20
もう7月の最後の週になった。
「敵キャラが攻撃するようにするのは、createBulletのメソッドを使えばいいんだよ。
そこだけ打ってみて」
「こう?」
「途中までタイプすれば入力保管で選べるから......。
あとは弾に対するための設定を引数で決めてあげればいいんだ」
「引数って?」
今日、僕がやっていることは絵里へのレクチャーだった。
敵キャラenemy1の動作を作ることになって、彼女に作ってもらっている。
でも質問しながらのペースになっているため、朝からずっとこの調子だ。
「メソッドが処理をするための材料だよ。
マックのレジに欲しいハンバーガーを言わないと出してくれないだろ?
弾を撃つ位置は敵キャラの位置にしないとだから、座標には敵キャラのxとyを設定するんだ。
スピードはとりあえずデフォルトで良いんじゃないか」
和也が助け舟を出してくれた。でも、なんだその例えは。
彼の方は僕に質問する様子は見られない。enemy2の動きをあっという間に書いてしまった。
やはりゲームで遊んでいるからイメージが付きやすいのだろうか。
「最初のボスはできそうだよ」
ありがとう、と僕は彼の方を向かないで答えた。絵里の教育が優先だ。
ひとつひとつ処理を作っていく度に、プログラムを書いて保存する度に、どんどん感嘆のため息を出していく。
それに伴い、チームの会話も増えていった。
「今日のお昼ご飯、誰か行ける人いますかぁ」
絵里が声をかけた。
そろそろお腹が鳴る時間帯だ。タイミングが会う人がいれば、散歩がてらファミレスに行く。そうでなくても、代わる代わるコンビニに買い出しに行くこともある。
なんだか、部活を楽しんでいるような感覚になっていた。
和也がキーボードから手を外して答えていた。
「キリのいいところまで出来たから、俺は行けるよ。
そういえば、そろそろ動かしたいな」
......そういえば、ゲームとしての完成度はどれくらいなのだろうか。まだコードを書いているだけで、それらがどのようにゲームとして完成しているのだろうか。まったく理解できていないところだ。
僕はことり先輩に声を掛けた。
彼女はプレイヤーの動作を作成しているところだった。
「ん? しい君どうしたの」
「そろそろ、なんていうか。
ステージにしたいというか、動かしてみませんか」
ああ、と彼女は返事をした。
そして、ルーズリーフに挟んであったスケジュール表に目をやる。7月の目標として、"1ステージ分の動作"と書かれている。
・・・
お昼ご飯を済ませた全員が部室に揃った。
「プレイヤーの処理ができた、敵の処理ができた。
ということで、そろそろマージしましょうか」
今まで作成したプログラムファイルを組み合わせたら、これで遊べるものができる。たったひとつのステージだけど、それでもみんな楽しそうだった。
「ただし、もうひとつだけ考えることがあります。
敵さんはどの位置にいるのでしょうか」
瑠璃さんが質問を投げかけてきた。
敵キャラクターの位置をどこに配置するかで、編隊が決まる。それと同時にステージの難易度が決まる。
「たぶん、君たちの中にはだいたいどの辺の位置になるのか。
ほとんど考えられているんじゃないかな」
ことり先輩はそう語りかけながら、まだ未使用のルーズリーフを見せてきた。
「この一枚をステージに見立てて、敵を並べてみればいいんだ。
これで前段階ができる」
<敵の配置:紙に整理する>
■
○○ ○○
○○ ○ ○○
~省略~
○ ○
紙に敵の位置を書いてみる
(■:ボス、○:敵キャラ)
彼女はテストで書いてみたものをイメージとして考えればよいと教えてくれた。
頭に地図を思い浮かべて、書いていく感じだった。これでステージの全体像が決まってくる。
「これをテキストファイルに当てはめていくんだ。
最初に出てくる敵から書けば良いよ。
それが次の段階だよ」
<敵の配置:テキストファイル>
enemy1 40, 10 //enemy1をx40、y10に出す
enemy1 80, 10 //enemy1をx80、y10に出す
~省略~
boss 60, 1000 //bossをx60、y1000に出す
このファイルの内容を、1行ずつ読み込んでいく仕様をことり先輩の方で作っていた。そのため、ファイルを作ればもうステージが完成する。
「作成したプログラムのファイルとこのテキストファイルを頂戴。
奥のパソコンにコピーするから、そこで動かすようにしよう」
彼女が指さしたのは、部室の一番端にあるパソコンだ。そこに、一台のスマートフォンをケーブルで接続した。これは、イベントの運営側からレンタルされているもので"デモ機"のシールが貼られている。
「コピーするのは、このUSBメモリを使っていいから。
私のだから、無くさないでね」
彼女はそう言って、小さなUSBメモリを机の上に置いた。金属製のピンク色をしたデザインだった。
・・・
まだ仮なんですけど、と絵里がテキストファイルをまとめてきた。
これでひとつのステージに必要なファイルが揃ったことになる。フォルダにファイルを配置して、開発ツールでそれらを読み込んでいった。すでに各画面のシーンはことり先輩の方で作成している。
ついに、動作させることができるのだ。
皆が画面を見つめている。ことり先輩の操作するマウスが、実行ボタンに伸びる。
そして、かちりとするクリックの音......。パソコンに接続されているスマートフォンの画面が点された。
ついに、わくわくが始まるのだ。
「おおう~」
スマートフォンの画面に表示される、<PUSH PLAY-BUTTON> の文字。部室の中に自然と拍手が生まれる。
僕たちが作成した断片のプログラムが形になった瞬間だった。
じゃあ操作するよ、そう言いながらことり先輩がスマホを持った。
......と思ったのだが。
すぐに自機が爆発した。彼女の操作が下手すぎるのだ、ほぼ開始1秒で敵の弾に当たっていた。
「先輩、それはないですって......」
すぐ部室が大きな笑いに包まれる。誰も笑いを堪えられなかった。
操縦が下手な人は、すぐにスマートフォンを手放した。顔を真っ赤にしてそっぽを向いている。
「わ、私にも簡単なゲームにしなさいよっ」
それは怒りの矛先を間違えている。ということで、僕はある提案をした。
「じゃあ、まずはふたりにやってもらったらどうかな」
まずは絵里が挑戦した。あまりこういうゲームでは遊ばないが、なかなかのスコアだった。
次に和也が遊んでみる。危ないところもなく進み、最後のボスでゲームオーバーした。
......ということは。敵の数が少ないんじゃないか、誰ともなく発言した。
あっけらかんとした印象ではゲームが成り立たない。敵の配置を見直すことになった。
そうか、このファイルを編集すれば敵の配置を簡単に調整できる。
ことり先輩というか、彼女が読んでいた参考書のおかげだろう。先駆者のアイディアには頭が下がる気持ちだった。
・・・
「ことり、寝る前にお水飲むのよー」
もう、分かってるって。
私は言われるがままコップ一杯の水を飲んでからベッドに潜り込んだ。
エアコンから流れてくる風はひんやりと部屋を包み込むが、私の高揚した気持ちをまとった熱い体を冷め切ることはできなかった。
あまり寝付けないので、色々考えてしまう。
プレイボタンをタップしたときの感動を、何に例えれば良いだろうか。
日常からかけ離れた、私が主人公になった冒険の旅に没入するような。そこにはどこまでも広がっている世界が待っている。
それも、私が開発した世界に飛び込むのだから格別だろう。
私はゲームを作ってみせるって誰かに言った。
涙を流して、スカートの裾を握りしめて。
シューティングゲームが上手く遊べなかったから、彼はまた笑うだろう。
小学生の頃のクラスメイトだった男子だ。今は何をしているのかまったく知らないのだけど。
それでも、私が上手である必要は無い気がする。だれかが私が作るもので感動してくれたら、それだけで嬉しいのだから。
今日、作り上げている断片がひとつにまとまって、きらめいた。
この瞬間、それは嘘じゃない......。
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