第3話「メテオキックって知ってる?」
「よっす。つーか驚きすぎだし」
それが隣の席に座る小麦色の肌の少女の名だ。
クラスどころか、学年で一番可愛いともっぱら噂の綺羅星。
しかし珍しい銀色の髪や明らかにギャルっぽい外見、そして普段から口数が少ないことなどが相まって、周囲からは近寄りがたい人物だと思われている。
少し浮いていると言っていいかもしれない。
実際、俺が綺羅星と隣の席になって何度か話をした際、彼女は必要以上に人と話さないようにしている節があった。
それでもたまに俺から話しかけてみると、綺羅星は無視せずちゃんと会話してくれるので、話すのが苦手というわけではないようだった。
ただ、綺羅星から俺に話しかけて来たことはこれまで一度もなかった。
何度か視線を感じることがあった程度だろうか。
だから綺羅星から初めて声を掛けられた俺は、驚きと緊張で鼓動の高鳴りが収まらなかった。
「ってか、なんで『さん』付け? いつも呼び捨てじゃん」
「……咄嗟だったから?」
「意味わかんないし。で、どしたん? 一人でうんうん唸って」
「あー、思春期特有の発作みたいな」
「え。天下原、病気なん? 大丈夫そ?」
「いや、そのまんまの意味じゃなくて。比喩表現ってやつ」
「ふーん。よくわかんないや。そんなことよりさ」
「そんなことって」
薄々気付いてはいたことだが、綺羅星はけっこう我を通すタイプだ。
自分は自分、他人は他人。
そんな空気を感じることが多々あったので、若干戸惑いつつもあまり気にせず綺羅星の言葉に耳を傾ける。
「前から気になってたんだけど、なんで掃除の手伝いなんてやってんの? 今日もそれで残ってんしょ?」
「なんでって言われても……掃除ってけっこう大変だから、少しでも係の人の手助けが出来ればいいなって」
「それって、天下原はなんか得すんの?」
「得? いや別に」
「じゃあなんで?」
「うーん。そういう性分だから、かな」
誰かの助けになりたいと思うこと、そして行動することは、俺にとって当たり前だった。
「なんで」とかは考えたことがない。
見返りを求めたこともない。
もはや抗えない本能と同じ。
そう行動することが俺の性分なのだ。
それに、この性分は人として間違っていないはずだと理解している。
なぜなら人間は生まれながらにして『善性』を持っているはずなのだから。
「アンタってよく分かんないね」
「そ、そう……」
「うん。だからさ、教えてほしいことがあんだ」
「教えてほしいこと?」
「アンタのこと」
ドクン、と心臓の鼓動が大きくなるのを感じた。
ふと俺は自分が置かれている状況の重大さに気が付いた。
放課後。
誰もいない教室。
二人きりの男子と女子。
そこまで思考した俺は一つの可能性に行き着いた。
そう、告白である。
放課後イベントのド定番であり、誰もが一度は体験してみたいと言われるシチュエーション。
すなわち「愛の告白」の可能性だ。
もしも、もしも度々俺に向けられていた綺羅星の視線が、俺に対する好意に起因しているとしたら――。
そう考えるだけで胸が高鳴る。
慧斗達と約束してから半日と経たず、俺に可愛い彼女が出来るかもしれないからだ。
いや、まだ告白と決まったわけじゃない。あまり期待し過ぎると痛い目を見る。
それでも心臓の鼓動は段々と速くなっていく。
ふと綺羅星の顔を見やれば、心なしか頬を赤らめているようにも見える。
やはり告白かもしれない。
いやこれ告白でしょ。
俺の中で予感だったものが徐々に確信へと変化していく。
そして俺が聞き返す前に、綺羅星が続ける。
「天下原はさ」
「お、おう」
「メテオキックって知ってる?」
「お、おう……え、メテオキック? ヒーローの? そりゃあ知ってるけど」
期待と予想に反する質問内容に、俺は困惑を隠せなかった。
【メテオキック】――それは東京の守護者。
人類の脅威【バリアント】を撃滅する最強の個人。
戦闘機の如く縦横無尽に大空を飛び回り、バリアントの斥候たる【バリアンビースト】たちを一撃で葬る、唯一無二のスーパーヒーローだ。
実在する本物の超人であり、この東京でメテオキックを知らない人間はいない。
幼稚園児だって知っているぐらいの常識だ。
綺羅星はいったいどういう意図で、この質問をしたのだろうか?
「天下原は、メテオキックのことどう思う?」
「どう、って言われてもな。もしかして綺羅星ってメテオキックのファン? 意外だ」
「アタシのことはいいから。アンタがどう思ってるか聞かせてよ」
「俺かぁ。うーん」
何度か実物を見たことはあったし、尋常ではないその強さには多少の興味がある。
だがメテオキックについて深く考えたことはない。
なぜなら彼のことで頭をいっぱいにしたところで、俺には無意味なことだからだ。
ただし、俺は彼の意外な一面を知っている。
「
「言うなら?」
「見た目に反して意外と女子っぽい、かな」
「!」
実は以前、四鷹駅の近くでメテオキックがパフェを食べている姿を見かけたことがあったのだ。
きっとひと仕事終えた後だったのだろう。
身長二メートルを超えるゴリゴリマッチョマンが小さなパフェをスプーンで掬って一口ずつ食べる姿は、なんともおかしくて可愛らしいギャップだった。
加えて昼に読んだネットニュースの記事の内容が、妙に女性っぽかったことも思い出した。というかもはや女子だった。
なので俺がメテオキックに対して抱く印象というのは、そんなところだ。
これで満足してくれるだろうと思い綺羅星の様子を窺えば、俺は思わずギョッとした。
なぜなら、綺羅星が纏う雰囲気が非常にとげとげしいものへと変わっていたからだ。
例えて言うなら、縄張りに侵入した他の動物を威嚇する猛獣。
それぐらい警戒されている。今までこんな綺羅星は見たことが無かった。
考えられる原因は間違いなく俺の回答だが、なにが気に障ったのか分からない。
「えっと、綺羅星なんか怒ってる? あの、俺なんかまずいこと言った?」
「天下原。マジメに聞くから答えて」
「え? あ、はい」
「アンタって、もしかして――」
綺羅星の刺々しい雰囲気を感じ、冷や汗が背中を伝う。
もしかしたら、アンチ・メテオキックだと思われたのかもしれない。
綺羅星がメテオキックの男らしいたくましさに惚れたファンなら、今の発言で怒るのも無理はない。
実際、前はアンチと言ってもおかしくない立場ではあった。
しかし今はもう違うし、その立場に戻るつもりもない。
どう弁明しようか思考を巡らせていると、ふと視界の端に妙なものが映る。
窓の向こう、学校から五〇メートル離れた空中に、飛行する黒い影が見えたのだ。
それは段々と大きくなっていて、遠近法で大きさが変わっていることに気付く。
つまり黒い影は真っ直ぐこの教室へ向かって来ていて、このままだと綺羅星にぶつかる――。
刹那、俺は綺羅星の体を強く引き寄せていた。
「危ない!」
「え? きゃっ!?」
綺羅星を抱えて床に伏せた直後、壮大な破壊音と共に教室の窓ガラスを割りながら、大柄な何かが教室へ飛び込んできた。
教室に侵入した何かは伏せた俺達の上を掠めて行き、そのまま割れたガラスが俺達に降り注ぐ。
幸いにも、粉々になってくれたおかげで大きな破片は降って来なかった。
だが異常事態には変わりなく、焦りつつも綺羅星の安否を確認する。
「やばいやばいやばい! 綺羅星、大丈夫か! ケガ無いか!?」
「う、うん。アタシは大丈夫」
「よかった! いったい何が……!」
ガラス片を払い、体を起こして教室を見渡す。
そこには異様な存在がいた。
全長三メートルを超え、教室の天井に届きそうなほどの大きな体躯。
皮膜で覆われた一対の真っ赤な翼を背中に生やし、存在を誇示するが如く広げている。
人型に近いシルエットをしているが、両手足は長く先端には刀剣の如く鋭い爪が見える。
尻からは爬虫類の様な太くて長い尾を生やし、頭は猛禽類の様に獰猛な鳥の形をしていた。
人間とは言い難く、しかし獣にしては歪で、どんな獣よりも凶悪な存在。
人に害を成すための形を持つものだ。
『クゥルルルルァァーーッ!』
教室に現れたのは、鳥人型のバリアンビーストだった――。
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