第2章 ヒーローがヒーローやってる理由はだいたい私情

第7話「パパが嫌いだから」


 バリアンビーストの襲撃から、すでに一時間が経った。


 逃げる様にして教室を離れた俺達は、そのままファミレスで少し早めの夕食を取っている。

 放課後に友人とファミレスで駄弁るというシチュエーションは今まで幾度となく経験してきたし、最近はようやく家族連れや主婦たちの喋り声が生み出す店内の騒がしさにも慣れきたところだった。


 しかし、今日は違う。

 目の前にいるのは友達ではなく彼女(仮)である。


 ついさっきまで綺羅星のことはよく知らなかったが、メテオキックの秘密を握ってしまったがためにここぞとばかりに恋人関係を要求してしまい、あろうことかそれが通ってしまった。そんな奇妙な関係だ。

 落ち着いて考えれば、なんて早まったことをしてまったのかと己の行動を恥じるばかり。

 なぜ俺はいつも後先考えず行動してしまうのだろう。


 現実から逃避すべく、俺は注文した冷麺を黙々とすする。


「天下原」


 ところが、綺羅星の呼びかけによって即座に現実へと引き戻され俺は、冷たい麺をすすっていた箸を止める。


「なに?」


「ぶっちゃけ……恋人ってなにすればいいワケ?」


 俺達の席だけが、奇妙な沈黙に包まれる。

 それは彼女の問いに対する答えを、俺が持ち合わせていないからだ。


 なぜなら俺は――。


「わからん。彼女いたことないし」


 彼女いない歴=年齢の男だからである!


 自分で言ってて悲しくなってきた。

 いや、居なかったのは仕方ない。ずっと相手を探せる環境じゃなかったし。

 そもそもそういうことを考えてこなかったし。

 別に言い訳ではない。決して。


 すると俺の返答に、綺羅星は「へぇ」と驚いた様な表情を浮かべた。


「意外だね。アンタ、モテそうなのに」


「慧斗達にも言われたな。っていうか、それを言うなら綺羅星の方こそ」


「アタシ?」


「超モテてるだろ?」


「ないない。時々ナンパされることはあるけど、そういうのキョーミ無いし」


「え、ギャルなのに?」


「ギャルだけど? ギャルだけど恋愛経験無くてなんかワルい?」


「いや、そういうわけじゃ……じゃあ中学の時は?」


「ないって。そもそもアタシ、中学行ってないし」


「え?」


 さらっとすごいことを言われた。

 たしか中学校までは義務教育だったはずだが、それに通っていないとはいったい。

 メテオキックの活動が原因だろうか?


 いや、メテオキックが現れたのは今から二年ほど前だ。少し時期が合わない。

 首を傾げていると、それに気付いた綺羅星が小さく笑う。


「ゴメンゴメン、説明不足だったわ。中学の勉強は全部やって、ちゃんと義務教育も終えてるし。通信教育ってやつ。あ、別にバックレとか引きこもりとかじゃないからね? 本当は学校に行きたかったけど、パパが許してくんなかったから」


「あのパパ、か。それって、綺羅星の力のことが関係してるのか? メテオキックの……」


「多分そんな感じだと思う。あの人が実際に何考えてたのかは知らんけどね」


 綺羅星はジュースのストローを噛み、視線を彼方にやる。

 当時のことを思い出しているのかもしれない。


 綺羅星はあの時、スペクター・バリアントのことを間違いなく「パパ」と呼んでいた。

 人々を脅かすバリアントの総帥が父親で、それを倒すヒーローがその実の娘。

 そんな構図をいったい誰が想像しただろうか?

 目の前で実際に聞いた身でも、未だに信じられない。


 だが綺羅星と関わっていく以上、スルー出来ない話であることは間違いない。

 どうやら俺には恋人関係について考えるよりも、先に知るべきことがありそうだ。


「なあ、綺羅星」


「なん?」


「俺達クラスメイトだけど、お互いのことはあまり知らないだろ? そんな間柄じゃ、恋人どころか友人だって言われても疑われるかもしれない」


「まあ実際、友達って言えるかどうかビミョーではあったし」


「だからさ、ここで互いに自分のことを話さないか? 相手のことを知ればより接しやすくなるし、恋人のフリをする際にも考えやすくなると思うんだ」


「あんだけとんでもない要求したのに、なんかスゴイ真っ当なこと言ってる」


「そのことは一旦置いておいてくれ……で、とりあえず俺は綺羅星とバリアントの関係について知りたい。もちろん、綺羅星が話したくなければ話さなくていいけど」


「うーん」


 俺の提案を聞いた綺羅星は、顎に手を当てて眉をひそめた。

 おそらくバリアントとの関係は綺羅星の中で最も大きな秘密だろう。

 普通なら絶対に話したくないはずだ。


 しかし俺は当事者としてあの場に居合わせ、彼女とスペクター・バリアントとのやりとりを聞いてしまっている。

 それは綺羅星も理解していて、つまり俺は何も知らないわけではない。

 その事実があれば話しやすいはず。そう期待しての提案だ。


「……ま、メテオキックのことも知られちゃってるし、今更隠してもしょーがないか」


 しばらくして、綺羅星は諦めたように小さく息を吐いてから言った。


「いいよ。話したげる。その代わりゼッタイ内緒! わかった?」


「もちろん。彼女の秘密を他人に話すほど、俺は薄情じゃないよ」


「カッコカリ、ね。つっても、どっから話そっかなぁ……逆に聞きたいことある?」


 自分の過去を話すのが気恥ずかしくなったのか、綺羅星は俺に質問の権を投げて来た。

 質問されたことだけ答えれば、余計な事を話すこともないと思ったのだろう。それは俺としてもありがたい。


「それじゃあ、スペクター・バリアントとの関係について」


「あー、やっぱそこ気になるよねー。ま、そこ話せば後が楽だからいいケド」


「ってことは、やっぱりスペクター・バリアントは、本当に綺羅星の……」


 言葉を濁しつつ尋ねると、綺羅星は軽く頷いた。


「そ。スペクター・バリアントは、アタシのパパ。東京の敵のボス。で、アタシはその娘ってわけ」


 やはり、あれは聞き間違いではなかったらしい。


「どうして、その……今みたいな関係に?」


「んー、正直アタシにもよくわかんない」


「分からない?」


 俺が首を傾げると、綺羅星は困った様に頬を掻く。


「アタシ、一昨年まではパパのところにいたんだよね。でも気付いたらママに連れられてバリアント対策本部にいて、気付いたらメテオキックとしてヒーロー活動してた」


「ちょっと待ってくれ。お母さんもバリアントにいたのか?」


「うん。でも今は対策本部のエライ人やってる」


「お父さんがスペクター・バリアントで、お母さんがバリアント対策本部の幹部? え、どういうこと?」


「だから分かんないんだってば。ママは詳しいこと教えてくんないし。ただパパを止められるのはアタシだけだから、メテオキックになってヒーロー活動してって頼まれた。まあアタシもパパが誰かを傷付けるのは見逃せないし? しょうがないからやるか~って感じ」


「ノリ軽っ」


 いや、案外ヒーローになるきっかけってその場のノリや勢いなのかもしれない。

 とはいえ、かなり衝撃的な事実を知ることが出来た。


 綺羅星の父親はスペクター・バリアントの総帥。

 対して、母親はバリアンビーストの脅威に対抗するために設立された【バリアント対策本部】の幹部。

 まさか両親が互いに敵対する立場にいるとは、なんとも混沌とした状況である。


 いったい何があってそのような関係に至ったのかは気になるところではあるが、その理由は綺羅星も知らないらしい。

 しかも綺羅星の言動から察するに、メテオキックとしてのヒーロー活動は父親を止めるという名目のみで行なっているようだ。


 だが、本当にそれだけなのだろうか?


 綺羅星が秘密を抱えているというより、娘をヒーローにした母親になにか思惑があるような、そんな気がしてならない。

 もちろんただの推測なので、確証はない。分かったことも多いようで少ない。


 ただ一つはっきりとしているのは、人々に牙を剥くバリアンビーストは全て目の前のJKギャルが片付けているということ。

 俺と同年代の少女が自らの父親に歯向かい、その身ひとつで東京の平和を守っているというのだ。


 感心の眼差しで綺羅星を見ていると、視線に気付いた綺羅星が目を細める。


「……なにジロジロ見てんの?」


「あ、ごめん。綺羅星はすごいなと思って」


「ちょっ、はぁ? いきなりなんだし」


「自分の父親に歯向かってでも東京の人達を守ってるなんて、すごく立派だよ。普通の高校生にはそんなこと出来ない」


 そう言うと、綺羅星はどこかバツが悪そうに視線を逸らした。


「別に、立派なんかじゃないし……メテオキックのことは、ただママから頼まれただけ。人を守りたいとか、東京の平和のためとか、アタシはそんなこと考えてないし」


「それじゃ、綺羅星はお母さんのためにバリアンビーストと戦っているのか?」


「まあ半分正解かなー」


「半分? もう半分は?」


 そう聞いた瞬間、綺羅星の眉がピクッと跳ねた。


「パパが嫌いだから」


 綺羅星はなんとも憎々しげに、吐き捨てるように言った。

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