第2話 ドライブ

※宗也と満寛は大学生です。



大学一年の夏。

僕は免許を取った。練習にドライブがてら夜の道を走ろうかなと呟いたら、既に免許を持っている友人の満寛みちひろが冗談半分で、助手席乗るか?と申し出た。僕はそれを丁重に断る。

「いくら満寛でも、何かあったら責任持てないし……まだ一人で行くよ。良いとこ見つけたら連絡する」

「迷ったら直ぐ引き返せよ」

僕は極度の方向音痴だ。的確過ぎるアドバイスを、苦笑いで受け取る。

夜。

九時過ぎくらいだったと思う。夜になっても、まだまだ蒸し暑い。冷たい水と塩分のタブレットを積み込んで、車内で考える。何処へ行こうか……。そこでふと、一箇所の心霊スポットを思い出す。大咲公園。郊外にあり、広く、車でも行きやすい。ここから二時間ほど。距離的にも丁度良い。僕は、よし、と気合いを入れて車を出した。

公園には予想した時間くらいで、無事到着した。運転は緊張したし、誰も乗せて来なくて正解だったと思う。でも、この時点で違和感に気付くべきだったのだ。

僕は公園の駐車場に車を止めて、息を吐き出した。運転に集中しすぎて、飲み食いする余裕が無かったのを思い出し、今更水を流し込む。

もう日付も変わろうかという頃なだけに、駐車場に車も人気も無い。

大咲公園は心霊スポットと呼ばれているが、噂されている話自体は、ありふれたものだ。

無人のブランコが動くとか、公園の側にある電話ボックスに女の霊が出るとか、遊ぶ男の子の霊がいるとか。昼間は普通に人で賑わう公園だけに、今一人で駐車場にいても、あまり怖さを感じなかった。

今夜は運転に慣れることが目的で、勇んで心霊スポットに突撃しに来た訳でない。来たは良いが、公園を探索するか、休んだら引き返すか、少し悩む。少しぼんやりしてから、結局懐中電灯を手に車を降りた。

公園の中を、ぶらぶら歩く。風は無く、木々は黙っているが、虫の声が中々煩い。人はいなかった。蒸し暑さで、空気がぼやけているように感じる。公園はそう広くないが、灯りは少ない。懐中電灯を持って来て良かった。歩く中で、電話ボックスを見かけたが、何とも遭遇しなかった。公園を一周するつもりで、最後に遊具のあるエリアまで来た。ぼやけた空気に傷をつけるように、キィ、と高い音がする。

反射的に、その方へ光を向けた。光の輪の中に、ブランコがある。一つだけが、ゆっくりと動いていた。再び、キィ、と鳴き声みたいな金属音。いつの間にか、虫の声が聞こえなくなった。僕は、懐中電灯をブランコに向けたまま、動けない。ずっと無人のブランコを見ていたはずなのに、いつの間にか男の子が乗っている。

俯いて、懸命にブランコをこいでいた。この暑い夜に、青い長袖のトレーナーに長ズボンを着ている。随分長いこと見ていた気がするけど、多分五分も無かったのだろう。やがてゆっくりブランコが止まった。男の子が緩慢に立ち上がる。僕はまだ、懐中電灯を彼に向けたまま、動けない。顔を上げず、身体の向きを僕の方へ向けた。距離は、十メートルも無い。この段になって、冷や汗が出て来た。蒸し暑かったはずが、寒くなって来る。ゆっくり、男の子が足を踏み出す。一歩一歩、近付くにつれ、顔もゆっくり上がって来た。見てはいけない気がすると同時に、これはもう駄目かもと、妙に冷静な自分がいる。後一メートル。手を伸ばされたら終わり。口元が見えた時。

場違いな明るい音が、空気を裂いた。携帯の着信音。

「うわ、」

懐中電灯を落とす。光が男の子から外れた瞬間、その姿が見えなくなった。僕は動くようになった手で、電話を取る。

「……もしもし。満寛?」

何もしてないけど息が上がっていた。電話の相手、満寛は、怪訝な声だ。

宗也そうや?大丈夫か?”

「うん……」

言いながら、辺りを見渡す。誰もいない。

“どうだ?ドライブ”

僕は何と言ったものか、一瞬考えて、一から説明した。電話の向こうで、呆れたような溜め息をつかれる。

“呼ばれてのこのこ行くヤツあるか”

「え?」

“ナビ付きでも極度の方向音痴のお前が、一発で目的地に時間もかからず着ける訳ないだろ”

「あ、」

そうなのだ。着いた時点で気付くべきだった。

呼ばれていたのか。何かに。分からないけど。

“……帰ったら連絡よこせよ”

「……分かった」

電話を切り、転がった懐中電灯を拾う。再びブランコに光を向けても、動くことも、男の子が現れることも無かった。虫の鳴き声に追い立てられるようにして、駐車場に戻る。

水を流し込み、タブレットを口に放って、しばらく放心した。帰るまでがドライブだ。僕は気合いを入れ直し、車を出した。

結局、買い物で寄り道しようと僕の住むアパート近くのコンビニに戻るまで、行きの倍の時間が掛かった。決して道が混んでいた訳ではない。僕は、極度の方向音痴なのだ。

この夜のドライブ以降、僕が運転する時はほぼ必ず、助手席に満寛が乗るようになった。

「責任取れんなら慎重に運転しろ」

とは、満寛の有り難い言葉である。


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