となりのヒーローギャル ~元・怪人の俺が最強ヒーローのJKギャルと恋人に!?~

天野維人

第1部 メテオキックは砕かない

序章 ヒーローの秘密を握ったらやることはひとつ

第0話「彼女(仮)になってくださいッ!!」


『バリアンビースト! 貴様ら害獣は、私が粉砕してやる!』


 屈強な男の雄々しき口上が、俺のスマホから鳴り響いた。

 その声の主は、今をときめくスーパーヒーロー【メテオキック】のものだ。


 東京の守護者にして史上最強の個人。

 コミックや特撮の中の存在ではなく、実在する本物のヒーローだ。


 最高時速二〇万キロで天空を飛翔し、スーパーマン顔負けの超パワーを武器に怪物【バリアンビースト】を一撃粉砕する、超人の中の超人。

 背丈は二メートルを優に超え、頭にバイザー付きのヘルメットと全身にプロテクターを纏う、ムキムキマッチョマンである。


 そんな誰もが認める最強のヒーローが、まさか、まさか――。


「まさかメテオキックが、JKギャルだったなんてなぁ。なぁ、綺羅星きらぼしさん?」


「……ッ」


 わざとらしく呟くと、眼前に立つ銀髪の少女が藍色の瞳でこちらを睨んだ。


 割れた窓から教室に差し込む茜色を浴びた綺羅星の白銀の長髪は、輝く稲穂の如くきらきらと揺れていて、とても幻想的だ。

 小麦色の肌の小さな顔には長いまつ毛を飾る大きな目や小さな鼻、そしてぷっくりと膨らんだ唇が配置されている。

 上気した頬は可愛らしくて、どこか色っぽい。


 逆に、両の耳にはやんちゃさの象徴である銀のピアスが二つ見え、そのまま視線を下げていくと薄手のカーディガンを押し上げる二つの大きな房が目立つ。

 そのせいか、ぱっと見だと胴回りは太く見えるが、顔や腕の細さからして実際の中身はかなり引き締まっているはずだ。


 他の女子生徒より丈が五センチは短いスカートから覗く脚は、太過ぎず細過ぎない、浅黒くて健康的な美脚。

 どこかのギャル系ファッション雑誌の一面を飾っていてもおかしくない抜群のプロポーションだ。


 しかし、教室の床に散らばる窓ガラスとバリアンビーストの残骸が、俺を現実に引き戻す。見た目に騙されてはいけない。




 彼女――綺羅星きらぼし 砕華さいかは、怪人を一撃で粉砕する「最強のヒーロー」なのだから。




「綺羅星がスーパーヒーローやってたなんて、そりゃ誰も思いつかないよな」


 俺は先ほどスマホで撮影した映像と綺羅星を見比べ、そのかけ離れた姿と見事な変身に感心する。

 つい先程までゴリゴリマッチョマンに変身して異形の獣達を蹴り潰していたとは到底思えないが、それがJKギャルの綺羅星の正体なのだ。だれが想像しようものか。


 そして、俺はそんな彼女を脅迫している。

 まだはっきりと言葉にはしていないが、綺羅星は俺の意図をなんとなく察しただろう。

 二人しかいない教室の空気が、徐々に張り詰めていく。


 そうして互いに無言の時間が続いたが、耐えられなくなった綺羅星が先に口を開いた。


「……い」


「え?」


「おねがい。誰にも言わないで。なんでもするから……」


 綺羅星は鋭い目つきから一転、両眉を下げて目尻に涙を浮かべながら、絞り出すようにそう言った。

 俺は心の中でガッツポーズを作る。


 ヒーローの正体、それは誰にも知られてはならない。

 知られればメディアが自宅に押し掛けたり、大事な人を犯罪者に狙われたり。

 理由は様々だが、それらを防ぐ為に身分を隠して活動する。


 それがヒーローのお決まりというやつだ。

 メテオキックもこの例に漏れないのだろう。


 こちらの出方によっては、秘密を守るために強硬手段に出ることもあり得たはず。

 にも関わらず、彼女は真摯に頼み込んできた。

 どうやら彼女の中には、秘密を守るために一般人を傷つけるという考えは存在しないらしい。

 まさしくヒーローと言える精神性である。


 だが、俺はその言葉こそ待っていた。


「なんでも? 今、なんでもって言ったよな?」


「っ! あ、えっと」


 綺羅星は「しまった」という表情を浮かべ、咄嗟に手で口をふさぐ。だがもう遅い。

 そうだ。今、お前の想像した通りだ。

 弱みを握った女子に対して、年頃の男子が何をさせるものなのか……。


 自分で言うのもなんだが、俺は虫も殺せないほど穏やかな男と友達から称されている。

 挙句「いい人すぎてチャンスを逃してる」なんて言われるくらいだが、千載一遇のチャンスをみすみす逃すほど甘い人間でもない。


 なぜなら、俺の「命」が懸かっているのだから。


「綺羅星ィ……お前はァ……俺のォ……!」


「ちょ、うそっ! ま、待って! なんでもとは言ったけど、え、えっちなのは、そのっ」


 これからどんなことを言われるのか、その不安で綺羅星は顔を青くして数歩後退りする。

 乙女らしさが垣間見える弱々しい仕草に少しばかり決意が揺らぐが、ここは思い切りが大事だと思い直す。


 俺は目を見開き、声を張れるように姿勢を正した。

 そして広げた右手を天へ向かってピンと伸ばし、そのまま綺羅星の方へ勢いよく腰を九〇度曲げて――。


「俺の『彼女』になってくださいッ!」


 懇切丁寧にお願いした。


「せめて恋人になってから!……って、え? カ、カノジョ?」


「そう彼女! あ、違う! 正確には……」


 興奮気味で言い方を間違えてしまった。慌てて言い直す。


「彼女(仮)になってくださいッ!!」


「は?」


 俺は顔を上げ、可能な限り満面の笑みを綺羅星に向けながら改めてそう言った。

 綺羅星の顔には不安と困惑が混ざった、なんとも言えないものが現れている。


 窓ガラス全壊の茜射す教室には、相変わらずバリアンビーストの残骸が転がっていた。




 これが俺こと天下原あまがはら 衛士えいじと、スーパーヒーロー・メテオキックこと綺羅星 砕華の馴れ初め。


 場違いで、すれ違いで、食い違いな、奇妙な恋人関係の始まりだった。






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