第5話「アタシ言ったよね?」
「本気完了」
メテオキックがブレスレットを叩くと、その全身を眩い光が包み込む。
瞬きの間に大柄なヒーローの姿が透過するように消失し、代わりに綺羅星の姿が再び現れた。変身を解いたようだ。
見た感じ、あのブレスレットが
綺羅星は静かに佇み、バリアンビーストの残骸をじっと見つめている。
目の前で起きた光景が現実離れし過ぎて俺は思わず呆気に取られていたが、綺羅星の姿が目に入った途端に我を取り戻し、現実を受け入れ始める。
スーパーヒーロー・メテオキックの正体は、隣の席の女子高生ギャル・綺羅星砕華だった。
これが現実であり真実だ。
一旦ありのまま受け入れるが、なおのこと頭が混乱してきた。
なぜ女子高生がスーパーヒーローをやっているんだ?
あの超人的パワーはどうやっているんだ?
まったくわからない。
あてもなく彷徨う俺の視線は、自然と綺羅星へ向かう。
綺羅星は先程から静かに佇んだままで、それが逆に怖い。
少し心配になった俺は、とりあえず綺羅星と話そうと決める。
「綺羅星――」
「あーもうっ! めっちゃ靴汚れたし! マジサイアクなんですけどっ!」
途端、綺羅星はしきりに足を振り、靴に付着したバリアンビーストの青色の血を懸命に払う。
どうやら心配する必要はなさそうだ。内心で苦笑いしつつ、俺は目の前で起こったことが現実だったことを今一度実感する。
さて、なにから聞けばいいか。
いや、そもそも聞いていいのだろうか?
どう行動することが正解なのか必死に考えていると、ふと妙な音が耳に入って来る。
それはモーターの駆動音に似ていて、破壊された窓の方から接近していると分かった。
音はすぐさま大きくなり、同時に小さなものが教室に侵入する。
音の正体は、ドローンのような球体の機械だった。
俺はその機械にどこか見覚えがあった。
侵入してきたドローンはバリアンビーストの残骸にカメラのレンズを向けた後、こちらに向いて機械音声を響かせる。
『よくも私のビーストを粉砕してくれたな、メテオキック!』
瞬間、俺の体がぞくりと震える。
それは脳に刷り込まれた恐怖。
脅威を前にして慄く生物としての本能の表れ。
二度と会いたくない人物の声に、俺の体が逃走しろと必死に訴えているのだ。
そして声の正体がホログラムとして投影される。
現れたのは、人間と甲虫を混ぜた様なフォルムの黒い鎧を纏う人型。
頭部はスズメバチの顔の様な造形の黒いマスクで覆われている。
俺の予感は当たっていた。
でも当たってほしくはなかった。
「ス、スペクター・バリアント……!」
バリアントの総帥。
人類の脅威を生み出す者。
全ての元凶。
東京の敵。
その名を《スペクター・バリアント》――すなわちバリアンビースト達の親玉が、俺達の前に姿を現したのだ。
俺はこの男の姿を目にした瞬間、腰が抜けてその場にへたり込んでいた。
もう二度と会いたくないと願っていた存在を前に思考をかき乱され、体の自由が利かないのだ。
当然、奴がこの場に現れた理由はメテオキックが目的だからだろう。
バリアンビーストが現れた理由も、おそらくメテオキックに奇襲を仕掛けるためだ。
だから俺など眼中にないはずだ。
はずだというのに、どうしても漆黒のマスクの向こうからこちらを凝視している様に感じてしまい、俺は蛇に睨まれた蛙と化していた。
辛うじて目だけは自由に動き、俺はすぐそばに立つ綺羅星を見やる。
奴らの天敵たるメテオキックこと綺羅星は、俺と違って無言でホログラムを睨んでいる。
放たれる雰囲気は非常に重々しく、威圧感は先程の比ではない。
俺は直感した。
綺羅星は怒っていると。
『だが次も同じように行くとは大間違いだ! 次こそ我がビースト達が、お前を蹂躙してくれる! ハハハハハ!』
「ねえ」
『うん? なん――』
「アタシ言ったよね? 学校には絶対来んなって。なんで約束破った? ん?」
綺羅星はホログラムのスペクター・バリアントの目前まで近付き、投影しているドローンを右手で鷲掴みしながらスペクターを睨みつけた。
額の血管を浮かせ、限界まで目を見開いて睨むその形相は、まさしく鬼。
そして睨まれているスペクターもホログラム越しに綺羅星の凄味を感じているのか、ひどくたじろいでいる。
『あ、いや、その、いつもの場所に来ないから、どうしたのかなーって心配になって』
「ねえ、アタシが一度でもドタキャンしたことある? あんなら言ってみなよ。 いつ? どこで? 何時何分何十秒? ねえ教えてよ」
『ご、ごめんなさい……』
「はぁ。あのさぁ、誰がアンタらの後片付けをしてるか分かってる? ママの苦労考えたことある? 外ならともかく、屋内の掃除ってめっちゃ大変なんだよ? 分かる?」
『ごめんなさい……』
俺は、目の前の光景が信じられなかった。
あのスペクター・バリアントが、宿敵であるはずの綺羅星に必死に頭を下げているのだ。
まるで何度も話したことがある知人の仲、いや、それ以上に親密な間柄に見える。
綺羅星は深く溜息をつき、ドローンから手を放す。
「次やったら二度と口きかないからね、パパ」
今、なんと言った?
聞き間違いでなければ「パパ」と言ったか?
『も、もうしない! 約束する! だからそんなこと言わないでくれよぉ~!』
「あーもう分かったから! ホントウザイ!」
綺羅星はスペクター・バリアントの懇願を心底嫌そうにあしらう。
スペクター・バリアントの方も、綺羅星からパパと呼ばれたことを否定さえしない。むしろそれが当たり前のような振る舞いだ。
衝撃的発言の連続で、俺の頭がどうにかなりそうだ。
「終わったんだから早く帰れ!」
『ああ、そうだったそうだった。オホン! また会おう、メテオキック!』
「アー、ハイハイ。バイバイマタネー」
『あの、さいちゃん? 一応、ヒーローっぽいセリフで締めてくれると嬉しいかな~、なんて』
「とっとと帰れ」
『アッハイ』
綺羅星の一声により、ドローンはすぐさま逃げる様にして窓から出ていく。
瞬間、ホログラムのスペクター・バリアントと一瞬目が合った気がした。
俺は息を飲むが、特に何かを言われることもなく、ドローンはホログラムを消して夕空へ消えていった。
落ち着いたことで、俺は改めてこの数分の異常な出来事を思い出す。
バリアンビーストの襲撃。
綺羅星とメテオキックの正体。
彼女とスペクター・バリアントとの関係。
色々理解が追い付かないことが多すぎて頭が混乱している。
「天下原、大丈夫? 立てる? もしかして、さっきので頭打った?」
綺羅星が心配そうに俺の顔を覗き込んで来る。
彼女の雰囲気はいつもの調子に戻っていた。
「あ、いや、大丈夫。自分で立てるよ」
「そっか」
座り込んでいたのは綺羅星が投げ飛ばしたせいではないので、すぐさま立ち上がって平気なことを示す。
改めて、俺は綺羅星を見やった。
夕陽に照らされた白銀の髪が煌めき、初夏香る風が薙ぐ。
幻想的にも見える綺羅星の姿をじっと見ていると、俺の視線から逃げるように綺羅星はさっと俯いた。
が、綺羅星はすぐに顔を上げ、目線を泳がせつつ口を開く。
「天下原。さっきは、その……ありがと」
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