今にもこぼれだしそうな星空の下にウチらはいた。

寮の屋上で、シトネ先輩と一緒に。


「んー、やっぱり学校の空気はいいなぁ~」

「いや変わんないでしょ。先輩いがいと近くに住んでたし」


ウチがそう返すとプリプリ怒りだした先輩が「気分よ気分!」といいながら頬を膨らましてくる。ハムスター感あるなこうしてみると。


それから先輩が両手を頭上にかかげて大きく伸びをしている。でも感慨に浸るのは何となくわかる。駅のホームにいる所を、ミコ情報網で駆け付けたウチに捕まってここに来てくれたんだ。もちろん、さっきまで泣きじゃくる妹を介抱していたのもあるだろうけど。


それから先輩は「わたしね。クゥちゃんの事忘れようとしたんだ」と告げて、銀糸のような髪を流しながら振り返った。あの頃となんら変わらない、にこやかな顔で。


先輩は続ける。家が見繕った自分の相手は良い人だった。家柄も容姿も知性もあって、なにより憎めない愛きょうのある人だったって。


相手も乗り気でそろそろ婚約でもという話も持ち上がり、今日も縁談の場に行くために電車に乗ろうとした。そこで結婚の話をうけようとまで考えていた。そう話してくれた。


「でも、やっぱりできなかったみたい」


それから、はにかんだ様子で手を頬にやりながら「あの時のクゥちゃん、すごく情熱的だったなぁ」と身をよじっている。


カーッと耳が熱くなる。先輩の背中にしがみついて「いかないで」なんて言ってしまった、あの時の自分の姿を想像して。


「みんな見てたかもね~」

「やだ、ほんと言わないで、それ」


それから一歩前に距離を詰めてきた先輩は「多分クゥちゃんが私の一番な人なんだね」と、わたしの手を取りながら、そんなことまで言ってくる。


「な、なんか、積極的じゃない?」

「お手紙だけじゃ、届かない事ってあるもの」


そう嘯く、わたしを見つめる先輩の目は、今じゃないいつかを見てる気がした。


そうかもしれない。先送りにしているうちに、うやむやになってしまう事もある。先輩も、ウチも、サーヤさんも、互いに目をそらしてしまったように。


「そうやってバラバラになったみんなを、あきらめていた事を、クゥちゃんが繋いでくれた――ありがとう」


それから「先輩が目と鼻の先にいる」と認識してすぐに、頬に柔らかいモノが当たった。それが唇であることに気づいたのは、先輩が顔を離して目を泳がせながら顔を真っ赤にしていのを見たからで、否が応にも心拍数が高鳴る。でも、そんな時だった――。


「へいへーい! 二人とも良い雰囲気じゃーん!

 え? もしかして付き合ってるの? 結婚式には呼んでね~」


サーヤちゃんを送り終わったのか、ガラの悪い輩みたいなセリフを吐きながら現れたミコに、ウチは少なからず動揺してしまう。先輩から手を離して、勝手にカップル扱いしてくるソイツの脳天にスリッパを叩きつけた。


女の子同士で好きとかあるわけないでしょ! それこそ結婚とかなんて絶対ない!


「それでも私は、クゥちゃんの事好きよ」


耳元でささやいてくる先輩のその言葉に、ウチの手からポロリとスリッパが落ちる。


「結婚できなくてもクーちゃんの事、ラブだよ」


そう耳打ちしてくるミコの言葉に、今度は左手からスリッパがポロリと落ちる。それもそのはずだ。二人ともウチの腕をつかんで、人の目を見てくる。まるでウチの言葉をせがんでいるかのように。


その視線に耐えかねたウチは、二人の手を振り払う。それから「ピザ食べようピザ! 先輩もいるし特別!」と、普段の食生活から考えると、まるで特別感のない事を言いながらエレベーターにひとりで向かう。


後ろから「まってー」と二人の声が聞こえるけど今は無理! この体の火照りを、今はただ冷ましたかったから。

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