僕と
宵待昴
第1話 出会い
その日は、高校の入学式だった。
教室から、僕は式を行う体育館まで、他の新入生たちの後に付いて向かっていた。六クラス中の六組の僕は、何となく最後尾を歩いていたのだ。三階から階段を降りて二階に差し掛かった時、後ろから声を掛けられた。
「ねぇ」
僕は深く考えず、振り向いた。男子生徒がいる。右の目元のほくろが特徴的で、温厚そうな。僕と同じ、青色のネクタイと靴紐の上履きを身に着けている。一年の学年カラー。新入生のようだ。
「君も、新入生?」
尋ねられて、僕は素直に頷いた。
「うん。君もでしょ?」
「そう。ーーあのさ、お願いがあるんだけど」
その男子は、僕に向けて両手を合わせる。
「何?」
「俺、間違えて旧校舎に行っちゃって。荷物、向こうの教室に置いて来ちゃったんだよね。一緒に来てくれない?」
旧校舎。この校舎の隣にあるのは、来た時に見たから知っている。
「なんかさ、人気なくてちょっと心細いんだよ。間違えてたの分かったら、余計に」
なるほど、そういうものかもしれない。僕は二つ返事で了承して、その生徒に付いて行った。
旧校舎はこの二階から行けるようで、急いで行って戻れば、式に間に合うだろう。
連絡通路を渡り、旧校舎に入る。男子生徒の足は早く、あっという間に三階へ消えて行った。
「待ってよ」
これ、僕が付いて来た意味あるか?と思いつつ、三階に辿り着く。何の音もしない静かな廊下。暗い。教室も廊下も、電気が点いていなかった。三階は無人のようだ。寒さも感じて、僕はぶるりと身震いする。廊下を歩きながら、はて?と首を傾げた。男子生徒の足音は、しただろうか。彼が何組か分からないが、教室のドアを開ける音も聞いていない。一組から、教室のドアを開ける。ガラガラと、大きな音を立てて開く。嫌に響いた。首だけ中に入れたが、中は無人。微かに埃っぽい臭いが、鼻を掠める。僕は首を引っ込めて、ドアを閉めた。
二組、三組……僕は彼を探して、各教室のドアを開ける。居ない。嫌な汗が吹き出して来る。
遂に、最後の教室である、六組。
僕は深呼吸をして、勢い良くドアを開けた。がらんとした無人の教室。誰も居なかった。
僕は、教室内をたっぷり十数秒は見つめ、現実を受け入れたところでようやくドアを閉めた。
何処へ行ったのか。
戻ろうと体勢を変えようとして、僕は飛び上がった。
「うわっ、」
彼がいた。目と鼻の先に。
何で?とか、いつの間に?とか、言葉がぐるぐるしたけど、口からは出せなかった。背が冷えて、足が震える。彼は僕を見て、にっこり笑う。
「ごめんごめん。四階だったんだけど、君が来てなかったから、戻ったんだ。行こう」
さっき三階に消えたように見えたのは、気のせいだったのか。本当に?漠然とした不安が消えない。何だろう。彼に手を引かれて歩いている内、思い至った。彼の足音がしないのだ。今も。
「やっぱり先に、式に行かない?」
前を歩く彼は、震えを抑えた僕の声に答えない。どんどん早足になる。視線を落とし、彼の足元を見た僕は、思わず手で口を押さえた。
彼には在るべき影が無かったのだ。
足を止めようと思っても、彼に引っ張られて、歩いてしまう。階段が見えて来た。昇りたくない。無言になった彼が、階段へ足を掛ける。僕の足が上がってしまう。その時。
「
低く、でも良く通る声が、無人の三階に響いた。宗也とは、僕の名前。同時に、誰かに腕を掴まれる。パッと振り向いた。青いネクタイに、靴紐の男子生徒。彼とは違う、同級生。そうだ、同じクラスの。そのクラスメイトは、僕を睨んでいる。混乱して、頭も身体も動かなかった。彼は、ゆっくり僕を引っ張って自分の方を向かせる。
「入学式、始まるぞ」
不機嫌そうな顔で、さっきよりは小さい声で言う。
「……うん」
「お前、一人で立ち止まって、一人で旧校舎に来て。俺、見てたけどどうした?」
一人。僕は、長く息を吐き出した。無駄かもなと思いつつ、彼に経緯を説明する。
彼は、呆れたような、感嘆したような、よく分からない溜め息をついた。
「この旧校舎、三階建てで、四階は無いぞ」
僕は、今正に昇ろうとした階段を見る。壁だった。僕を引っ張ったあの彼も、居なくなっている。
「とにかく、今は入学式だ」
クラスメイトに手首を掴まれて、僕らは急いで体育館に向かう。
体育館に着くまで、手首は掴まれたままだった。何とか式には間に合ったけど、右の目元にほくろがある彼は、見つけられなかった。
「ーーほれ」
式から一週間後。
僕は、あの日迎えに来てくれたクラスメイト・
「学校誌?」
「一ニ五ページ」
後は黙る満寛を見てから、僕は言われたページを開く。
「あ、」
右の目元のほくろ。青いネクタイの彼の写真がある。随分前、旧校舎の頃の一年生、になるはずだった生徒。入学式の日、事故死したらしい。入学式の集合写真に、別枠で彼の写真があった。しばらく写真を見て、僕は冊子を閉じた。
「その年から何年かに一度くらい、学年カラーが青の新入生が、入学式の日に行方不明になるんだと」
満寛がぽつりと呟いた。
入学式の日の彼を思い出す。一緒に旧校舎へ行ってくれと、笑って両手を合わせた姿。何を思って、僕に声を掛けたのだろう。仲間にする為か、同じ新入生だったからか。考えても分からない。
「満寛は」
僕の声に、満寛がぴくりと反応する。
「あの時、何で名前で呼んでくれたの?」
我ながらどうでも良い質問だなと思う。あの日、僕らはお互いに初対面だった。机に名札は置いてあったけど。満寛は、そんな僕を呆れた顔で見て、肩を竦める。
「宗也の名字、読めなかったから」
僕は満寛を見て、少し笑った。
「そっか」
満寛は不機嫌な顔になったけど、諦めたように息を吐き出した。
僕の名前は
このクラスメイト・
そんな、僕らの出会いの話。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます