか」
グーサインを作る
燦々と照りつける太陽の下、俺達は日陰に避難することもなく【よみきりパーク】のプールサイドで横に並んで立ち尽くしていた。
大半の水着の老若男女が水遊びに賑わう一方で、額から汗が滴り落ちることも構わず腕を組んで仁王立ちし、更衣室の出口をじっと眺める男子二人。すなわち俺たち。
はっきり言って、怪しい目で見られてもおかしくはない。
ならばなぜ炎天に晒されているのかというと、待ち合わせ場所を「プールサイド」にしたせいで、俺達自身が目印にならなければならないからだ。
しかし、さすがに五分も立ち尽くしていると慧斗がしびれを切らした。
「女子たち、遅いな……」
「仕方ないだろ。俺たちと違って着替えに時間がかかるんだから」
「それにしても遅くないか? もしかして水着忘れたか?」
「さすがにそれはないって。新しいの買ってたし」
「お? その言い草だと、本当にカノジョ連れて来てるんだな」
「当たり前だ。約束したしな。っていうか信じてなかったのか?」
「いやぁ、『会った時のお楽しみ』なんて言ってもったいぶるから、実は
「さすがにそこまで向こう見ずじゃねーよ! 折角だから驚かせてやろうと思っただけだ」
「なぁんだ。衛士のナンパも少し期待していたのに」
「おい」
「冗談だ」
慧斗の軽口を咎めつつ、それ以上は砕華のことを口にしない。
もったいぶっているのは、単純に慧斗達の驚く顔が見たいからだ。
「でも秘密にするってことは、もしかして俺達が知ってるやつなのか?」
「会えば分かるよ。とりあえず宣言通り可愛いことは保証する」
「あ、こりゃ確実に知ってる人間だな。でもクラスメイトの女子は――はっ!? もしかして」
なにやら慧斗が閃いた様子で、こちらを怪訝そうに見る。
嫌な予感がする。
「衛士、お前、最近女子から距離を置かれてるからって同性に傾くのは早計じゃ……」
「なんでそうなるんだよ!? ちゃんと異性だよ! 女の子だよ!」
「自分の気持ちに素直でいいんだぞ? そんなお前も俺は好きだからな。もちろん友人として」
「誤解を生む言い方はやめろや! もう口閉じて待ってろ!」
「はいはい」
笑いながら肩をすくめる慧斗に、俺はため息をつく。
こういういじりも、気の合う友人同士ゆえだ。
さすがにあらぬ誤解は正すが。
「男子ども~! おまたせ~!」
他愛ない話をしていると、ほどなくして茶髪のポニテ女子が駆け寄って来た。
オレンジの布地に色鮮やかな花柄を散りばめた、彼女らしい華やかな水着を着ている。
「よお、遅かったな……ってあれ?」
そして慧斗は、麓山の後ろを歩く銀髪の褐色ギャルが一人いることに気付いた。
「綺羅星さんじゃん。なんでここに?」
そう、砕華である。
今日の参加メンバーには含まれていないから、慧斗が不思議そうな表情を浮かべているのは無理もない。
それに慧斗は俺の彼女が砕華だなんて、一ミリも想像もしていないのだろう。
「そうなんだよ~! 更衣室でバッタリ! 偶然! ねっ、キラっち~!」
「ちょ、千裕。近すぎだし」
抱きつく麓山の距離感に砕華は少し戸惑いつつも、どこか嬉しそうにしている。
もうあだ名と呼び捨てで呼び合っているところを見るに、どうやら更衣室で意気投合し、そのまま連れて来られたようだ。
おそらく俺達のことも話したのだろう。
ふと砕華が俺の方を見て、スタスタとこちらに近寄って来る。
「どう、衛士? バッチリ似合ってるっしょ」
そう言って砕華はいたずらっぽい笑みを作ると、腰に手を当てて胸を張り、ワガママな肢体を惜しげもなく見せつける。
砕華が選んだ水着は、黒のビキニだった。
可愛さと大人っぽさを併せ持ち、やはり銀の髪と小麦色の肌によく合っている。
極上に可愛い存在を前にして、どうしようもなく胸が高鳴る。
眩暈さえ引き起こしそうだ。
その感覚に身を任せていると、自然と俺の口が動いた。
「すごく似合ってるよ、砕華。黒もいいね」
「……ありがとっ」
素直に感想を告げると砕華は照れ臭くなったのか、頬を赤く染め、ぷいっと顔を背けた。
可愛い。
「え? おい衛士、お前の彼女ってまさか」
ようやく状況を理解した慧斗が、面白いぐらいに目を白黒させている。
そんな慧斗に、俺は得意げに口を歪めて見せた。
「ああ、紹介するよ。俺の彼女の……」
「綺羅星 砕華。トーゼン知ってるっしょ? ヨロシク」
そう言って砕華は俺と手を繋ぎながらニッと笑い、小さく手を振る。
直後、一人の男の叫びがプールサイドに木霊したのは、言うまでもない。
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